12・潜入の日

 火星圏タレス・[レッド研究所]。


 この施設の7割近くを、実験室のように扱われていた。


 その内の一部である、病院の手術室とそっくりな、小さな部屋があった。


 キャスター付きの上側から灯す照明と、折り畳み式のベッド。


 ベッドの上に横たわるのは、捕らえられた黒川武人本人だった。


 横たわっているだけなら、楽になれただろうに。


 武人の手足とお腹周りには、鉄製のリングがつけられていた。


 それは彼をベッドに固定させる道具だった。


「悪趣味やな。こんな事すんのは……」


 武人が目を覚ましてからの、最初の発言であった。


「悪趣味? お前は慣れてるだろう?」


 武人の呟きは、誰かに聞かれたようだ。


 ゆっくりと歩み寄ってくる、白衣姿の中年男に。


「やっぱりあの子らは、お前の差し金だったんやな……クーラン」

「おいおい……久しぶりの親子の再会なんだぜ? 喜んだらどうだ?」

「あんな招待のされ方で、喜ぶバカがどこにおるん?」

「ま、そうだわ」


 武人が固定されているベッドの側までやってきたクーランは、少し苦しめの表情をした。


「お前さん、そのしゃべり方……」

「もう10年もあっちおったら、今更直しづらいんやわ」

「あの時は物静かで可愛げあったのによお?」

「よう言うわ。黙って従順になる子供が好物なだけやろ?」


 クーランは肯定すると、スッと白衣のポケットからスイッチを取り出した。


「何や、それ」

「賢いお前なら理解できるだろ? 家出したお前を躾けたいって言ったら、尚更」

「俺はもうアラサーのおじさん突入してるんやで? 体力も落ちとるし。若い子らの育成を進めたらええんとちゃうの?」

「その先導に立つもんが必要だろう?」


 そう言ったクーランは妖しい笑みを浮かべていた。


(ろくな事考えず、何か企んでいるな……)


