#7 エグレアの指輪 絶体絶命
ラナスの声が急に大きく響く。
「せっかくだから、みてもらおうか。剣も衣装も一流を揃えたんだ。そうだ、なんでも買える……最高だ。世の中全て金で解決できるしな……」
懐から金貨袋を乱暴に卓上に叩きつける。中身の重さで床が軋んだ。
「金があれば……女は買い放題。剣も、住むところにも困らないんだ! ああ、そうだ、なにもかも金だ! 婆ァ、お望みであれば後で口にいくらでも金貨を詰めてやるよ、だから四の五の言わずに俺のいうことを黙ってききやがれ! 俺の命が最優先だ! 俺が助かるまでなにがなんでもやれ!」
豹変ぶりにアンナは言葉を失った。指輪から黒い染みが増してラナスの肌を染めていく。
「こいつはな! 俺が何をしても剥がれねぇ、ずっと目障りだった。いくら拭いても焼いてもだ! 誰に聞こうが占おうが誰も知らない、対応できないだと⁉ ふざけやがって! 俺を助けることができない無能! あいつらは――全員、殺してやったからな! 何もできない奴らなんて世の中には要らないだろう! たかが老婆ごときが……こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって! わかるならさっさとこの指輪の正体を教えろ! これをどうにかしろ! できないなら死ね!」
短剣が鞘からすっと抜き放たれる。夕暮れの灯りを浴びて白刃が光る。
「鍛冶屋に特注させた極上の短剣だ。これ一本で人間の首くらい、楽に落とせる……見事な剣だ」
闇のようにどす黒い気持ちに圧される。
ラナスは刃を振りかざし、見せつけるようにランプの明かりに反射させた。眩しい光がアンナの目に当たり、思わず顔をそむけた。
「この痣をどうにかして助かるか……次の瞬間にてめえの首を落とすか、その選択権はお前にあるんだぜ? 俺は慈悲深いからなぁ? きちんと選ばせてやるよ」
――助けるつもりはない、と、赤く指輪は告げる。
やっとわかった。
嘘、全て嘘で塗り固められた男だ。
アンナの背筋を冷たい汗が伝う。防御魔法は張ってある。しかし、切れ味抜群と名高い特注の魔法剣では魔法防御などは無力に等しく、高確率で魔力障壁を突き破る可能性がある。アンナは解除と鑑定に特化したがゆえに、直接の戦闘には不向き。
逃げる以外の選択肢はない。
視線を巡らせた。棚の上には薬瓶、壁際には古い書物の山。窓はあるが、鍵を外すまでの時間が稼げるかどうか。妙な動きをした瞬間に首を落とされそうだ。どの道死ぬのなら動くべきか否か。
ラナスはそんな彼女の思考を見透かしたように、にやりと口元を吊り上げた。
「逃げようなんて考えるなよ。……逃げ場はないんだからな。どっちだ?」
ぞっとするほど静かな声は、間違いなく殺るという言葉の重みがある。ラナスはた一歩と前へ出る。木の床が軋んだ音をたて、アンナの心臓の鼓動が跳ねる。
「よく聞け、これが最後の質問だからな。俺が欲しいのはな、答えだ。……なあ、お前にできるんだろう? できるはずだよなぁ?」
突きつけられる短剣の切っ先が、予想通り魔法防御壁をたやすく破る。喉元に触れた冷たい刃は肌を撫で、息が詰まる。できない、といった瞬間に殺されると直感が告げた。引き伸ばして隙を見るしか――。
「そ、それは……できるかもしれませんが、みてみないと」
「はっ! ほらな? 結局、できるんじゃねえか。さんざんもったいぶりやがって! とりあえず、指の一本でも落とすか。俺を怒らせた罰にな!」
指輪は青く光る。
思わず息を呑んだ、その瞬間。
「店主、変なのがきてるな」
低く落ち着いた声が、扉の向こうから響いた。
カランとベルの金属音。扉が開く音と同時に、夕暮れの光が差し込み、立っていたのは見慣れつつある青年――ルーカスだった。聞きなれた声にアンナは思わず安堵した。
夕焼けの逆光の中、長剣の鞘が鈍く輝く。
自分より少々体格の良い人物に、ラナスは視線を移した。短剣を持ちなおし、左手を掲げ腰を低くしさっと戦闘態勢へと入った。
ルーカスは一歩も近づかなかった。扉口を背にとり、長剣の柄に親指を軽く掛ける。その動きだけで、店内に緊張が走る。
「……チッ、客か? こんなシケた店にくるやつがいるんだな。今は取り込み中だ、死にたくなきゃさっさと出てけ」
ラナスの短剣が、アンナの喉に食い込みかけた。
しかしルーカスは眉ひとつ動かさず、
「同じく店主に用がある。戦うつもりであれば容赦はしない。貴様の武器は短剣か。こちらは長剣……どちらが有利か目に見えて明らかだが、さあ、どうするつもりだ?」
ルーカスの指がわずかに剣を押し上げ、空気が一変した。ラナスは感知すると、アンナの首もとから離し、今度は遠くのルーカスの方へと剣の切っ先を向ける。アンナは人質にならないと判断したらしい。唾をごくりと飲んだ。警戒すべきは丸腰のアンナではなく、扉に立つルーカス。優先度を上げ、相手の出方次第で、勝機はどれだけあるのかを思案している様子だった。やがて、ラナスは腹を決めたという落ち着いた口調でルーカスを見やった。
「気にいらねぇな、訂正しろ。確かに俺のは短剣だが、よく見ろ」
「……魔法剣か」
「そうだ。それも極上の魔法剣。俺の言いたいことがわかるだろう?」
ルーカスは、その迷いをくだらないと
「そうだな、付け加えるならば、あとは肝心の腕か」
「ハッ、自慢じゃないがもう何人も殺してる」
「なるほど、殺人経験があると……自白に感謝する。では、改めて一戦交えようかといいたいところだが――もう勝負はついてる」
「はっ?」
ラナスが怪訝な声をあげた瞬間、
アンナの手元から解除魔法が光り放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます