13・奪還の日

 搬入口の中は、真っ暗で何も見えなかった。


 モニター画面の映像も、ほとんど黒1色だった。


 残存兵達がついてきたのは、音とデータ認識で確認できた。


 コックピット内にいる兄達以外の顔がよく見えない。


『本当に……研究所の中でしょうか?』


 和希兄ちゃんが疑問視するのには納得がいく。


 突入前は地図上に《RED LABO’s》とデカデカと表示されていたのに。


 中に入ると《Unknown》の文字が赤く点滅された。


 地図のデータも存在しない状況。


『せめて……灯りをつけましょう。そのまま進むのは危険すぎます』


 残存兵の1人が捜索しやすくするよう示してくれた。


「灯り……」

『エネルギーを消費しやすいが……勇希、どっちかの手でいいから、火を出してくれないか?』

『それで減らねえと思うぜ兄貴』


 勇希兄ちゃんはこう言ったけど、【サニー】の右手の手のひらの上に、火を出した。


 ロボの手のひらの上だから、サイズ的に人間くらいのスケールだった。


 残存兵達は自らの剣を手前に構えて、刃の部分を白く光らせた。


 これで半径10メートルくらいの周辺の状態を把握できる。


 今のところは、灰色の壁と直進できそうな暗闇がある事が判明しただけだけど。


『西条司令より、貴方方だけでも返さないといけません。前後で我々は護衛します』


 残存兵がそう言った後、奥へ進む順番を変えた。


【サニー】は残存兵達の間に挟まる形で並んだ。


 クーランとの戦闘は激化を増していくので、生きて帰れる保障はない。


 私達に武人兄ちゃん救出の命令を出したのも含めて、司令、贔屓目に言えば[ラストコア]の皆さんの気遣いなのかもしれない。


 歩いて進む方がバレにくいけど、救出作戦は迅速に遂行する必要があって。


 私達は天井に当たらないように浮上して、足裏のブースターで奥に進んだ。


 地図は相変わらず《Unknown》の文字がしつこく点滅している。


 何か手掛かりが見つかればいいのに、と私達は願っていた。


   ☆☆☆


 白井3兄妹とビウス残存兵の数人が武人の救出活動に専念している中。


 タレスの出港口が見える外宇宙では、未だに激しい戦闘が繰り広げられた。


 宗太郎率いる[ラストコア]の部隊と、クーランが送り出したHR達とビーム兵器の攻防に、終わりが見えない状況であった。


 敵のビーム兵器とHRの出撃は、交互に行われた。


 実際には戦力の配分が均等になされているだけで。


 ビーム兵器が猛威を奮っている時、HRは少数のみの出撃。


 HRが多数出撃時に、ビーム兵器は一時停止し、補給準備に入るらしい。


 宇宙船のブリッジの中で、アレックスが分析して出した仮定だ。


 正直な所、武器や兵士をたくさん出して体力や精神力を削っていく戦略しか見えてこないせいで、『仮定』としか言いようがなかった。


 宇宙の地理的なデータでも『火星圏タレス』と記載されており、[レッド研究所]の存在も武人から聞かされているのだが……。


(同レベルの敵ばかり……)


[天海号]のブリッジの艦長席で、宗太郎は親指を口に当てていた。彼もモニター越しに激しい戦禍を見守っていた。


 時に艦長らしく、司令官らしく、[ラストコア]のスタッフや助っ人の他星人達に指示を出すが。


(戦闘開始からどれくらい経っているのか……補給と再出撃の繰り返しばかり)


