第4話 ケガ
午後の授業も終わった。いつもの如く、長々と感じた。
僕は部活をやってないし、特に学校でやる用事もない。時々図書室へ行くことはあるけど、今日はそんな気分ではなかった。なので、真っ直ぐ帰ることにした。
教室を出て、校舎も出て、駐輪場まで歩いていった。外は、まだ日射しがきつかった。
学校から羽村家までは、歩ける距離ではある。でも、自転車の方が早い。凛音には、運動不足だから歩いたらと言われている。それでも、便利な方を選んでいた。
駐輪場まで来ると、凛音の自転車も置いてあった。見ると、つい大きさを比べてしまう。
「この差が、現実なんだな。」
悲しくもそう思わされる。やるせない気持ちを抱えつつ、自転車に乗って帰宅した。
「お待たせ。」
凛音は声をかけて、晴美と風花のいる席へ行った。晴美が私を見て席から立ち上がった。
「午後のスパルタが待っているね。」
「そんなこと言うと、雨宮先輩の頭にツノが生えるよ。」
この会話を聞いて、風花が不思議そうに尋ねた。
「キャプテンって、そんなに怖いの?」
風花はリベロなので、あまり雨宮先輩とは練習しない。凛音は、晴美と顔を見合わせた。
「風花は、いいよね。」
「ホント。羨ましい。」
「何言っているんだか。ほら、行くよ。」
風花には分からなかったようだ。意に介さずと言った感じで、二人の背中を押した。そして、三人一緒に教室を出た。もちろん、部室へ行くためである。
また、スパルタが始まるのか…。どうも練習が始まるまでは、憂うつ感でいっぱいになる。始まれば、それどころではないので、忘れてしまうのだが。それまでは、いつもこんな気分におちいる。それで時々、風花は無邪気でいいなと思ってしまう。
そんなにきついなら、辞めちゃえばいいのにね。だけど、できないんだな。これが。
やっぱり、レギュラーになって大会に出たいし、このチームで優勝もしたい。そんな夢のために頑張れるのは、若さなのか、青春なのか。
高校生活は今しかない。辞めたら絶対後悔する。そう思って、二人に声をかけた。
「頑張ろうね。」
なのに、風花と晴美はポカンとしていた。
「えっ、何?」
「あー、そうだね。」
せっかく気合いを入れようと思ったのに、拍子抜けしてしまった。
モチベーションはともかく、女子部員は午後も屋外コートだった。既に一年生が来ていて、コート整備をしていた。
ちなみに、部室はこのバレーコートと体育館の中間に位置する。どちらへ行くにしても、部室へ寄ることには変わりないが。
凛音達がそこへ入って運動着に着替え始めると、他のクラスの二年生や三年生も入って来た。三人は着替えが済むと、外へ出てコートまで行き、一年生に混ざってネット張りを行った。準備が終わった頃には、全部員が集まっていた。
「全員集合。体操、始めるよ。」
「はい。」
雨宮先輩の号令に、全員が一斉に返事をした。即座に、コートを囲むように集合すると、雨宮先輩の指示に合わせて準備運動が始まった。それが終わるとランニングを行い、その次は二人組になってパス練習をした。
コートは二面あるので、レギュラー候補組とその他に別れて行っている。当然、凛音達三人は、レギュラー候補組だった。
一通りのメニューを行うと、次はゲーム形式での練習に移った。組合せメンバーは、毎回異なる。いつ決めているのかは知らないけれど、いつも雨宮先輩が選出していた。それ故、メンバーはその時まで分からない。
今回は凛音と風花が同じチームで、晴美は雨宮先輩と同じチームと言った組合せだった。
「うーん。残念。本当は、皆同じチームが良かったのに。風化、頑張ろうね。」
「うん。凛音と一緒で良かった。」
意外に思われるかもしれないけど、雨宮先輩とも同じチームになりたかった。先輩のトスは非常に上手い。スパイカーからすれば欲しい所にボールを上げてくれるので、とてもやりやすい。確かに、先輩は練習の鬼かもしれない。でも、同じチームになれば心強く頼もしい存在となる。だから残念だった。
