第5話 お見舞い騒動
六月十二日(水)。
時々太陽が雲隠れするけど、晴れと言ってもいい天気だった。今日もいつものように登校し、教室へ入って自分の席へ着いた。ところが、一限が始まっても凛音は来なかった。
体調でも悪いのだろうか。いつも元気で、滅多に風邪もひかず、部活も休まないのに。
どっちかって言うと、僕の方がよく体調を崩して休むから、心配される方が多い。最近は、休んでも気にかけてくれなくなったけど。
その凛音が休んでいる。昨日は元気だったのに、どうしたのだろう。そんなことを考えていたら、一限目が終了した。続いて、二限目も…。結局、昼休みになっても来なかった。
やっぱり変だ。気になったのでメールすることにした。
「何かあった?」
ポケットから携帯電話を取り出して、この文章で送ってみた。すると、五限目の授業が始まる直前に返信が来た。
「昨日、部活でケガしちゃった。検査入院しているの。問題なければ、明日退院かな。」
これを見て、今始めて入院していることを知った。入院とは…そんなに大きなケガなのかな。酷いのかな。僕は、気が気でなかった。それで、聞いてみることにした。
「どこケガしたの?」
これで送り返したら、始業ベルが鳴った。程なく、先生が入ってきた。授業は始まったけど、全然集中できない。気になって先生が言っていることも耳に入って来なかった。
しばらくすると、また凛音から返信が来た。席は前の方だったので、先生に見つからないように携帯電話を太ももの真ん中辺りに置いて、机を陰にして覗き見した。
「頭と背中は打撲。左足首は捻挫。検査は異常なかったけど、当分歩けそうもない。」
異常なしには安堵した。だけど、歩けないって一大事だよね。これって、バレーできないってことじゃないかな。益々不安になってきた。
一応、先生が黒板に書いたことは、全部ノートに書き留めた。但し、このことが気になって、内容は頭に入っていなかった。
念のために言っておくが、ノートを取るのはあくまでも自分のためである。だが、今は違った。休んでいる凛音が必要になると思ったからだ。もちろん取り決めはしていないけど、ノートを見せるのは自分の役目のような気がしたので、できるだけ丁寧に書いた。
「どこの病院?」
不純な動機だけど、お見舞いに行ってみようと思い、気にせずにメールした。ただ、送った後で、これを見て嫌がらないか心配になってきた。
凛音は女の子だし、寝ているところへ男が一人で行ったら、迷惑にならないかな。
これ、僕には経験があって入院中頻繁に人が来ると、思った以上に疲れてしまう。返って気を使って、ゆっくり休まらないのだ。こんな発想はネガティブかもしれないけど。
今更、考えても仕方ないか。もう送ってしまったから。それで、返事を待つことにした。
「大三川病院よ。」
少し経ってから回答が来た。良かった。大丈夫だった。
「学校終わったら行くよ。」
直ぐ送ったら、「笑顔マーク」が来た。これなら、お見舞い大丈夫そうだ。ホッとした。
病院は、町役場の近くにある。学校からだと七キロくらいの場所になる。僕でも自転車なら行ける距離だと思った。まだ、どの程度のケガなのか知らないので複雑な心境ではあったけど、会える嬉しさの方が勝っていた。
それにしても、授業と言うものは、早く終わって欲しいと思うほど長く感じてしまう。不思議だ。何度、時計を見たことか。嫌がらせかと思うほど、一向に針が進まない。
イライラしてきた。ストレスが溜まってきた。我慢を重ねていると、ようやく授業が終わりを告げた。だけど、まだ行けない事情があった。運悪く、掃除当番だったのだ。
こう言う時に限って…って愚痴をこぼしても、どうにもならない。とにかく、早く済ませよう。気持ちだけが焦っていた。
それも終わり、勉強道具をカバンに入れ、足早に教室を出て駐輪場へ向かった。そこへ着くと、凛音の自転車が目に入った。どうやら、昨日は置いたまま病院へ行ったらしい。