 武人はクーランの動きを警戒した。


 しかし、手足とお腹周りの動作が封じられた今、何も行動を起こせなかった。


 クーランの持つスイッチが、押されていても。


  ☆☆☆


 地球から火星圏タレスまでは、2週間はかかると連絡があった。


 宇宙の軌道を計算した結果だそうで。


 他の星の宇宙船ならもう少し早く着くと聞いたけど、地球の技術ではこれで限界らしい。


 何も知らない頃よりも格段に早くなったとアレックスさんは言ったが。


 戦闘になると体力も激しく消耗する恐れがあるから、今のうちに体調を整えておけと言われた。


 私達兄妹が乗っている宇宙船で忙しいのは、アレックスさん等の技術者の人達だった。


【パスティーユ】と他AIの最終調整が必要で。


 本来は進出前に過半数は完了させる予定だったらしいけど。


 武人兄ちゃんの件もあり、計画を早める事になったからだ。


 私達は戦闘になったら主力として扱われる。


 一度の出撃でケガをするかもしれないし、帰れないかもしれない。


 今までの地上戦も同じ事は言えた。


 でも今回と違うのは、生存確率だった。


 空気のある地球と、空気の薄い宇宙。


 足のつける地球と、足の届かない宇宙。


 今まで宇宙の知識が素人レベルだった私でも、宇宙の方が危ないと判断がつく。


 最後のひととき……と思いたくないけど、

私達は休息を取った。


 宇宙は常に藍色の空間だから、時計を逐一確認しない限り、時間の経過がわからない。


 デジタルな時計も、正確な時刻を刻んでいるかわからなかった。


 でも通路の窓がわりの映像から眺めると、巨大な地球がコインより小さくなっているように感じて……。


 逆にオレンジ色の星の一部が映るようになった。


 通路の個室側の壁に、折り畳み式のイスが設置されていた。


 上のボタン1つで壁と一体化されていたイスが前に出て、上開きで展開された。


 1人用のイス3脚を用意し、私達兄妹は座った。


 火星圏にはもうすぐ着くけど、のんびり宇宙の神秘的な景色を眺めていた。


 もう二度と見れないかもしれないし。


 期間限定の言葉に皆が弱いのも、それが気持ちの底にあるからだろう。


 他には、王子達土星圏の人々が行ったように、初訪問時には電波のやり取りをしなくてはいけない。


 敵はクーランとその勢力であって、火星圏の人達全員ではないからだ。


 無関係の人達を流石に戦禍に巻き込むわけにはいかない。


 被害拡大を抑える為にも、多少手間のかかる作業を行うのだ。


 王子達の訪問時には、私は電波受信の現場に立ち会ったけど。


 今回は戦闘の備えとして、電波のやり取りはアレックスさん等ブリッジにいる乗組員に限定された。


 緊急時以外は体調を整えろとしつこく言われてるから。


「なんか、暇だなぁ……」


 私の左に座る勇希兄ちゃんが言った。


「パイロットの仕事に専念させてくれるから、いいんだけどね」


 右に座る和希兄ちゃんが言った。


 勇希兄ちゃんはあくびをしそうな雰囲気の物言いで、和希兄ちゃんはまあまあと弟を宥めるような物言いだった。


「見た事ない星がたくさんあるし、退屈しないよ?」


 私は軽く身体を捻る運動をする勇希兄ちゃんに言った。


「だって俺さぁ、プラネタリウムなんか鑑賞して喜ぶ柄じゃねぇし……」

「勇希は身体を動かす方が好きだからな」

「でも兄ちゃんの勉強には最適じゃないの? 中間テスト、点取れた?」


 私はちょっかいをかける意味合いで勇希兄ちゃんに言った。


 予想通り、兄ちゃんはムッとした表情になった。


「赤点は取ってねぇよ!」

「でも平均点スレスレだよね?」

「大体、中学で宇宙の問題って頻繁に出ないだろ!」

「未衣子、あんまり勇希を揶揄うなよ」

「わかってるわ」


 和希兄ちゃんに軽く注意された私は、これ以上勇希兄ちゃんにしつこく言うのをやめた。


「今は少ないけど、今後宇宙旅行が活発化したら、義務教育の一環として加わるんだろうなぁ」

「ちょ、兄貴まで怖い事言うなよ!」

「ははは。でも、勉強はやった方がいいぞ? 視野が広まるしな」

「う……帰ったら、ちゃんとする……」


 勇希兄ちゃんは小さめの声でモゴモゴ言った。


 発言をはっきり聞き取れなかった私は、イスから立ち上がり、窓がわりの映像を間近で拝んだ。


 手で触れるとタッチパネル機能が作動し、景色の拡大や縮小ができた。


 これで私は退屈しなくて済むかな?