なお、この形式で何セットも行われる。それに、罰ゲームもある。なんでって思うよね。最初は嫌だった。雨宮先輩が発案者なのだけど、これがあると誰もが真剣になる。
ちなみに、一セット負けると校庭一周。勝てばマイナス一周。トラックではなく校庭だから、一周四百メートルくらいある。嫌でも必死になるって訳だ。
一応、一セット毎に休憩が入る。但し、何セットもやっていると足腰が立たなくなってくる。段々と疲労も溜まってくる。かなりキツイ練習だった。
凛音のチームのセッターは、三年生の人だった。あまり言いたくないけど、雨宮先輩ほど上手くはない。案の定、僅かにボールが流れた。この先輩も、疲れが出ているようだ。
どうしよう。やれるかな。疲れているけど、行ってみるか。
一瞬遅れてボール目掛けてジャンプした。何とかスパイクできた。けど、体勢が崩れた。
ヤバイ。体が傾く。着地と同時に、足首がグニャッとなった。
「あっ。」
思わず声が出た。左足が破裂したような衝撃があった。力が抜け、膝がカクッと折れた。
「ドタッ。」
後ろに倒れ、背中に激痛が走った。後頭部に鈍痛があった。目が回る。苦しくて。息が吸えない。痛みで顔が引きつる。動けない。何が起きたか分からなかった。ゆっくりと目を開けてみた。赤みがかった空に、雲がチラホラ浮かんでいた。
もう、夕方ね。そんな呑気なことを考えていたら、視界の中に風花の顔が現れた。心配そうな顔をしていた。何か言っていたけど、よく聞き取れなかった。
雨宮先輩の顔も現れた。先輩も何か言っていた。
晴美も来た。何か喋っているようだ。耳鳴りがしてきた。
徐々に、他の部員達も集まってきた。どう言う訳か、上から覗かれていた。皆が自分を見て、ワーワー叫んでいた。
そうか。ようやく、倒れていることに気がついた。
「凛音、大丈夫?」
風花の声が聞こえた。言葉が聞き取れるようになったみたいだ。呼吸もできるようになってきた。一息つき、起き上がろうと試みた。だけど、思うように力が入らない。
「イタッ。」
また、背中に痛みが走った。うーん、背中から落ちたのかな。頭痛もしてきた。後頭部がガンガン鳴っていた。それに、地面もグラグラ揺れていた。
「桐島さん、横になっていて。」
雨宮先輩の声だった。先輩がユラユラ揺れていた。なんか、大変な事になっている?
凛音は皆に心配をかけたくなかったので、もう一度起き上がってみることにした。無理やり、手に力を入れてみた。入りそうだ。これなら、起き上がれるかもしれない。
「だ、大丈夫です。」
上半身を起こしてみたら、フラついた。頭を動かしたからか、ズキズキと響く。
その様子を見て危ないと感じたのか、晴美が駆けつけてきて背中を支えてくれた。
「無理しないで。」
「やり過ぎちゃったかな?」
「もう、頑張り過ぎだよ。」
笑って答えようと思ったのに、苦痛で顔が歪む。それでも、何とか上半身を起こし、地面に座る格好までなれた。何度か深呼吸して思った。早く、再開しなきゃって。
「晴美。手伝って。」
「立つの?無理しないで。」
左手を出すと、晴美がそれを自分の首の後ろに回した。これでやってみようと言う訳だ。
「大丈夫。やってみる。」
「持ち上げていい?行くよ。」
晴美の掛け声に合わせて、凛音は晴美に体重をかけた。踏ん張って立とうとしたら、左足首に飛び上がるほどの痛みが出た。
「イタタタタ…。」
思わず叫び声をあげて、しゃがみ込んでしまった。あまりの激痛に涙が出てきた。
これを見て、雨宮先輩が即座に声をかけてきた。
「足、痛むの?ちょっと見せて。」
そう言ってソックスを下げた。足首の外側が赤く、大きく膨らんでいた。
「腫れているね。ゆっくりと、足首を動かしてみて。」
雨宮先輩に言われて動かそうとしたら、また強烈な痛みが走った。
「イッターッ。先輩、痛くて動かせません。」