「どうやって行ったんだろう。まあ、いいか。聞けば分かる事だ。とにかく、急ごう。」
独り言を呟き、それから自転車に跨り、病院へ向かっていった。
この辺りは、ほとんど信号がない。本来、自転車ならニ十分もあれば着く距離である。けれど、坂も多く、僕の脚力のなさから三十分以上かかってしまった。
病院へ着くと、息の荒いまま受付へ行った。そこでクラスメートだと説明し、凛音のいる部屋番号を聞いた。制服だったからか、余計な事を聞かれることなく教えてもらえた。
病室は大部屋だった。ちょっと安心した。個室だったら、重症かもしれないから。
出入口から中を覗いてみると、若い人の賑やかな声が聞こえてきた。それも数人いて、男の人と女の人の声が混ざっていた。その中に、凛音の声もあった。
声は奥の方、つまり窓側からしていた。
カーテンがかかっていたので分かりにくかったけど、ここから見た感じでは、そこに僕と同じ制服を着た人がいるように見えた。
入室してみた。近づいてみると、クラスメートでバレー部の三鷹さんと小金井さんが立っていた。よく凛音と一緒に行動しているから、仲が良いことは知っていた。練習を休んでここに来るとは。どうやら凛音には良い友達がたくさんいるようだ。ちょっぴり妬けた。
あと、男の声もするんだよなあ。いったい誰だろう。この位置からでは、完全にカーテンで隠れていたので、誰かまでは分からなかった。
改めて病室の中を見渡してみると、カーテンの仕切りが左右に別れて三つずつ、計六つあった。つまりここは、ベッドが六つある六人部屋ってことになる。
凛音のベッド以外では、三つのベッドに人が寝ていた。
この状況、他で寝ている人にとっては、迷惑なだけかもしれない。高校生の声って元気あるから、うるさく感じるよね。そう思ったら、途中で躊躇ってしまった。
今でなくても、皆がいなくなってからでも、いいんじゃないかな。その方が、気楽に会えそうだし。立ち止まって考えていたら、三鷹さんがこっちを見た。
ヤバイ。目が合ってしまった。
反射的に開いているベッドのカーテンに隠れた。後ろに下がったと言うか…。
うーん。どうしよう。ここは行くべきか、行かざるべきか。だって、同じクラスと言っても、ほとんど話したことないし、あの中へ入る勇気もない。きっと、僕は招かれざる客だ。やはり、時間を置いて出直そう。その方が、気を使わずに話せそうだから。
自問自答していたら、いつの間にか目の前に三鷹さんが立っていた。驚いたよ。僕より大きいのは知っていたけど、見上げるくらいあった。凛音と同じくらいかも。威圧感あるなあ。それでつい、バレー部は巨人族が多いなと、無神経なことを思ってしまった。
「羽村君、来たよ。」
三鷹さんが、皆のいる方を向いて言った。余計なこと、言わなくてもいいのに。
今直ぐにでも逃げ出したかった。でも、ここで逃げたら後で何を言われるか分かったものではない。諦めて、そっち側へ行くことにした。と言うより、行かざるを得なかった。
その三鷹さん、僕の気持ちは露知らず。何も言わずにスタスタと皆のいる方へ行ってしまった。もう、行くしかない。歓迎されているとは思えないけど、黙って着いていった。
三鷹さんは、窓側にいた小金井さんの横まで行って並んだ。よく凛音が、背の高い三鷹さんを晴美、低い方の小金井さんを風花と呼んでいる人達だ。二人して、僕を見ていた。
ベッドの方を見ると、凛音が上半身を起こして座っていた。
対面側には男子が二人立っていた。昨日、僕に話しかけてきた日野原君と杉並君だった。
ハッキリ言って、全員印象は良くない。できれば関わりたくなかった。でも、こうなったらどうにもならない。
こう言う時、何を話せばいいのだろう。って言うか、この男子二人、どこで知ったんだ?