 宗太郎の目に映った今の戦況は芳しくなかった。


 むしろ悪化していると見ていた。


 まずは【パスティーユ】以外の[ラストコア]の主力機に代わる、アレックスのAIロボ。


 敵のHRにより悉く落とされていき、アレックスは出撃の頻度を減らし、各宇宙船から直接射撃するよう切り替えさせた。


 次に他星からの応援。リュートの側近兵やビウスの残存兵達と、敵のHRとの力は互角だった。AIと比べれば彼らはよく耐えている。


 しかし、両者共に補給等の作業で撤退と復帰を繰り返し……精神的な疲労も溜まっていた。


 前線に立てる面々がリュート達と彼らのみというのも、過酷さを増していた。


 頼みの綱として期待されていたリュート達の【ホーンフレア5th】。


 初めのうちは自前の槍捌きで敵を倒していたが、数が多すぎた。


 そこで、味方を全員避難させ、【ウインドアーチ】と連携した超強力なアロー攻撃を放った。


 この一撃で敵のHRとビーム兵器を大量に一掃したのだが。


 タレス内部には、未だHR達が潜んでいた。【ホーンフレア5th】を撤退させ、出港口に突入を図った。


 銃という武器は、性能によっては果てしなく遠い距離でも発揮する。


 姿の見えない出港口からビーム弾が放たれて、兵達に命中する。


 数人が生命の機能を停止し、宇宙に漂った……。


 ジェームズが連れてきた志願兵達の【軍用機】は、【パスティーユ】より耐久性が低い以外、性能は高水準だった。


 だが今回の宇宙戦が初陣の志願兵達には、操縦技術も戦闘技術も未熟であった。


【コードS】状態を保ったまま、広範囲の遠距離攻撃を仕掛けていく事しかできなかった。


 敵の攻撃の猛威でタイミングを読み取る事ができず、3機合体ロボの【軍用機】は【コードS】からチェンジしなかった。


 時々敵が疎らになった状態でジェームズはチェンジしろと指示を出しているものの、初陣の志願兵達は前に進めなかった。


 堕ちるかもという恐怖に、若者達は煽られた。


 実際に側近兵や残存兵達の数人の散りざまを目撃している。


 土星圏の宇宙船の乗組員達は、同郷の者に応援要請を出していた。


 要請に応じた宇宙船がやってくるという報告も受けている。


(【パスティーユ】を残すのがよかったか……)


 宗太郎は頭を抱えていた。気を急ぎすぎたと反省した。


 しかし首を左右に振って、持ち直そうと決意した。


 後悔しても、勝ち目は無い。何か打開策を探さなくては、と宗太郎が出した答えは、命令となって現れた。


「出港口を潰せ! 侵入は不可能になるが、黒川救出後は必要ない! HR達の出入りを潰せ!」


 前線にいた兵達の照準が出港口に変更された。


 そもそも武人救出には出港口ではない出入り口から侵入させている。


 彼らなら、ルートを確保できるだろうと宗太郎は信じていた。


 同時に心の底で、祈りを捧げていた。


(頼むぞ子供達。早く黒川を救出して戻ってきてくれ。戦禍を見送るしかできない役立たずで申し訳ないのだが……)