「捻挫かな。とりあえず、ベンチまで運ぶから、そのままじっとしていて。」
直ぐさま、近くにいる部員に指示を出した。運搬係に選ばれたのは、晴美と風花、それに一年生二人だった。
さすがキャプテン。こう言う時の先輩は頼りになる。それにしても、やっちゃったな。
その後、凛音は四人に担がれてベンチまで運ばれていった。ベンチに着くと、左足をかばうようにして仰向けになった。
「ありがとう。」
凛音がお礼を言って横になると、晴美は軽く微笑んだ。一年生二人は、頭を下げた。情けなさと恥ずかしさが込み上げてきた。余計、落ち込んできた。
晴美は、手伝ってくれた一年生二人に言った。
「後はやるから、もう戻っていいよ。」
「はい。」
彼女達は、丁寧にお辞儀をして去っていった。
風花が来て、左足の靴とソックスを脱がしてくれた。上半身を起こして足首を見ると、外側がさっきよりも赤く腫れていた。その部分を触ってみたら、熱を帯びていた。
一気に気持ちが萎えた。心配性の晴美も、そのケガした部分を冷静に見ていた。
「腫れてきたね。痛くない?」
「足首が一番痛いんだけど、背中と頭も痛くて。あと、喉乾いちゃった。バッグ、持って来て欲しいんだけど。」
「バッグね。風花、持って来られる?」
「うん、いいよ。晴美はどうするの?」
「足を冷やしたいよね。とりあえず、保健室へ行って、冷却材と包帯もらって来る。」
「分かった。私はバッグを取って来るよ。」
「よろしく。凛音は、ここで休んでいて。」
「そうする。ねえ、風化。このタオル、濡らして来てもらってもいい?」
「いいよ。気にしないで、凛音。」
凛音は、腰に着けていたタオルを風化に渡した。その後、晴美は保健室へ、風花はバッグを取りに行った。ベンチで一人になると、ケガをした実感が湧いてきた。
皆に迷惑かけちゃったな。嬉しい反面、申し訳ないと言った気持ちも出てきた。
「参ったなあ。あそこで気を抜かずに踏ん張っていれば、こうはならなかったのに。無理に行かなければ良かったのかな。ううん。まだまだってことよね。」
ジャンプした時、体が流れてしまった。できると思ったけど、疲れが溜まっていたのか、体が重くて思うように動けなかった。どこかで後悔があった。横になって独り言を呟いていたら、風花が戻って来た。手には、凛音のバッグを持っていた。
それで、上半身を起こして右足を地面に下ろし、左足だけベンチに残す形で座り直した。
「持って来たよ。はい、タオル。」
「ありがとう。バッグの中にボトルが入っているの。」
「取ろうか?」
「お願い。」
風花がベンチの上にバッグを置き、チャックを開けてステンレスボトルを取り出した。
ボトルの中身は、一般的なスポーツドリンクである。ただ、飲みやすいように規定のものより薄めたものに作り替えている。凛音はそれを受け取り、ゴクゴク飲んだ。一息つくと、張り詰めていたものが取れた気がした。
「気分はどう?」
「うん。少し落ち着いた。」
「良かった。次は、部室へ行って来るね。」
「なんか、悪いね。練習の邪魔、しちゃったかな。」
「いいって。そんなこと、気にしないで。本当は、休みたかったんだ。」
「この練習、キツイよね。分かる。アハッ。」
風花もつられてニコッと笑った。この笑顔に癒された。そして、風化は部室へ向かっていった。凛音は、風化から受け取った濡れタオルを顔に当てて汗を拭いた。冷たくて気持ち良かった。痛みが引いていく。安らいできた。
そのタオルを首に巻いて大人しく座っていると、入れ替わりで晴美が戻ってきた。手に湿布と包帯、それに冷却材だろうか、アイスノンを持っていた。
「具合、どう?」
「うん。これ飲んだら、気分も良くなってきた。」
ステンレスボトルを見せると、晴美は笑顔を見せた。
「少し落ち着いたみたいだね。最初はどうなることかと思ったよ。」
「ゴメン。さっきは、気が動転していて。」
