第26話 真実の関係性

 そういえば、鹿島君は綾香が通っていた学校の近くに住んでいたよな。

「鹿島君。俺、実は小学生の時に一人好きな女子がいたんだ」

 僕は思い切って喋った。

「へえ、初耳だな。佑ちゃんってあんまり女子に興味が無いのかと思ってた」

「いいや、一人だけいたんだ。大人しくて優しい子なんだ。ちょっとシャイで奥手な子なんだけど」

「佑ちゃんと一緒だね」

「まあね。だからこそ、お互い気持ちに惹かれたのかもしれない。同級生だったんだけど、小学三年生に転校してしまってね。その子が丁度、鹿島君の家の近くに引っ越したんだと思うんだけど」

「へえ、近くの家に住んでたんだったら、俺知ってるかもしれないな」

「名前が國繁綾香って子なんだ」

 その言葉を聞いた時、鹿島君は小さく「え?」と呟いた。

 僕はその顔を見逃さなかった。明らかに動揺している。

「知ってるの?」

「ああ、知ってるよ。亡くなった子だろ。確か自殺じゃなかったかな。俺は別のクラスだったからその子が何を持って亡くなったのかは知らないが」

 ――やっぱり國繁綾香は鹿島君の小学校で亡くなったのだ。あの小学校には彼女が住み着いているのだろうか。

 僕のことを思ってなのか、鹿島君は慌てて言った。

「まあ、落ち込むんじゃないぞ。お前が嫌いで自殺したわけじゃないと思うんだ。というか、彼女にはちょっとした噂があるんだ」

「噂?」

「ああ」鹿島君は言おうか戸惑っている。

「教えてくれないか?」

 暫く鹿島君は沈黙したが、角を曲がると、彼は言い放った。

「……まあ、小秋がお前に迷惑を掛けたということで、その噂を教えるが、……誰にも言うなよ。絶対にな」

 鹿島君はやけに慌てた様子でいる。こんな動揺していて頼りなさそうな彼を見るのは初めてだ。

「うん、大丈夫だ。教えて」

「分かった。実は國繁綾香はイジメられて自殺に追いやられたんだ」

 ――やっぱり、そうか。

 僕は強く頷いた。

「何だ、知ってたのか……」

「まあ、彼女とは知り合いでもあったから」

「じゃあ、誰にイジメられたかも知ってるってことか?」

 それは知らない。僕は首を横に振った。

「知ってるの?」

「いやあ……」鹿島君はどうしたらいいのか分からないでいる。僕はせがんだ。

「教えてくれよ。鹿島君……」

 すると、鹿島君は意を決したように呟いた。

「分かった。ただ、俺はあくまで推測でしかないということだけを約束してくれ」

「もちろん」

「実は、そのイジメの主犯格は俺達が振り回している。小秋じゃないかと俺は予想してる」

 ――隈埜小秋が……。

「隈埜さんと鹿島君って小学からの同級生なの?」

「ああ、そうだ。あいつは高校に入る前に両親の都合で引っ越しはしたが、元々は俺の近所なんだ。俺は小学生の時から小秋が好きだった。明るい女子だったし、女子生徒から凄く人気があったんだ。それが素晴らしい人なんだと俺は一気に惹かれた。可愛かったしな」

「それが、どうして隈埜さんが行ったって?」

「俺とあいつが一緒のクラスになったのは小学一二年、五六年で、三年四年は一緒のクラスにはなれなかったんだ。俺はショックもあったけど、毎日のように小秋のクラスに休憩時間に足を運んだんだ。

 もちろん、彼女とは喋るつもりはなかった。しかし、どうしても小秋が見たい。だから、そのクラスにいる男子友達と話している最中に、何度も彼女を見るというのが日課になってたんだ。

 そんな中で、転校生が小秋のクラスにやって来たんだ。それが國繁綾香だった。彼女は凄く引っ込み思案で、大人しく、そしてどこか夢見がちな少女だってすぐに分かったよ。だって前髪は目元まで隠れる長さで、ピンクの服装にぬいぐるみを抱えてる。そんな少し変わった少女は目立つだろ」

「まあ、そうだね」

「小秋は沢山の女子生徒たちを集めては、彼女に何かを話している。それは交友的ではなく、寧ろ茶化しているような発言ばかりであり、彼女が泣きだしそうになってきたら、ごめーんと、笑いながら謝るんだ」

「それを鹿島君は嫌な気分にならなかったの?」

 僕が感情的になってきたのを鹿島君は察した。

「あくまで、俺の視点だ。それが真実かは分からない。しかし、俺は当時、小秋は國繁とじゃれ合っているのだと思っていたんだ。何故なら、小秋はさっきも言ったように持ち前の明るさから大多数の女子生徒たちと友達になってるんだから」

 綾香をイジメるほど、隈埜小秋は環境が窮屈だったのだろうか。いや、そんなことどうでもいい。僕の焦点は綾香にあるのだ。綾香はそれの延長線上に自殺をしてしまったのだろうか。

 僕が考え更けていたら駅に近づいた。

「じゃあ、俺は帰るよ。とにかく、小秋に対しては申し訳なかった。これからは俺たち二人の問題だから」

「あ」と僕はやっぱり今日のことを鹿島君に話そうとしたのだが、彼は逃げるように改札口の中に入り、駆け足で階段を上っていくのが見えた。

 どうやら僕に語った爆弾発言に、少し言い過ぎたと感じたようだ。

 僕はその後、自転車を乗り家に向かった。

 鹿島君が言った自殺に追いやった人物が隈埜小秋だとすると、綾香は相当な憎しみがあるはず。

 と、その時、小秋の母親のことを思い出した。


――絶対に許さない。私の可愛い綾香を殺した生徒を……。


 もし、母親が綾香を死に陥れたのが隈埜小秋だと分かった時、どういうふうにしようと思うだろう。

 普通に考えれば、小秋を殺害するであろう。……しかし、隈埜小秋は生きている。ということは、彼女は犯人が誰だか分からなかったのだろうか。

 そんな分からないまま、時を過ぎることが出来るのだろうか。

 僕はもう一度綾香の母親を想像した。

 あの時、殺気立っていたことを考えると、娘を失くしたことは確実に痛手になっているはずだ。母子家庭で育てた、たった一人の娘を失うなんて狂気を覚えても可笑しくはない。

 それを許すという気持ちに果たしてなるのだろうか。

 もしかしたら小秋の家庭に強い権力があったとしたら……。

 いや、そんなことがあったところで、娘を失った母親はどんな状況でも殺しに行くであろう。

 ――殺すことが目的であるのなら……。

 僕は家まで着いて、ドアを開けると、母が出迎えてくれた。

 最近の母は僕の顔を見ると優しく微笑む。それは学校に登校してくれているからであろう。しかし、僕にとっては最大の親孝行であるし、次郎を筆頭にたくさんの人たちに背中を押されて奮闘していた。

 その為、綾香と隈埜小秋の関係性を考えるのをここで忘却した。

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