「こんにちは。」
つい、他人行儀の言葉を口にしてしまった。さっきまで学校で一緒だったから、ここで挨拶するのは明らかに変だった。だけど、突然のことで、他に言葉が思い当たらなかった。
小金井さんが声をかけてきた。続けて、日野原君も話しかけてきた。
「羽村君、学校では大人しいよね。」
「君もお見舞いに来たの?」
しまった。手ぶらだった事に気がついた。お茶菓子くらい買って来るべきだった。確か、病院の前にお店があったな。今更、後悔しても手遅れだけど。
「顔を見に来ただけだよ。」
返事に困り、俯き加減で答えた。これが、精一杯の抵抗だった。
「羽村君って、凛音とどう言う関係なの?」
今度は、三鷹さんが尋ねてきた。と言うより、僕にとっては尋問だった。心の中で、ほら来たって思った。高校生にありがちな会話だから。興味本位なのは分かるけど、聞かれた方はたまったものではない。しかし、こう来た以上、下手なことは言わずにありのまま話そうと思った。後で、色々言われるのは面倒だから。それで、正直に話した。
「幼馴染なんだ。」
「へえー。」
「そうなんだ。」
三鷹さんと小金井さんが目を丸くして、そろって驚嘆した。あれ、知らなかった?
ちなみに、日野原君と杉並君は平然としていた。昨日、僕が話したからだと思う。
それにしても、凛音はこのことを言ってなかったらしい。なんで、話していないのだろう。やはり、自分と幼馴染って言うのは、知られたくことなのかな。マズかったかな。
すると、小金井さんが興味を持ったのか、追及してきた。
「ねえ、いつから知っているの?」
「いつからって?」
「だ~か~ら~、何歳からってこと。」
「うーん、物心つく前…かな。」
「へえ、何して遊んでいたの?」
「そ、それは…。」
この質問は痛かった。この場合、なんて答えればいいんだ?
僕は凛音を見て、目で助けを求めた。なのに、澄ました顔でそっぽを向いていた。
ズルイなあ。全然こっちを見ようともしない。
「ちょっと、風花。変な質問しないで。」
絶望的だと思っていたら、急に止めに入った。但し、困惑していそうな笑みを浮かべながら。どうやら、気にはしているらしい。少なくとも僕にはそう見えた。安堵はしたけど。
男子二人は、このやり取りを黙って見ていた。
まだ続くのかなあ。この流れは嫌だったので、話題を変えることにした。
「あのさあ、凛音。ケガはどう?」
「昨日は大変だったけど、なんか一日休んだら元気になったみたい。足以外はね。」
「そうなんだ。それで、歩けそう?」
「ううん。しばらく松葉杖だって。学校、どうやって行こうかな。」
凛音は、意味深な目で僕を見た。うーむ。心配していたことが的中した。ここで、日野原君が割って入ってきた。
「桐島さん。その足では、自転車に乗れないよね。松葉杖で歩いて行くの?」
「そうねえ。部活も休むことになるから、ゆっくり歩いて行こうかしら。」
「学校まで結構あるでしょ。俺が自転車で迎えに行こうか?」
日野原君が強引に誘っていた。凛音の困っている姿を見て、三鷹さんが助け舟を出した。
「日野原君、家どっちだっけ?」
「この辺だよ。」
「なら、私と同じだね。だけど、凛音の家は反対よ。」
ナイス、フォローだ。なんか、いい人に見えてきた。続いて、杉並君が話し出した。
「ねえ、桐島さん。学校には、いつ来られるの?」
「えーとね。今日安静にしていて問題なければ、明日退院かな。」
「そっか。困ったことがあったら言ってよ。力になるから。」
「ありがとう。じゃあ、何かあったらお願いするかも。」
日野原君も同調した。
「そうだよ。同じクラスなんだから。」
「みんな、優しいのね。」
凛音は嬉しかったのか、笑顔で返していた。これを聞いて、つい流れで言ってしまった。
「僕も協力するよ。」
「へえ、そう?じゃあ、まずはノートかな。よろしくね。」
早速、要求がきた。僕だけノートって…言わなければ良かったと後悔した。
「分かったよ。」
皆の目が気になったので、不満は口に出さずに小声で返した。元々そのつもりだったし、助け合いの精神だと思い、この場は納得することにした。