  ☆☆☆


 搬入口を強行突破して、研究所の中に入り、暗闇で何も見えないから灯りをつけたのだけど。


 中は普通の通路のようで、無機質な床と壁と天井しかなかった。


 搬入口って言うから、下に車輪の通った跡でも残ってるんじゃないかなあ……と勘くぐってたんだけど、床は綺麗だった。


『我らのように浮遊して進む機械族もおりますし……今までそちらで物資を運ばれたのでしょう?』

『ブースターを使用していれば熱で凹みそうですけど……石でも埋め込まれているのですかね?』

『石でも溶けるんじゃねぇの?』


 残存兵と兄達が道中で話をしていた。あまりにも通路が綺麗すぎたから。


 潜入調査とか捜査ってこっそり遂行するんだから、基本的には静かに行動しないといけないのだけど。


 こうも綺麗に整備? されているような状態では、何の為に建設されたのか疑問に思ってしまう。


 自動の地図作成ツールで通路内の道筋を記憶させながら、こういう疑問を呟いてしまった。


 私達の疑問に、残存兵の1人は自身の考察で答えてくれた。


 そうこうしているうちに、限界がやってきた。


【パスティーユ】全体のエネルギーが枯渇したとか、地図データの作成でデータの容量が満杯になったとかの理由ではない。


 狭い空間の中では当然、『行き止まり』という壁が存在する。


 道中で分岐点も発見したので、別ルートを残存兵の1人に行かせたのだけど、こちらも最後は『行き止まり』の壁だった。


『搬入口』という名は物品の出入り口だし、倉庫のような部屋があってもおかしくないけど。


 倉庫もなければ、『行き止まり』の壁の隅に荷物が置かれているわけでもない。


 この搬入口とそれに伴う通路が、一体何の目的で利用するのか、わからなかった。


 用途不明な建物に『行き止まり』。私達は悩んでいた。


 早く武人兄ちゃんを助けないと、彼が危なくなるのに……。


『行き止まり』と確認した地点で私達は集合した。


 この地点は通路内の最奥部と認識している。


 元々[Unknown]表記なので、せめて目印となる地点は確保したかった。


 それで搬入口付近と最奥部の中央側の『行き止まり』を目印に設定した。


 作成した地図のデータだから、信憑性は薄いかもしれないけど、信用しなければ後がしんどくなるから。


『これ、入り口でよかったのかよ?』


 何もねぇじゃん、と勇希兄ちゃんがブツブツ言った。


『まあ一か八かの賭けだからなぁ。間違いの可能性はあったよ』

『すみません。我々の能力不足で』

『いいえそんな、逆に追撃される事なく侵入できましたし』

「そう言えば……」


 和希兄ちゃんの発言で今までの経路を振り返ってみた。


 搬入口突破前には敵の追手がなかった。突破後は狭い暗闇の通路ばかりが広がっていた。


 本当に敷地内を守りたいのだったら、通路内にトラップがあってもおかしくはないはずなのに。


『そうですね……逆にここまで何も攻めてこないのは、不気味に感じますが』


 残存兵の率直な感想だった。


『戻りましょうか。遠回りになりますが、別ルートを辿るしか……』

「大丈夫です」


 私が言った。


『いや大丈夫じゃねぇだろ?何もないんだぜ?』

「違うよ。『行き止まり』の壁に耳を傾けて?」

『聴力の解析データかな?』


 和希兄ちゃんがコックピットのパネルを操作していた。


 一方で、2人の残存兵達も『行き止まり』の壁に耳を当てていた。


『なるほど、かすかに何か聴こえてきますね』

『え? なんだよ、とうとう敵がきたのかよ!』


 勇希兄ちゃんはキョロキョロと左右を見ていた。


『勇希、今からコレを開け。聴力解析データだ』

『聴力?』


 勇希兄ちゃんも首を振るのをやめて、同じようにパネルを操作した。


『すげぇグラフの振れ幅あるなぁ!』


 確かにグラフの変化が激しいのは認めるけども、耳の方も敏感になって欲しいんだけどなぁ。勇希兄ちゃん。


『地球産のロボは精密な解析ができるのですか?』


 残存兵達は驚いた。


「【パスティーユ】だけですよ? 他は無人AIばかりですので……」

『我々HRでも、解析技術に長けた者は少ないので……』

『HRが生命体、と認識していればですね』


 和希兄ちゃんに小話が聞こえてみたい。


【パスティーユ】の高性能さについては、今は深く触れる話題ではない。


 これからどんな行動をとって、武人兄ちゃんを救出するのかを決めないといけない。


「解析データでも十分示しているみたいです。……この壁を壊しませんか?」

『え?』『はあ?』


 私の提案に残存兵の1人は首を傾げるだけだったが、私の下の兄はいつものように大袈裟に反応した。


「【サニー】の状態だったら、この壁程度なら壊せるわ」

『できるが……これで破壊活動は2回目だ。エネルギーの消費もかなりの量になる』


 和希兄ちゃんの指摘通りで、エネルギー の残量メーターもあと6割だ。


『行き止まり』の壁を壊せば、残り半分を切ってしまう恐れがある。


 救出後の帰りの分も確保したいと思う気持ちもよくわかる。


 でも、他に方法はない。別ルートの選択は可能だけど、また振り出しから再出発になる。


 それだと、武人兄ちゃんの救出にかなりの時間を費やしてしまう。