 映像は英語表記だけど、星々の簡単な紹介をしてくれた。


 火星圏なので、《MARS ◯◯》と表示されている星が複数あった。


 火星にも衛星があったけど、1個か2個ぐらいしかなかった気がするから、こんなに衛星以外の星が存在していた事は驚いた。


 その中で、等倍でも大きく見える星が1つ。

《MARS TELLESS》。


 ローマ字読みのように読めば「テレス」って読めそうだけど、この星が火星圏タレスだと、武人兄ちゃんに教わった。


 英語はローマ字読みと異なる読み方をする場合があるから、「タレス」と読んでもおかしくはなかった。


 もうすぐ、武人兄ちゃんの産まれた星に……。


 武人兄ちゃんは納得しているのかはわからないけど……。


 彼はあそこで酷い事されたって言ってたし。


 もしかしたら今、兄ちゃんは酷い事されているかもしれない。


 クーランという男は武人兄ちゃんの口からしか真相は聞いてないけど、悪い奴だろうな、という想像はつく。


 私の胸が痛む。私の不安に、兄達はすぐに気づいてくれた。


「どうした未衣子、身体を震わして」


 まずは和希兄ちゃんから。


「やっぱり、怖いんじゃねぇの?」


 和希兄ちゃんの反対側から、勇希兄ちゃんもひょっこりと近づいていた。


 私はすぐに否定した。


「怖くないよ! とうとう来たなぁって思っただけ」


 口ではこう言ったけど、多分無意識に怯えていたかも。武人兄ちゃんを思い出して。


 だから話を逸らすように、映像のタッチパネル機能で遊んだ。


 兄達はこれ以上気遣う言葉を使ってこなかったけど、代わりに私の両肩にくっついてきた。


 2人とも男の子だから、体重で重く感じる。


 でも心底は私が怯えているとわかってくれるから、多少の負荷に口出ししなかった。


「すげぇ真っ黒だよなぁ」

「武人さんの髪の色を表現しているようだな」

「所々の赤い点がチカチカして目が痛いぜ……」

「照明用には使いたくない色だな……」


 兄達が星の外観の感想を色々言っていた。


 ありふれた第一印象の感想が飛び交う中で、私はタレスの外観を隈なく観察していた。


 すると、意外な物を発見したんだ。


 地球の赤道ぐらいの位置に、白い物が見られたんだ。


「何これ……?」


 私が首を傾げるような物言いをすると、兄達も私の反応が気になり、同じ箇所を見ていた。


「すげぇ眩しく光ってて、逆に酔いそうだぜ」

「そこまでは大袈裟だけどね。未衣子、拡大できる?」

「いいよ」


 私は映像のタッチパネル機能を数回駆使して、該当部分の拡大を行った。


 かなりのズームインだというのに、輪郭の境界線がくっきりとしていた。


 白の正体は……花だった。


 ハイビスカスのように花びらが大きな花ではなく、星の形を彷彿とさせる小さめの花の群れだった。


 星から離れた軌道上の宇宙船から眺めているので、実際は私達の身体より大きな花かもしれない。


「綺麗……」


 声に出してしまうほど、私は白い花の群れに夢中になってしまった。


「《ペンタス》……という花かな?」

「は?」

「花の名前だけど……火星だし、別の花かもしれない」


 和希兄ちゃんが名前を推測していた。


 そういえば、和希兄ちゃんはスケッチの為に植物園に足を運んだんだっけ。


 兄ちゃんは同じ部活の人に絵を見せたかったみたいだけど、どうなったのかなぁ。


 和希兄ちゃんは真面目だし、数枚は仕上げて絵を見せているんだろうなぁ、と勝手に想像していた。


 しばらく花の群れの純白な美しさに、私達は見惚れていた。


 じっくり眺めていたから、おそらく異変にも早く気づけたかもしれない。


 群れの内の1輪の花が、中心の上でくっつくように閉じられた。


 布を絞るように、閉じられた花びらは時計回りにクルクルとねじられた。


 ねじられた花びらは再び開花したのだが。


 花びらにシワはなかったけど、輪郭周りにギザギザ模様が見えて。


 花特有の雄しべと雌しべの部分が無くなり、代わりに尖った透明の宝石が露わになった。


「え?」


 私達は動揺した。勇希兄ちゃんに至っては眩し! とか叫んで腕で両目を覆った。


 兄ちゃんの取った行動は正しかった。


 尖った先から白い光が現れて……。


 力を溜め込むかのように光は大きくなり……。


 膨張して破裂したかの如く、白い光の球から同色の光線が発射された。


 拡大映像のモニターだけ、点滅が激しかった。


 私達兄妹はすぐに下に伏せた。


 これ以上、あの白い花の群れを直視すると失明しただろう。


 白い花として拝んでいた時、花は斜め前に向いていた。


 白い光線は……一体何処に?