「そんなの、気にしなくていいって。それより、今は自分のことを心配して。」
「うん。そうだね。」
晴美はベンチの空いている所に、持って来たものを置いた。続いて、手当をするために左足首の外側にアイスノンを当てて、バンドで軽く巻いて固定してくれた。
「このまましばらく冷やすから、じっとしていて。」
「うん。冷たくて気持ちいい。晴美も風化もいてくれて、ホント助かるな。でも、この大事な時期に、練習ストップさせちゃって、なんか申し訳ないと言うか…。」
「またあ。いいんだって。私も休みたかったから。」
その気づかいに、ちょっと苦しく、ちょっと嬉しかった。
晴美は一息つくと、ベンチの隙間に腰を掛け、首に巻いていたタオルで汗を拭った。
そこへ、風花がペットボトル三本と濡れタオルを抱えて戻ってきた。ちなみに、このペットボトル、町民が無料提供してくれたミネラルウォーターになる。学校への寄付なので、生徒達は有りがたく頂戴している。
風化はそのペットボトルを、凛音と晴美に渡した。
「これ、持ってきたの。温いけど、飲んで。」
「いいの?ありがとう。」
「持ってきて良かった。はい、晴美の分。」
「サンキュー。喉乾いていたんだよね。助かったー。」
「ねえ、凛音。このタオル、部室にあったやつなんだけど、これも濡らしてきたから使ってみて。頭とか冷やすといいよ。」
「うん。使うね。」
凛音は、もう一つ風化から濡れタオルを受け取った。ベンチに寄り掛かり、上を向くようにして後頭部から額の上、そして目元まで覆うようにそのタオルを被せた。目を閉じると、二人の親切にジーンとなった。冷たさと重なって、とても心地良かった。
晴美はベンチに座ったまま、立っている風花に促した。
「ねえ、風化。私は、凛音の足首に包帯を巻いてから行こうと思うんだ。だからさ。風花は先に練習戻っていていいよ。」
「えーっ、自分だけ?まだ、戻りたくないなあ。」
「何言っているの。レギュラー、狙っているんでしょ。練習しないとなれないぞ。」
「そうなんだけど。なんかさあ、ズルくな~い?」
「なら、包帯巻く?」
「いやー、それは…晴美の方が上手いから。もう、分かったよ。晴美もちゃんと練習に戻るんだよ。凛音、じゃあね。」
「頑張ってね。」
風花は渋々と受け入れて、コートの方へと戻っていった。その後ろ姿を二人で見送った。
「晴美、迷惑かけてゴメン。」
「また言う。持つべきものは友でしょ。感謝しなさい。」
いい友達を持ったと思い、頷いた。何だか、泣けてきた。なので、またタオルを目元まで被せた。今、顔を見られたら恥ずかしいから。
晴美は、足首を冷やしていたアイスノンを外して再度触った。冷えていたのを確認し、その患部に湿布を貼り、その上から包帯を巻いて固定した。これも、慣れた手付きだった。
そう言えば、将来看護師になりたいって言っていたっけ。
「晴美は、いい看護師になれるね。」
「何よ、急に。ほら、終わったよ。雨宮先輩には話しておくから、ここで休んでいて。」
晴美は澄ました顔で言い返していたけど、満更でもなさそうだった。こうして、手際よく応急処置が終わった。
「うん。どっちにしろ、動けないし。」
「凛音、元気出してよね。こんなの、直ぐ良くなるから。」
「そうだね。晴美も無理しないでよ。晴美までケガしたら、優勝できなくなっちゃう。」
「アッハッハ。その前にレギュラーにならないとね。じゃあ、行くよ。」
晴美は立ち上がり、指でOKサインを作って凛音に見せてからコートへと戻っていった。
それからは一人座ったまま、練習風景を見ていた。何となく、取り残された気分だった。
六時を過ぎると、たいぶ暗くなって来た。ゲーム形式の練習も、やっとこさ終わりを告げた。ヘトヘトになっている部員達の姿が目に映った。いつもやっていることだけど、こうやって見学していると、全員が一生懸命なのだと言うことがよく分かった。