『搬入口』ルートの選択でも賭けに出たんだ。今更怯えなくてもいいだろう。


 それに……これは自分勝手な思いになるけど。


 私達の[ラストコア]の一員として、【パスティーユ】のパイロットとして務めるのが、この救出イベントが最後かもしれない。


 延長期間も3ヶ月で、地球では9月に突入している。


 この任務が終われば、武人兄ちゃんと離れ離れになるだろう。


 最後の最後で、後悔したくないから。


「予備エネルギーの蓄えはあるし、時間はないと思います。壁を壊して進みましょう。私は今の決断がミスだったとしても、悔いは残しませんから」


 兄達は私の進言について、ただ黙っているだけだった。


 最初に口を開いたのは残存兵だ。


『わかりました。我々はビウス様の意思を継ぐ者達です。ビウス様も貴女の決意に賛同なさると思います。期待に応えられる働きができるよう、貴方方を御守りいたします』


 残存兵達は私の決断に賛成してくれた。


 たった1、2週間程の付き合いだけど、すごく親しくしてくださり、感謝しかなかった。


 残るは2人の兄の同意だけだった。


 意見対立するかもと懸念していたけど、答えは意外とあっさりだった。


『ま、俺も他に思いつかねぇし……兄ちゃん助けたいし』

『未衣子が今の活動に熱中している事はよくわかっているからな。俺も……そうかな?』

『兄貴も随分見入ってたよな、ロボットに』

『ハハハ、そうだったな』


 和希兄ちゃんは軽く笑っていた。


 この場にいる全員が、私の決断に賛同した。


 あとやる事は、実践のみ。


 壁の破壊活動は【サニー】が率先して行うから、【サニー】が先頭に立った。


 その背後にビウスの残存兵2人が、少し距離を離して並ぶ。


『行くぜ!』


 勇希兄ちゃんが叫ぶと、【サニー】の全身から半透明の炎が出てきた。


 残存兵達はもう慣れたのか、凝視しないように腕で顔を覆う事はしなかった。


 両腕を後ろに引いて、【サニー】は再び飛び跳ねた。


『行き止まり』の壁まで直進。右手の拳と燃え上がる炎を前に出した。


 壁は硬そうな見た目と違って、あっさりと破られた。


 3機合体ロボットで突進しているような衝撃を加えているんだし、逆にこれで壊れなかったらすごいと思う。


 壁を破ってラッキー、なんて喜んでる暇はなかった。


 喜ぶどころか、落ち着いて情報を整理する時間も与えられなかった。


 壁を破壊してそのまま奥へ入ると、【サニー】は動けなくなった。


 全身に電撃ショックを浴びせられたからだ。


「きゃあああ!」

『うわああ!』

『うっ!』


 反応は違えど、私達は声をあげてしまった。


 電撃は止まる事を知らないかのように、強烈に流してくる。【パスティーユ】は保つのかな……。


 そんな不安は一旦解消された。後に続いた残存兵達が電撃ショックの元を絶ったからだ。


『大丈夫ですか!』

「あ……はい」

『い、いきなり攻撃くらうとか……』

『これは……?』


 和希兄ちゃんが何かに気づいたようだ。私と勇希兄ちゃんも、立ち直ってすぐにモニター画面を確認した。


 コックピットの外の様子が映し出された映像。


 暗いピンク色の空間に、赤く光る光の線が何十本も交錯されていた。


 空間自体は何の障害物もない、だだっ広い部屋だった。


 人間の10倍以上は大きいロボでも、天井まで全然手が届かないから。


 他にも、トラブルが発生していた。警報のアラームだった。


 耳を塞ぎたくなる程のけたたましい音量で、何回も鳴らしてくる。


 視認できる光の線はもはやトラップの防戦だろう。


 警報が鳴っているという事は、近々追手の攻撃もある筈だ。


『やはり、引き返すしかありませんか……!』


 残存兵の1人が落胆気味に言った。


 ところが偶然、私達に光明の兆しが見えるようになった。


【サニー】、ひいては【パスティーユ】の地図データが正常に機能し始めた。


 わかりやすく言うと、今まで《Unknown》の点滅表示が繰り返されていたが、文字は完全に消えた。


 逆に大広間の空間を出発点に、道が形成されていった。


「和希兄ちゃん、勇希兄ちゃん!」

『ああ、地図データが復活したんだ!』

『真正面の奥に示されてんのかよ!』


 勇希兄ちゃんが怒鳴った。ちょっと現状を嘆きたい気持ちもわかる。


 光線のトラップを潜り抜けた先に、地図データが示す道のりが確保されているんだ。


 潜り抜けないと進めない。


 ここで残存兵の1人がこう進言した。


『無茶苦茶な戦術を取りますが、トラップセンサーの光線を封じましょう。空間の壁の中にでも、光源がのめり込まれている筈です』


 もう1人の残存兵も言った。


『見張り役の者も呼びましょう。現時点で一番危険なのはこの領域ですから』


 ビウスと一緒に戦場を潜り抜けた人達だから、冷静に打開策を考えてくださっている。


 これはもう、逃げ出せない。逃げるつもりは微塵もないけれど。


『もうこうなったら、突き進むしかねぇぜ!』

『地図データが復活している。武人さんの元へ導いてくれると信じよう!』

「そうよ、行こう!」


   ☆☆☆


 武人の身体は、かなり疲弊していた。