 答えはあっという間に導かれていた。


 だって宇宙船全域に、緊急事態の警報がやかましく鳴らしていたから。


 警報は何度も繰り返すから、戦況の概略も把握できた。


 タレスに比較的距離の近い宇宙船が、ビームの攻撃を受けたと。


 さらにタレスに咲かれた白い花達が次々と尖った宝石を露わにさせていた。


 もちろん、宝石からのビームは追撃に加担している。


 白い花が群れを成すのは、重要な要素だったんだ。


 ビームの猛攻撃に、いつかはダメージをくらう。


 私達が乗る宇宙船も、地震のように揺れた。


「うわぁ!」


 私達は無意識に声を出していた。


 窓がわりのモニターは宇宙の光景ではなく、この宇宙船の見取図が開かれていた。


 右側のブースター付近に軽い被害が出たと、見取図で読み取れた。


『子供達! 早くジェット機に乗れ! 攻撃はビームだけじゃないぞ!』


 この宇宙船の艦長として率いるアレックスさんの放送だ。


 ペンダントもしくは腕時計の転送装置にも放送が聞こえてくる。


「大丈夫か?」


 和希兄ちゃんが言った。兄ちゃんにケガはなく、立ち上がれそうな感じだった。


 私と勇希兄ちゃんが負傷したのかって話には、なっていない。


 そもそも3人で一緒にいて、ここで宇宙の外を眺めていた。


 宇宙に出てからのショックは、今起きている揺れしかない。


「大丈夫だよ」「俺も」

「なんとか立てるか?」

「手すりみたいな取っ手があるから、なんとか……」


 また宇宙船が揺れた。


 備え付けのイスの下に手すり型の取っ手があり、そこを掴む事で私達は立ち姿を維持できた。


 イスは元に戻していた。


「飛ぶぞ! このままだとクーランに挑む前に壊滅する!」

「その方が早いわ!」

「俺も今やろうとしてたぜ兄貴!」


 緊急時は息ピッタリになりやすい。


 方向性が同じだから尚更である。


 既にペンダント、又は腕時計の《転送装置》は胸元に、腕に定着していた。


 パイロットスーツは既に着用しているから、《転送装置》で乗り込めば、発進の準備は整う。


 これで武人兄ちゃんを取り戻したら、[ラストコア]とはおさらばだろう。


 平穏な普通の生活に戻るだろう。


 でもこの半年間、武人兄ちゃんと共闘できて良かった。


 これで苦手な《普通》に耐えていける。


[ラストコア]に行けなくても、離れていても、兄ちゃんは側にいると信じられるから。


《転送装置》は作動した。


 私達は光に包まれ、通路から姿を消した。


   ★★★


 格納庫のジェット機はまだ飛んでいなかった。


 外は宇宙だから、地球の中とは勝手が違うと判断してるからだろう。


「すみません! 遅れました!」


 水色のジェット機のコックピットに座る和希兄ちゃんが謝った。


 相手はもちろん、モニター越しのアレックスさんだった。


『本来なら叱るところだが……お前達は宇宙戦は初めてだ。今まで無事でこられただけでもありがたい』


 通路の時の放送のように、アレックスさんは怒鳴ってこなかった。


 モニター画面に割り込みが入った。


 格納庫にいる整備士さん達だ。地球の輸送機で運ばれた時と違い、人が多かった。


 地球の時は[ラストコア]との距離が近かった為に、スタッフさんの配置は少なめに設定されていた。


 アレックスさんのAIロボも優秀なのもあったと思う。


 武人兄ちゃんから聞いた話だと、宇宙を経験した数はごく僅からしくて。


 だから私達兄妹や志願兵の皆さん以外にも、初めて上がる人もいた。


『君達、宇宙には驚くほど足場はない。下手すれば遭難しやすいだろう! 絶対に浮上用のエネルギーの確保と、地図機能の徹底的な活用を怠らないでね!』


 警告の意味合いを込めているのか、整備士さんの声は張っていた。


 その他、非常脱出の方法などの最終チェックが行われた。かなり早足だった。


『じゃあ、扉開けるよ! 酸素の補給もこまめにやってね!』


 整備士さんが言うと、ジェット機前の大きな扉が開かれた。


 通路の窓がわりの映像よりも遥かに近くで触れる、宇宙の光景。


 真夜中のように静かな景色は、さっきまで存在していたのに。


 ビームの光と爆発が、宇宙を騒がしくしていた。


『うまくかわして飛んでね! バリアも忘れずに! 予備エネルギーも多く積んだから!』


 整備士さんはしつこく言うけど、それは彼なりの心配だから、この対応はありがたかった。


『発進に移るよ! ……10秒前……5秒前、3、2、1……』


 発進!