しかし、日野原君は違ったようだ。対抗意識を持っていた。
「俺のノート、貸してあげようか。」
これに対し、晴美が嫌味を言った。
「ノート、取っているの?」
「取っているよ。…たまには。」
日野原君がムキになって返したので、凛音がクスッと笑った。
こんな感じで、僕がいても悪くない雰囲気が続いた。それでも、居心地が良い訳ではない。この和やかな内に去ることが無難だと思った。早々に退散したかった。最後までいたら、帰りも付き合わされそうでしょ。それは勘弁願いたい。故に、直接言うことにした。
「凛音。そろそろ帰るね。」
「もう帰るの?」
「やる事あるから。」
「えーっ、やる事?そんなの、あるの?」
「あるよ。いいじゃない。」
「ふーん。そうなんだ。」
「じゃ、じゃあ、またね。」
僕は聞かなかったことにして、去り際の挨拶をした。凛音の目は嘘っぽいと語っていたけど、何か言う前に三鷹さんが怪しい目でこっちを見て、場を制すようにシラッと言った。
「羽村君。凛音のこと、よろしくね。」
ドキッとした。この人、何言っているのだろう。心臓に悪いなあ、もう。前言撤回だな。
「晴美、変なこと言わないで。」
僕より先に凛音が言い返した。声のトーンが幾分高くなっていたから、動揺しているようだ。他の四人は、そんな凛音に注目していた。それで、今がチャンスだと思った。この隙に出でしまおう。僕はバイバイと小さく口ずさんで手を振り、音を立てないようにそーっと病室を出ていった。出る時、他のベッドにいた患者さんから、冷たい視線を浴びたのは言うまでもない。
一先ず、お見舞いと言う一大イベントを乗り切った。
この疲労感は、何なんだろう。精神的疲労ってやつかな。くたびれた。とっとと帰ろう。
その後、病院を出て自転車に乗り、帰宅するために家に向かった。ここで皆に追いつかれると面倒だから、スピードは気持ち行きより出ていたように思う。
そう言えば、日野原君と小金井さん、自宅がこの近くって言っていたっけ。後の二人は、どこかな。走りながら、そんなことを考えていた。考えている内に、他人に興味を持つ自分に戸惑った。今まで、人のことなどどうでもいいと思っていたから。
今日は、色んなことに気を使わされたなあ。
そう思ったら、急に足が重くなった。一気に疲れが出た。ペダルを漕ぐ足に体力を奪われ、息も途切れ途切れになり、スピードも落ちてきた。オマケに、思考も追い付かなくなった。こんな調子で汗だくになりながら、何とか学校まで辿り着いた。その頃には、すっかり暗くなっていた。
自宅と病院は、学校を挟んで反対方向にあった。故に、家までもう少しある。帰りの方が長かった。どおりで疲れる訳だ。こんなに運動したのは、何年ぶりだろう。一週間分、運動した気分だった。
そう言えば、日野原君と小金井さんは、毎日こんな生活をしているんだよね。毎日なんて、僕にはとても無理だな。凄いなあ。そこだけは尊敬しよう。
時間はかかったけど、やっと家に到着した。ヘトヘトになりながら、庭に自転車を停めて、カバンを持って家へ入ると、キッチンに母さんがいた。
「ただいま、母さん。」
「健斗、遅かったわね。どこ行っていたの?夕飯、できているよ。」
母さんは、料理の手を休めてこっちを見た。父さんはいなかった。まだ、仕事のようだ。
体中が痛かった。だるかった。足もガクガク震えていた。こんな状態だったから、とても食事する気分にはなれなかった。それで、自分の部屋で休むことにした。
「ちょっとね。夕食かあ。今日は、疲れているんだ。少し休んでから食べるよ。」
「そう?」
母さんは、それ以上のことは言わなかった。
僕はそのまま二階へ行き、部屋に入り、机の横にカバンを置いた。そして、ベッドに近づき、そのままの恰好で倒れ込んだ。
その後、どうなったかって?うーん。全く覚えていない。寝てしまったようだ。
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