 隙を見て脱出を図らないといけないこの緊急時に、ぐったりしていた。


 いや、させられたのだ。


 彼の左腕に、小型の注射器の針が刺さっていた。


 点滴の薬は器具の下部で固定されたタンクに入っている。それを機械で吸い上げて、上部の袋に溜める。


 溜め込んだ液体の薬を、管を通してゆっくりと注射器に注がれる仕組みだ。


 薬の正体は、クーランが知っていた。


『液体の中に微生物が潜んでいて、それは身体を内側から蝕む』作用があると。


 つまり、武人の身体を衰弱させる害薬であった。


 今すぐ注射器を取っ払いたいのが武人の本心だ。


 だが注射器を抜くのを阻む困難も、同時に存在する。


 武人が目を覚ます前から固定された、ベッド一体型の拘束具。


 手足とお腹まわりの上に、金属の輪は微動すら起きていなかった。


 彼の足元側、部屋の隅に置かれた『HRの変身を抑止する装置』も困難要素の1つになっていた。


「投薬してから、随分大人しくなったなぁ」


 ベッドの傍らでクーランが言った。彼はケラケラ笑っていた。


「効果が効いてきたのか? ん? そりゃあ身体中の内臓や筋肉や骨を、微生物が食べているんだからな」


 武人に対して残酷な事実を告げてくるクーランだが、武人は言い返せなかった。


 言い返す気力がない、というのはなかった。脱出を計画しているのだから、まだ体力は残っていると武人は信じていた。


 ここで害薬投与した悪魔と話を交わすのは、体力を削る羽目になると彼は判断した。


 今は喋らず、機会を待った。脱出して帰還できるだけの余力があればいいと武人は思った。


 部屋内にアラームが鳴った。ベッドと反対側に位置する通信モニターからの音だった。


 何だよ、とぼやきながらクーランはモニター前に向かった。


 アラーム以外の音は流れず、要件を知るにはモニター画面の文字を読むしかない。


 地球では見かけない記号のような文字を、クーランはスラスラ読んだ。


「出港口が破壊されて塞がれた? ったく、他の経路を使えばいいだろ? 後処理は適当に済ますから存分にやれ、と」


 クーランは文字を読み上げた。後に画面前のパネルを数回操作して、音声入力で文字を打ち、その文章をメールのように送信した。


「少しは頭使えってのによ、なぁラルク」


 武人の本当の名を呼んだクーラン。


 しかし、彼の平常心が崩れ去る時がやって来た。


 二度目のアラームによって。


「チッ、うるせぇなあ……」


 二度目は送信後すぐに鳴らされた。


 よってクーランは振り返るだけでモニター画面の文字を読み取る事ができた。


 同じように、声を出して読み上げた。


「何……? 地上の電力室の……破壊だと!」


 ガシャン! と物が壊れる音がした。


 クーランは両目を大きく開いたまま、武人が拘束されているベッドへ、ゆっくりと振り向いた。


 いや、もう拘束は解かれていた。武人を拘束していた鉄製のリング達は、上の欠片が破られて床に落ちていた。


 武人はベッドの上に座った状態で、手首を軽く握っていた。


「やっぱりな。クーラン、自分の家の庭はちゃんと手入れせなあかんで?」


 彼は不敵に笑った。2人の表情が逆転する瞬間だった。


 あれだけ妖しげな笑みを晒していたクーランだが、とうとう笑顔がなくなっていた。


「お前……どこまで漏らした?」

「そりゃあ敵の情報は漏らさんと、攻略でけへんからなぁ」

「《息子》の癖に、調子……こきやがって」

「ふざけてへんで俺は。お前の事は、《生かしておけん危険人物》と認識しておる」


 ニヤニヤ笑う武人の背後、部屋の壁が一気に粉砕されていた。


 奇跡的にベッドは下の階に落ちずに済んだ。


 ベッドをすっぽり収める大きな手が受け止めていた。


「お、おお……」


 クーランは壁を粉砕されたと同時に、尻餅をついてしまった。目の前に現れた巨大ロボを見て、しばらく言葉が出てこなかった。


 最近クーランが悩まされていた、地球産のロボ。


 彼の派遣した[ホルプレス]や[宇宙犯罪者]達を次々と倒していった強者。


 武人を服従させ、彼に敵対させて陥れようとした邪魔者。


 HRではない、何の能力を持たない地球人が乗りこなせる驚異の高性能な巨大ロボット。


 ようやく【パスティーユ】が自分の研究所まで押し寄せてきた。


   ☆☆☆


「武人兄ちゃん!」


 研究所の施設の壁を壊した時、私は思わず叫んでいた。


『行き止まり』の壁を壊した後、セキュリティ増し増しの空間で【パスティーユ】の地図データは復帰した。


 このまま前進するしかないと決めた時、施設内の仕掛けを潰しながら探す方法を取った。


 複数のトラップを一掃できるように、【サニー】は【フラワー】にチェンジさせていた。


 バリアを張りつつ、自前のロッドの攻撃で離れた場所から仕掛けを壊していった。


 二度の強行突破でエネルギーが半分以下になっていた【パスティーユ】。


 本来は後に控えるボスの為に温存した方がいいだろう。


 でもその心意気だと、武人兄ちゃんを救出できないと思い込んで。


 挙句には今回のクーラン戦が終われば武人兄ちゃんにしばらく会えないかも、と寂しくなって。


 予備エネルギーの準備は和希兄ちゃんにしてもらってるけど。