 レバーを既に握ってるから、私達は指示でうまく飛べた。


   ☆☆☆


「【パスティーユ】、飛びました」

「よし。主力はほとんど出たな」


 アレックスと白井3兄妹が乗る宇宙船とは別の船には、宗太郎と他スタッフのみが乗る船があった。


 名前は[天海号]。[ラストコア]本部の地上部が遊園地として稼働する予定だった名残で、名前の一部が使われた。


 メイン制御室であるブリッジで、宗太郎はオペレーターから状況を受け取っていた。


 彼は今、総指揮官としての立場に立っている。


 戦況を把握し、味方の部隊に命令を下さないといけない。


 敵のクーランの勢力にも違う動きが。ビームの猛威に隠れて、黒っぽいロボが多数出撃した。


【ブラッドガンナー】に似たロボの集団だが、サイズ的に見ると……小ぶりなロボ達だった。


 火星圏タレスの出港口らしき入り口から出てきたロボ達であり、拡大映像でしか確認できなかったが。


「クーランという奴が関わっているとすれば、HRか……」

「側近兵、残存兵は先に察知したようです」


 オペレーターの報告どおり、ブリッジの前面モニターにはリュートの側近兵のロボとビウス残存兵のHRが駆けつける姿が確認された。


[ラストコア]側では貴重な、宇宙戦に慣れている連中。こちらは個別に指揮を執るリュートに任せてもよかった。


 問題は、地球人側の戦力であった。


 ジェームズが指揮官で搭乗した宇宙船から、ジェット機が複数機出撃した。


 色は紺、深緑、茶色の3色のみ。数は均等に振り分けられていた。


 実はこのジェット機、合体機能を搭載している。


【パスティーユ】同様、3機のジェット機が合体し、1体のロボになる仕組みを採用していた。名前は特になかった。


 開発はアレックス達が担当したが、実戦に運用ができなかった。


 パイロット不足が主な要因だったからだ。


 呼び名としては、【軍用機】で仮づけられた。


 紺・深緑・茶色の3色で1つのグループとなり、合体を行うのだが。


『きゃっ!』『うわっ!』


 うまくはいかなかった。パイロットである志願兵達の経験不足と、敵の猛攻撃が原因であった。


[ラストコア]に配属されるまで、志願兵達は訓練を受けていた。


【軍用機】を秘密裏で、閑散とした基地に搬送された履歴も残されている。


 ただ、訓練期間が短すぎた。


 2、3年前からジェームズが独自で募ったのだが、学生時代の友人の手伝いもあっても、集まれたのは約1年前。


 それでも十数人程が限界だった。


 正規軍にバレないよう細工するのは困難で。


 友人の小説にファンタジックな要素を書かせた理由は、検閲に引っかからないようにする為だった。


 訓練開始は召集してまもなくだった。


 ざっくり言うと白井3兄妹の経験した半年間と比べると、彼らは豊富なはずだが。


 実際の戦闘経験は、今回が初めてだ。正規軍の網目を潜り抜けるのも困難なのだ。


 しかし、ここでネガティブな過去を振り返っても何も起きない。


 限られた人数でも、この正念場を乗り越えなければならない。


 ジェームズは宇宙船で志願兵達の動向を見守りながら、マイクを握って彼らを叱った。


「焦るな! ビーム兵器の届きにくい離れた地点へ行け! 合体してから仕返しすればいい!」

『ですが少佐! 土星や金星の人達は……』

「彼らはプロだ! しばらくは時間を稼いでくれる! 先に合体に集中しろ!』

『わかりました!』


 志願兵達はハキハキと返事した。


 その後、志願兵達が乗るジェット機が距離を離すように後退する。


 ビーム兵器の攻撃が届きにくい位置に来ていた。


『チーム1、コードS、始動!』


 紺の機体に乗る女性の志願兵が号令を下す。


 同意で深緑と茶色の機体の者達が繰り返した。


 深緑、茶色の2機が横に並び、その上に紺のジェット機が乗った。


 正面側から見ると、紺の機体を頂点にした三角形ができあがる。


『乗った』と いう表現だが、実際ジェット機同士は間隔を空けていた。


 正面側と背面側に、三角形のラインが激しく点滅する。3機のジェット機全てが光出した。


 三角形のラインは残した状態。3つの光は1つの大きな固まりと変化した。


 やがて光の強度は弱くなっていくと、人型ロボが姿を見せた。


 ロボの右手には先端に水晶のような球体がつけられたロッドがあった。


【パスティーユ・フラワー】と同じ、広範囲の攻撃型のロボが登場した。


 メインパイロットの女性含め、志願兵達はドキドキしていた。


 うまく成功するか、不安で気持ちがいっぱいだったからだ。


 成功の反動で、志願兵達は思わず喜びの声をあげた。


『やったわ!』

『よかった……』


 しかし、戦況的に喜ぶのはまだ早い。


 他の味方は敵と交戦中で、疲弊してるだろう。


 即座に味方の支援に努めなければならなかった。


「いいか、『コードS』は【パスティーユ・フラワー】と特徴は同じだ! だが機体の耐久性は【フラワー】より劣る! まずは後方からの支援に徹しろ、状況によりチェンジの指示を出す!」