「皆、こんなに頑張っていたんだ。」
ケガをした自分の不甲斐なさと、バレーができないもどかしさに気持ちが沈みかけていた。ジレンマを感じていたところに、雨宮先輩がやって来た。
「桐島さん、もう直ぐ母が来るの。このまま、ここにいてくれるかな。」
「このままですか?」
本当は、早く着替えたかった、
「家まで、車で送っていってあげる。」
「えっ、いいんですか?」
「その足では帰れないでしょ。」
そう言えば、そうだった。帰りのことなど、全く考えていなかった。そこまで考えてくれていたとは。やっぱり、キャプテンって凄いなあ。
改めて、尊敬の念を抱いた。その反面、今の自分が恥ずかしくもあった。
「そうでした。雨宮先輩、ご迷惑をお掛けします。」
「いいのよ。じゃあ、着替えて来るから、もう少しここで待っていてくれる?」
「はい。よろしくお願いします。」
どこか緊張していた。まさか、先輩と一緒に帰るなんて。それも、お母様も一緒に…。
そして、一人ポツンとベンチに取り残された。日が暮れたのもあり、寂しさが付きまとう。急に、心細くなってきた。コートを見ると、部員達が後片付けを終えて引き上げて行くところだった。部室の方では、着替えた人から帰宅していくのが見えた。少しすると、着替えを終えた晴美と風花が、私の荷物も持ってやって来た。
「凛音。カバン、持って来たよ。」
「ねえ、この制服だけど、そっちのバッグへ入れてもいい?」
「うん。頼んでいいの?」
風花は、笑顔でバッグの中に制服を入れてくれた。おかげで、何もせずに済んだ。
「はい、終わったよ。」
「ありがとう。ホント、助かる。」
二人にお礼を述べた。嬉しい反面、何もできないもどかしさを感じた。しかも、まだ運動着のままだったから、惨めな気持ちも湧いてきた。
そこへ、着替えを終えた雨宮先輩もやって来た。
「桐島さん、車来たよ。」
「はい。ねえ、風花。バッグを頼んでも、いいかな?」
「いいよ。」
荷物は、風花が持ってくれることになった。しかし、大変なのはここからだった。まずは、立ち上がるところからになる。そう思っていたら、雨宮先輩が仕切り出した。
「三鷹さん、手伝ってくれる?」
「はい。」
その後は雨宮先輩の指示通り、やることになった。
凛音は、ベンチ中央に両足を地面に下ろした格好で腰掛けた。その両脇に、先輩と晴美が腰掛けた。
続いて、右腕を先輩の肩に、左腕を晴美の肩に回した。そして、二人の力を借りてゆっくりと立ち上がった。少しよろけたけど、二人に支えられていたので転ばずに済んだ。右足に重心を傾け、左足は浮かせた状態だけど、思っていたよりも楽に立つことができた。
ここからは、車まで歩いて行くことになる。歩けるか不安だった。
最初に、両脇の二人が一歩進んだ。
次に、凛音が両腕に力を入れ、二人の肩を支えに自分自身を持ち上げた。うわー、結構力いるなあ。腕がプルプル震えていた。
何とか、右足を前に進めることができた。この位置で、再び三人が並んだ状態になる。
これを一歩一歩繰り返して、車に向かっていった。かなり時間はかかったけど、二人に支えられたおかげで、転ばずに辿り着くことができた。
雨宮先輩の家の車は、赤色のSUVの外車だった。コートの近くまで来てくれていた。
「カッコいいなー。」
つい見惚れてしまった。すると、運転席から女性が降りて来た。雨宮先輩の母親だった。
「あらあら、酷いケガね。大丈夫?」
「はい。何とか。」
「後ろに乗れるかしら。」
「はい、やってみます。よろしくお願いします。」
「萌々香、ドアを開けてくれる?」
「うん。分かった。」
雨宮先輩が後ろのドアを開けてくれた。凛音は母親に会釈をしてから、後部座席に乗り込んだ。片足で乗り込むのは大変だったけど、この時も先輩と晴美が手伝ってくれた。
「ほら、萌々香。荷物、持ってあげて。」
「そうだった。」