 せめて最後は、どんな事をしてでも……この戦いに勝利したいんだ。


 ある施設内の1枚の壁を破壊する前、私は地図データを確認して、嬉しくなっていた。


 青い光の点は、自軍のメンバーが存在している印。


 トラップ満載のだだっ広い空間とは違う、狭い部屋の1室。


 現在捜索中の場所の名前を知っているならば……[ラストコア]に誰が行方不明かご存知なら……。


 点滅する青い光の点の正体は、武人兄ちゃんしかいない。


 だから壁を壊した時に、私は彼の名前を呼んだ。


 彼は上半身は何も着ていなかったし、眼鏡もつけていなかった。


 だけど、ボサボサ気味の黒い髪の毛は、出会った時からずっと変わっていなかった。


 諦めずに進んでよかった。私の心は今、嬉々に満ちあふれた。


 壁は粉々に崩れると、床の一部もつられて落下していく。


 武人兄ちゃんの座ったベッドも落ちそうになり、【フラワー】の手でキャッチした。


 彼の無事を一旦確保してから、半壊状態の部屋をモニター越しで見た。


 部屋の真ん中に、1人のおじさんが座っていた。


 白衣を纏った、髭を生やしたおじさんが足を三角に曲げて、両掌を床に付けたまま動いていない。


 おじさんの表情は、初めて怖い物を見た時のように強張った感じになっていた。


 この人、もしかしたら夢の中で……。


 なんて見てきた夢を思い出している余裕はない。兄ちゃんを連れて脱出しないと。


「武人兄ちゃん、今から飛ぶけど大丈夫?」

「【フラワー】の指に捕まっとく。遠くまで離れたら変身するから、宇宙へ出られるで」


 武人兄ちゃんはそう言ってから、ベッドごと収めていた【フラワー】の左手 の中指にしがみ付いた。


 ベッドはいらないみたいだし、半壊した部屋に右手で置いた。


 部屋の位置とは真逆の方向へ向いて、【フラワー】で来た道を戻った。


 少し進んで行った頃合で、武人兄ちゃんが助言をくれた。


「もう少しスピード上げよう。【スカイ】に変わるんや」

「兄ちゃん、熱が出るよ?」

「ここまで来たら【ブラッドガンナー】になっても大丈夫や」


 私達は助言を信じ、和希兄ちゃんとバトンタッチした。


【フラワー】が白く光ると武人兄ちゃんが前へジャンプし、彼も目の前で【ブラッドガンナー】に変わっていた。


【スカイ】にチェンジした後、スピードが一気に上昇した。


 ロボ形態の兄ちゃんに、今にもぶつかりそうな勢いで。


【ブラッドガンナー】もそこそこのハイスピードを出せるので、衝突の心配はしなかった。


『お前達だけで来たんか?』

『いえ、ビウスの残存兵達数人が抑えてくれています』

『無事なん?』

『1人、やられちまってヤバくなってるぜ……』

『急がな……ゲホッ、ゲホゲホッ!』


 兄ちゃんが喋っている最中に、咳き込んだ。


「大丈夫?」

『大した事ないで。むせただけや』


 武人兄ちゃんは左腕で口元を拭う仕草をしていた。


【ブラッドガンナー】に口は見当たらないけども。


 大声を出すと急にむせる事は多々あるから、今はあえて気にしなかった。


 通路の『行き止まり』だった場所までたどり着いた。


 1人の残存兵が待機していた。


『ご無事でしたか!』

『まあなんとか……ゲホッ!』

「兄ちゃん!」

『大丈夫かよ!』

『むせただけ言うたやろ?』

『急ぎましょう。所々で爆発が起きています』


 残存兵が私達を先導した。


 小さな事に気を取られる時間はないけど、残存兵の沈黙の間が気になった。


 彼は武人兄ちゃんの異変に、気づいているんじゃないかと。


 私は今、サブパイロットの状態で【パスティーユ】に乗っている。脱出の合間に兄ちゃんと話もできただろう。


 むせる姿を見せられたので、話はできなかった。


   ☆☆☆


[ラストコア]の面々及び、彼らに協力する他星人達の猛攻によって、火星圏タレスの出港口は塞がれた。


 塞がれたというより、塞いだと言い換えるのが正しいだろう。


 出港口の上部の岩石を遠距離攻撃で破壊し、雪崩を起こしたり。下部の滑走路を破壊して自由に飛べなくしたり。


 最高司令官の宗太郎の命令で、出港口はぐちゃぐちゃな岩石や金属の山に変貌した。


 まだ敵のHRは残っていたが、出港口が塞がれた今、出撃が困難になっていた。


 ビーム兵器も鳴りを潜めた。残った残存兵達と側近兵達がうまく回り込んで、至近距離で剣や槍を刺して、機能を停止させた。


 激戦真っ只中に解析を行った結果、ビーム兵器も一種のHRと判明した。


 最初は植物の白い花だったのが凶暴なビーム兵器に変化。しかも誰の手も借りずに自らで。


 結果を聞いたアレックスはやっぱりな、と驚きの反応をしなかった。


 さらに今回が初陣の志願兵達にも変化が生まれた。


 残存兵や側近兵の技能を学んだ一志願兵がチームメイトに対し、【軍用機:コードL】にチェンジを要請した。


 仲間意識の強いチームメイトは要請に応じ、掛け声とともに【軍用機:コードL】に変身した。


 深緑のボディである【コードL】は、【パスティーユ・スカイ】同様、スピード重視タイプだ。


 一志願兵は協力者・側近兵達の技能を真似しようと、必死にコックピットのレバーを動かした。


 意外と強気で行動すれば、うまくいく事も起きる。