『わかりました!』


 ジェームズの指示に志願兵達は従った。


   ☆☆☆


 宇宙へ旅立つのも初体験な私達兄妹にとって、宇宙戦も初めての経験だった。


 だからビーム兵器と敵のHR達に翻弄されていた。


 ジェット機に分離された状態では、攻撃の威力は弱い。出撃したら、すぐに合体しなくてはならなかった。


 その合体に、私達は苦戦した。


 幸い、無事に【パスティーユ・フラワー】として飛べたのは、アレックスさんの指示のおかげだった。


 西条司令が艦長として指揮する宇宙船[天海号]は、他の宇宙船よりもスケールが大きい。


 なので、西条司令達は私達より遅く宇宙に上がった。


[天海号]を盾にして合体しろ、と言われた。


 言われた通りに[天海号]の後ろでの合体は成功した。


 前線に出て、まずはビーム兵器と敵のHRを蹴散らそう、と思った時。


 私達【フラワー】の両脇にもロボが3、4機程飛んでいた。


「これは?」

『【軍用機】で、お前達と似た機体だ。ジェームズが連れてきた志願兵達が乗っている』


 アレックスさんは私の小声を聞いていたようだった。


「この人達と一緒に行動するの?」

『違う。司令の通達で、お前達は[レッド研究所]に潜入しろ』

『え? 正面突破じゃねぇのかよ!』

『一応伝えた筈なんだが……駆け足気味で説明したから聞き逃してしまったか?』

『ううっ……』


 勇希兄ちゃんがバツの悪そうな表情をしていたが、それは放っておき。私はアレックスさんに聞いた。


「この人達も潜入するんですか?」

『彼らはまあ、囮に近いが……タレス周辺を守る敵のHRの撃墜をしてもらう。耐久性が低めだからな……大物狙いだと機体が保たない可能性がある』

『ではやはり……ビウスの残存兵のみの同行となりますか』

『くっ……敵の攻撃が激しくてだな。まずは目の前の沈静化か?』

『それはご心配なく!』


 アレックスさんが頭を抱えていたら、残存兵のHRの1体が駆けつけてきた。


 残存兵は銀色の剣を下に向けて、【フラワー】の前に立った。後から2体、【フラワー】の側に近づいた。


『地球の兵士達と交代して参りました』

『あの魔法のような広範囲の攻撃の威力は凄すぎます』

『褒めても何も出ないぞ』『え?』

『なんでもない。事前に説明したように、残存兵は《裏口》の案内を頼む。【パスティーユ】は遅れるなよ』

「わかりました!」


 私は了解の意を示した。兄達も同じ返事だった。


 既に残存兵達は動き出していた。


 私達がついていけるように、若干スピードは遅めだった。


 同じスピードで、【フラワー】は残存兵達の後ろで進んでいた。


 クーランが所長の[レッド研究所]には、複数のルートがあった。


 残存兵達からの情報によると、合計3つのルートが存在している。


 1つは正面突破の如く、出港口から入るルート。


 これは敵に落とされる危険性があるので、論外とされた。


 残りの2つが《裏口》ルートになる。


 同行する残存兵の1人は、ビウスと共に《裏口》ルートの1つを利用した事がある。


 本来ならば、残存兵の知っているルートを利用する方が早い。


 だけど、そのルートを利用するには、セキュリティの問題を解決する必要があって。


 HR、又は他のロボでもいいけど……実体の姿の認証に引っかかるらしくて。


 この認証、ビウスのHR形態【シェーク・フローレ】以外は登録されていない。


 今現在、側にいる残存兵達では、《裏口》ルートのゲートを通る事ができない。


 消去法のように選択肢を絞っていくと、第3のルート、すなわちもう1つの《裏口》ルートしか残されていなかった。


 今までのルートも残されたルートも、宇宙に上がる前と後で何回もしつこく聞かされた。


 勇希兄ちゃんはたまに大事な事聞き逃すせっかち人間だから、内容をちょっと忘れてるだけで。


 残されたルート。認証システムなどのセキュリティが存在していないらしく、誰でも侵入可能なルートがあった。


 それは寂れた搬入口、と説明を受けた。


 おそらく、廃止された物品の入出荷口だろう。


《宇宙進出》前、武人兄ちゃんの知るクーランの人物像も聞いていた。


 そのおじさんは体を動かすのが苦手で、いつも部屋に引きこもり気味だったと。


 だから研究所内でも、お手入れの施しがないボロボロのフロアは昔からあったと。


 その内の1つが、今回の通る予定の、寂れた搬入口なのだ。


 ところがこの搬入口にも問題点があった。


 武人兄ちゃん救出の道のりが、搬入口に侵入以降は不明な事。


 迷路のような状態になり、下手をすればトラップに引っかかる恐れがある事。


 実は私達兄妹はもちろんだけど、土星の人達も、ビウスの残存兵達も搬入口の出入りをした経験がない。


 つまり、搬入口をルートとして採択したのは、一種の掛けを選ぶ羽目になるのだ。


 一か八か。搬入口より先の救出活動は、運任せしかない。


 残存兵達は潜入捜査に長けた人がいて、ある程度は信頼できそうだけど。


 胸の奥が痛む。


 生存できるかの不安と、兄ちゃんの心配でぐちゃぐちゃになった。


   ☆☆☆


「ぐっ、ぐわああああ!」


 こうして悲鳴をあげたのは、マルロ戦以来かと武人は思い出していた。


 マルロの攻撃同様に、彼が受ける電撃ショックは強力だった。


 手足やお腹まわりの拘束具から、診療ベッドの縁から、視認できるレベルで電気が流れている。


 この電流を操るのは、クーランだ。


 片手で握れるスイッチを持ち、上部のボタンを親指1つで押す。


 これだけでベッドまわりの電流が走るのだ。


「久しいだろう? ガキの頃の躾を、大人になってから味わえるなんて、お前さんは幸せだぞ?」


 クーランは皮肉めいた言い方をした。


 普通に考えて、電気を浴びて喜ぶ生物はいない。


 電流を大量に浴びると、命の危険性が高まるからだ。


 しばらくして、クーランの親指はボタンから離れた。


 どうやらボタンの長押しで電流が流れる仕組みであって。押されてない現在、電流は止まっていた。


 武人の身体のあちこちから、白い煙が出てきている。


 露出された肌にも火傷の痕が残る。武人の息遣いも小刻みに荒い。


 むしろ全身に電気が流れたというのに、生き延びているのが不思議なレベルであった。


 元々武人は人間のような生物ではなく、HRなのだが。


「まあ、お前がこのレベルの躾じゃあ、満足できんだろうがな。これでお前が従うなんて、俺は微塵も思ってねぇよ」


 クーランは握っていたスイッチをポケットにしまった。


 後ろを向いて、拘束されている武人の元を離れた。


(くそッ。こんな拘束具程度やったら、変身すればあっという間に外れるし、なんなら奴もそれくらいの常識は知っとる……やっぱり部屋の隅にある、あの装置が原因なんや……)


 武人は自分の足元へ視線を落とした。


 正確には、彼が危惧している装置なのだが。


(あれはHRの変身を抑止する装置なんや。今ここで拘束解こうとすると、装置から電波が発生して、余計に身体を痛めつけてしまう!)