雨宮先輩は母親に言われ、車の後部に移動してバックドアを開けた。それを見て、先輩よりしっかりした母親だと思った。
「小金井さん、ここへ荷物を入れてくれる?」
「はい。」
風花が凛音のバッグとカバンをトランクの中へ入れると、先輩がバックドアを閉めた。
「二人共、手伝ってくれてありがとう。後はやるから、もう帰っていいよ。明日も練習あるから、遅れないでね。」
「はい。」
晴美と風花は、二人そろって返事をした。
その後、雨宮先輩は助手席側へ移動し、ドアを開けて乗り込んだ。
凛音はリアウインドウを開けて、風花と晴美に手を振って挨拶をした。
「また学校で。」
「うん。またね。」
「凛音も気を付けて。」
二人も手を振り返した。帰宅準備が整うと、赤い車は母親の運転でスタートした。残された二人は、その車が見えなくなるまで見送った。その後で、風花が晴美に話しかけた。
「凛音のケガ、痛そうだったね。大会、出られるかなあ?」
「結構腫れていたね。でも、凛音なら大丈夫。直ぐに良くなるって。私達も帰ろうか。」
「うん。そうだね。」
そして二人は、各々の荷物を持って駐輪場へ向かった。
ところで、凛音を乗せていった赤い車だが、行き先を変更していた。
「頭を打っているなら、検査した方がいいわね。」
途中で先輩の母親が言い出したからである。それで、大三川病院へ行くことになった。
病院に到着すると、先輩と母親が先に降りて、病院の入口に向かっていった。手続きをしに行ったのである。凛音はその間、車の中で待つことになった。
しばらく待っていると、先輩が病院のスタッフと共に出て来た。そのスタッフは理学療法士の先生らしく、体格の良い男性で車椅子を押していた。
先輩がリアドアを開け、そこに先生が車椅子を持って来た。かなり、傍まで寄せていた。
しかし、凛音には降り方が分からなかった。どうやって、車から出ればいいんだろう。途方に暮れていると、先生が指示を出してきた。
「ドアの近くまで来てくれますか?」
「はい。」
返事をしてから横移動すると、先生が私を抱っこした。慌てて先生にしがみ付いた。だが、あっけに取られている間に、いとも簡単に後部座席から車椅子へと移乗してくれた。
その間に、先輩はバックドアを開けて荷物を取り出していた。先輩が荷物を持ち、先生が車椅子を押す形で、苦もなく院内へ入ることができた。凛音は、終始黙っていた。
受付に着くと、先輩の母親が待っていた。
「手続したから、後は先生に聞いてね。それと、ご両親に連絡するのも忘れないで。」
「はい。色々として下さり、ありがとうございます。」
「いいのよ。」
続いて、雨宮先輩が話しかけてきた。
「まずは、ケガを治そうか。体は大事だから、今は安静に。治ったら部活に顔出して。」
「すいません。こんなことになって。治ったら、また部活に出ます。」
その後、先輩と母親に挨拶を交わして別れた。
ここで理学療法士の先生は、看護師と交代した。院内は広く、その看護師にあちこちと移動させられた。とにかく、言われるままだった。
検査した結果、頭と背中は打撲、左足首は捻挫と言われた。
「異常は見られませんでしたが、頭をぶつけていますので、念のため入院しましょう。」
凛音は、医師から告げられた言葉に落胆した。入院はショックだった。
バレーができない現実を知り、頭が混乱した。気を落ち着かせるので精いっぱいだった。
一先ず、お父さんにこの事を知らせようと思い、携帯電話を取り出して連絡した。
そっと目を閉じると、後悔が襲ってきた。ちゃんと着地していれば…。大会前なのに…。
涙は出なかったけど、悲しくなった。心のキズも大きかった。このショック、これからジワジワと広がって押し寄せて来るのかな。そう思うと、ため息が出た。
だがこれは、これから襲って来る悲劇の、ほんの始まりに過ぎなかった。
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