 無我夢中で操作すると、【コードL】はビーム兵器の設置された場所に着地した。


 まずいと感じたジェームズは宇宙船から、急いで離れるよう指示した。


 ところがこのビーム兵器、一方向にしかビームを発射できない仕組みとなっていた。


 ビーム兵器の『根元』まで来られると、兵器側は仕返しが出来なかった。


『根元』付近に小威力の砲弾が備わっていれば、兵器側が有利に立てただろうが。


『根元』付近は、敵側の仕留め放題だった。


【スカイ】より短い、ナイフのような双剣を【コードL】はビーム兵器に向けた。


 前に双剣を、何度も振り続けた。


 しかし、HRの植物は切り刻まれただけではビクともしない。


 そこで、近くで仕留めていた側近兵の指導が入ったのだ。『『根元』を狙って刺してください!』と。


 指導を受けた通りに、志願兵は実践した。


 すると……剣を1回刺しただけで、HRの植物は枯れていった。


 コツを掴んだ志願兵は他の志願兵達にも共有した。次々と【コードL】にチェンジし、即座に着地して『根元』を刺していった。


 積み重ねの結果、ビーム兵器の勢いは衰えたのだった。


 敵勢力の沈静化と捉えた宗太郎は、他の宇宙船の艦長達に一時帰還の命令を下した。


 宇宙船の武装で事足りると判断された部隊は、続々帰還を果たした。


 一時的なので、次の出撃の可能性は残っている。


 ロボ等の機体は補給と点検整備を、パイロット達は休息を取った。限られた時間は有効活用した。


 戦闘の警戒体制はレベルを下げ、緩くなった。


 技術士達は次の戦闘体制に入る事を見据えて、補給に整備に大忙しだった。


 逆にパイロットやHR(残存兵)、宇宙船で砲撃や操舵を担ったクルーは、持ち場で待機のまま、身体をリラックスさせていた。


 火星圏タレスの外観から、騒がしさが消えた。


 宗太郎が乗っている宇宙船[天海号]に、通信が入った。[ラストコア]側の他の宇宙船からだ。


 女性オペレーターが内容を読み上げると、タレスの出港口から数千キロ離れた地点から、こちらに向かってくる飛行物を発見したとの事。


 拡大等の解析を急がせていて、それまで宗太郎は艦長席で待っていた。


 オペレーターの声が大きくなった。


 重要事項と判断し、即座に報告しないといけないと思ったからだろう。


 彼女の報告を聞いて、宗太郎は艦長席から立ち上がった。


 他の宇宙船が捉えた映像が見たいと言って、転送してもらうように頼んだ。


 あまり笑わない宗太郎が、喜びの表情を見せた。


 HR形態の2人の残存兵の間に、【パスティーユ・スカイ】と【ブラッドガンナー】が挟まれる状態で、飛んでいた。


 映像はすぐに全域の宇宙船に送られて、ジェームズにアレックス、休息待機中のリュートとサレンの目に入った。


 皆、喜びを分かち合っていた。『無事に帰還してくれた。』と。


 手を大きく振っている者がいた。嬉しくなって、涙ぐんだ者もいた。


 表現は様々だったが、全員が【パスティーユ】と【ブラッドガンナー】の帰還に歓喜していた。


 2体とも、アレックスが艦長指揮を執る宇宙船に収容される予定である。宇宙船背部の収容口に、2体と残存兵は向かっていた。


 収容するまであと少し、の所で異変が起きてしまった。


[ラストコア]側に問題は発生していない。


 協力関係のある他星人達からも、トラブルの報告は出てきていない。


 火星圏タレス側から発生した異変だった。


 宇宙船のブリッジで席についている者達が、星を壊す轟音を耳にしたからだ。


 情報は拡散された。警報もすぐに発令した。


 手を振っていた者は下げて、涙ぐんだ者は服の袖や腕で涙を拭った。


[天海号]のブリッジ。宗太郎はオペレーターに映像切替を指示した。


 操作を数回行った所で、お目当ての映像が発掘された。


 武人救出時に3兄妹が潜入した[レッド研究所]。


 タレスに珍しい白い建物群だった研究所は、今は全体が黒焦げの跡地のような状態になった。


 有名人の豪邸みたく、広大な敷地の[レッド研究所]。


 一瞬にして真っ黒な廃墟と化してしまった。


 誰かが雨でも降らせたのかと、宗太郎達は聞いた。


 ところが返ってくる答えは『いいえ』しかなかった。


【パスティーユ】や【ブラッドガンナー】達が攻撃を放ったかというと、『違う』と返ってきた。


 敵勢力の暴走……この1択しか、予測つかなかった。


 予測がつかなくとも…答えははっきり現れていた。


 潰された出港口にへばりついた、超巨大な黒いクモが、映像でも確認できたのだ。


 研究所の廃墟化と、へばりついたクモ。いろんな個体のHRがいるが、彼らがこんな真似を披露できるはずがなかった。


《同調性》という特性があったとしても、それは基本、クモ型に改造されたHR達が元となる。


 このような芸当が可能なのは、人間に似たタレスの者では1人しかいない。


   ☆☆☆


『クーラン……まぁあれでへばったとは思えへんけどな』

『やはり、あの男ですか?』

『そうや。広すぎるから誰か居るとか想像するやろうけど、施設内の管理なんかは自前のAIに任せたりしとんねん。だから、あの研究所は奴の居城で、奴以外の民はおらんねんや』