 何か脱出できる他の方法は……と武人はずっと模索していた。


 ところが、ほぼ全身を拘束されているような状態では、動く事が不可能だった。


 その為、武人は脱出を図るのに、今はタイミングを待つしかなかった。


 それでも、できる事はやった。キョロキョロと部屋全体を目で見ていた。


 今の部屋の造りで、脱出を成功するヒントがあるかもしれないと判断して。


(身体が解かれてたら、脱出できん事はないな。天井に通気口があるし。ドアから出るという手も使えるな。全くの密室空間とちゃうな)

「ほう……やっぱまだ元気が残ってたんだなあ」

「!」


 武人の身体がビクッと動いた。


 拘束具に当たっても、電流が流れていない場合は痛くなかった。


 クーランが武人の所へ戻ってきた。


 病院でよく見かける、点滴の器具を運びながら。


「何や、それ」


 武人はぶっきらぼうに聞いた。


「躾のグレードアップ、ってとこだろうなぁ?」

「グレードアップちゃうやろ。それで俺を、眠らすつもりか?」


 するとクーランは自慢げに笑った。


「眠るのは、後だ。下のタンクの液体が流れるが、あるもんが混入されてんだ」

「あるもん?」


 武人は点滴の正体が気になった。


 彼の頭の中で、『知らない方がいいぞ』という警鐘が鳴っていても。


『知らない方がいい』ものは、クーランの口から吐かれた言葉に存在していた。


「微生物だよ。俺の命令に背くと、液体の中に潜む微生物がお前の身体を蝕んでいく。

……どこまで耐えれるか、楽しみだなぁ?」


 ヒ、ヒ、ヒ、とクーランは点滴用の小さな注射器を指で摘んでいた。


「どこまで行っても、お前だけはど畜生やなぁ……!」


 武人は口先だけでも、平気なフリをしていた。


 脱出経路を探っていた武人だが、彼の身体はそこそこ限界まできたしている。


 脱出は成功したとしても、その後生き続けられるのか……彼もわからなかった。


 運命が決まっていたかもしれなくとも、彼は危険な治療を施そうとする《親》を睨みつけた。


 全くの効果はなく、治療は開始された……。


   ☆☆☆


 恐ろしい程に、目的の搬入口までの道のりで、敵の襲撃はなかった。


 敵のHRは、初めに確認した白い花の群れ周辺でしか、出現しなかった。


 HRでも普通のロボでもいいけど……最低限の人員は監視係として必要だけどなぁ。


 私と同じ事を、勇希兄ちゃんが漏らしていた。


『勇希が侵入対策について指摘するなんて、珍しいな』

『え! 当たり前の事だろ!』

『初歩中の初歩ですね。もしくはクーラン殿に余程の監視技術をお持ちであられるか……』


 兄達の会話は残存兵達にも丸聞こえだった。


 別にうるさいと、咎められたりはなかったけど。今は作戦遂行中だし……。


 注意は他の残存兵の人がしてくれた。


『これからはなるべく静粛に遂行しましょう。作戦に関係する内容は構いませんが、音量は下げた方がよろしいかと』


 この注意に対して、全員が同意した。


 同意しただけで、全く話合いがない訳ではなかった。


 話合い云々より、解決を急ぎたい問題があった。


 搬入口周辺はかなり寂れていた。


 火星圏タレスは地球のように、大気圏の概念はなかった。


 星の外観の黒色の正体は、多重構造の壁だった。


 テレビなどに使用されている液晶みたいな物質で……星の内外での景色が変わる。


 宇宙からだと黒く丸い星が見えて、星の中では空模様を確認できる。


 搬入口に近道の出港口から入って…搬入口についたものの……。


『何だコレ!』

「瓦礫の山が……できてるよ?」


 私と勇希兄ちゃんは思わず声をあげた。


 瓦礫……よく見ると機械のガラクタばかり、山ができるくらいに積まれていた。


『えっと……搬入口ですよね?』


 和希兄ちゃんも困惑していた。


『我々も、実際に訪れるのは初めてですので』

「でも、山の後ろに建物が見えるよ!」


 私は兄達に建物の証拠の映像を転送した。


『塞がれている感はあるな……』

『遠方に多数の建物が立ち並んでいますね……もしや?』

『あの白い建物群は、研究所でしょう。ビウス様とご覧になってます』


 タレス……研究所……。


「ここに武人兄ちゃんが捕えられているって、目星をつけてもいいんですね?」

『我々は火星圏を訪問する機会はあまりございません。[レッド研究所]には出向いた経験があるだけで……』

『周辺にも街らしき場所がありますが…黒か焦茶色の建物ばかりですね……』

『つーか、なんか英語でレッド? と書いてるぜ?』

「あ」『そうか!』


 勇希兄ちゃんは地図を見て、ローマ字読みのように英文字を読んだ。


 その読み方に私と和希兄ちゃんは反応し、なるほどと感心した。


 地図に名前があるなら、答えは簡単に判明できそう。勇希兄ちゃんにしては冴えてるね。


『でしたら、ここから突入しますが……』

『まず瓦礫のの山を退ける作業が必要ですね』


 やっぱり瓦礫の山は撤去しないといけないんだ。


 山の高さは、大体3階建の一軒家ぐらいだとモニターの計算では想定されている。


 まあ4体で取り組めば、ちょっと退かす程度ならすぐに済むだろう。


 ところが撤去作業に、勇希兄ちゃんが反対した。


『いっそのことぶっ放そうぜ? いらねぇモン捨ててんだろ?』


 はあ。さっきの英文字の件は冴えてると評価したのに。


「勇希兄ちゃん……爆発騒動になったら、警報が鳴るかもしれないじゃない」


 私は血の気の多い兄に対して落胆していた。


 私が呆れていると、頓珍漢な策を考えた張本人が逆上した。


『ガラクタを退ける時間がもったいねぇだろ! 武人兄ちゃんを助ける気はねぇのか!』


 その言葉に、私はハッとした。


 和希兄ちゃんも残存兵達も、そうだな……と呟いていた。


『確かに時間の猶予はありません。強行突破もいいでしょう』


 残存兵の1人が賛同の意思を示していた。


 他の人は何も言わなかったけど、多分同意とみていいだろう。


「じゃあ、ガラクタを破壊するわね」


【フラワー】のロッドを瓦礫の山に向けて放とうとすると。


 勇希兄ちゃんに止められた。


『待て未衣子。搬入口の扉まで潰したいんだ』

「【フラワー】の攻撃でも潰せるわよ?」

『強行突破、って言っただろ? 【サニー】に代われよ。下から直進して、一気に入るぜ』

『俺達はいいが……残存兵達は?』


 和希兄ちゃんは残存兵達を見た。


『見張り用に1人残します。貴方方の真後ろにつきましょう。瞬時に進めば大丈夫です』


 残存兵達で目配りをしていた。1人が瓦礫の山に背を向けた。


『【サニー】は高火力です。近づきすぎると燃えますよ?』

『瞬足のスピードを出せますから。道さえ作っていただければ秒で追いかけます』

「すごい……」


 流石1HRとして戦い抜いているだけはあるなぁ、と私は思った。


『未衣子、兄貴。今から【サニー】にチェンジするぜ? いいよな?』


 勇希兄ちゃんが確認した。


 そうじゃなくても兄ちゃんはしそうだし、チェンジの雰囲気になってるから私達は何も言わなかった。


 普段戦闘で経験してる通り、《熱融解》によるチェンジをした。


【サニー】は空手家の構えをした。


 瓦礫の山の前に【サニー】は立った。


【サニー】の全身から、橙色の淡い炎が繰り出された。


 炎で気合いを高めてから、【サニー】は軸の右足を前に出して、膝を少し曲げた。


 両手はボクシングでパンチ攻撃を仕掛ける前のポーズになっていた。


 しばらくして、【サニー】は前へ跳んだ。


『うおりゃあああああ!』


 勇希兄ちゃんの威勢と共に、【サニー】の右手の拳が瓦礫の山のガラクタにめり込む。


【サニー】の高温の炎で、ガラクタ達は溶けている。


 振り向かず、ガラクタに囲まれながらも、猛スピードで直進する。


 やがて、厚い壁? が壊れる大きな音が聞こえた。


 扉を突き破ったかもしれないと、私達は確信した。


【サニー】が普通に立てるし、歩行もできた。


 ガラクタのような障害物は消えていた。


『中に、入ったのか……?』

「中だと思うけど、真っ暗だなぁ……」


 搬入口の扉の奥は、真っ暗でよくわからなかった。




 ☆☆☆☆☆



 この『ミコロボ』シリーズがSFではなくファンタジー扱いの最大の理由が、この話にあります。

 実際、地球から火星に行くには9ヶ月程かかるみたいです……。

 私は書いた後に知識の本にて知りました……ごめんなさい。

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