 そうだったんだ……あのへたっていたおじさんがクーランって人なんだ。


 夢の中でニヤニヤ笑ったおじさんと、顔つきがそっくりだったのは覚えている。


 宇宙船へ格納される前に、コックピット内のアラームが鳴り響いた。


 武人兄ちゃんと同じ考えで、確かにおじさんが引き下がるとは思わなかった。


 エネルギー不足の問題がなければ、そのまままっすぐ巨大グモへ立ち向かうのに。


『我々はこのまま参加します。御二方はまず応急処置を!』

『いや、俺もこのまま行く。【パスティーユ】の調整だけやってくれ』

『何を仰っているのですか! クーランに悪い治療でも施されたのでしょう!』

『悪い……治療?』

『毒でも入れたとかか?』


 今の勇希兄ちゃん、勘が鋭くなっている。私も同じ勘が働いていた。


 クーランが武人兄ちゃんの身体に毒を仕込んだんじゃないかって。


 私達兄妹はともに処置を受けようと説得した。


 せっかく救出したのに、帰還できないのは悲しいから。


 だけど兄ちゃんは強く反対したんだ。


『【パスティーユ】は最終兵器、俺は一介の兵士や! お前らの力は最後の最後まで残しとくんや! ……助けてくれただけでも、感謝やで』


 私達兄妹に強く言い放った後、【ブラッドガンナー】は宇宙船から離れた。巨大グモを目指して直進した。


「そんな……違うよ、兄ちゃんはただの兵士じゃあないよ」

『未衣子』「うん」


 和希兄ちゃんは名前を呼んだだけだったが、『もうやめろ』と制止するのは伝わっていた。


【パスティーユ・スカイ】はアレックスさん指揮下の宇宙船に収容された。分離は手動の作業で行われた。


   ☆☆☆


『アレックスには子供達を任せといて……宗太郎、今いけるか?』


 武人は[天海号]のブリッジに通信を入れた。彼は通信手段としての補聴器を装着していた。


 脱出時に宇宙へ出た時、持参していた未衣子から受け取っていたのだ。ロボの指で摘めるサイズの補聴器は、彼の耳につけられた。


 外観だけで見ると、【ブラッドガンナー】に装着された補聴器は不安定な状態で固定されていた。


 だが補聴器の固定に気を取られてる暇はない。


 出港口にへばりついた巨大グモへの迎撃体制に入る方がよっぽど大事だ。


 武人が宗太郎に通信を入れたのには、ちゃんとした理由があった。


『黒川! 戻らなくてよかったのか?』

『これくらい辛抱できる。調べてもらいたいもんあんねんけど』

『今緊急事態なんだぞ?』

『それに伴った依頼や。廃墟化した研究所の様子、捉えられるか?』

『1隻向かわせるがいいか?』

『あのクモは取り押さえとく。ざっくりでかめへんから』


[天海号]のブリッジで、宗太郎は首を傾げながら、武人の依頼に応えようとした。


 研究所と距離の近い宇宙船に探索指示を出した。


 武人は通信を止めて、巨大グモへ攻撃を仕掛けられる距離まで詰めていった。


 銃が基本の【ブラッドガンナー】の武器は、遠距離用の装備も充実している。故に巨大グモとスレスレの所まで詰め寄る必要はない。


【ブラッドガンナー】の隣に、3兄妹に付き添ったロボ形態の残存兵、整備完了した【ホーンフレア5th】が追いついた。


 彼らの後ろに出港口側で激戦を潜り抜けた残存兵・側近兵・【軍用機】達が立っていた。


 宇宙船類は、背後に控えていた。


『貴様! 状態が悪いと聞いたぞ!』


 リュートの怒りだった。彼は彼なりに、武人の心配をしていた。


『最善の策を取っただけや。【パスティーユ】はもうじき戦闘に加入しよる。できる限り万全の対策で挑ませたいんや』

『だとすれば……何故司令に探索の依頼をかけたのですか?』


 今度は残存兵が尋ねていた。彼の疑問はごもっともであり、臨時体制ならば先に問題解決を図るのが、被害の縮小に繋がるからだ。


 しかし武人は、宗太郎への探索依頼も問題解決の1つとしていた。


『簡単に言えば、動力源の問題や。子供達が潜入した時、地上の電力室が破壊されたんや』

『セキュリティが緩くなった原因も……?』

『あの子らはなりふり構わず破壊し尽く

して、俺を探しにきただけやろうけどなぁ。地上の電力室が破壊されたんやったら、あの巨大グモの生成は……地下の電力か、宇宙船が跳ねたかやな』

『もしかして、能力値も変化するって事ですか?』


 武人は肯定の言葉を返した。


『電力もエネルギー源となる。エネルギー源という後ろ盾が大きい程、こちらが不利になってしまう。宇宙船の動力やったら限られてるから、持久戦でもこちらが有利になるかもしれへん』

『なるほど……』


 と側近兵が感心している隙に、ビームが飛んできた。ビームと勘違いしたのは、白く光っていたからである。


 実際は様々な物体に絡みつく、糸のような鞭だった。


 目の前に飛んできたのを武人達が回避した。


 すると、鞭の向かう先は宗太郎達のいる宇宙船だった。


 武人達は落し穴に引っかかってしまった、と後悔していた。


 宇宙船の回避行動は遅い。だから宇宙船の1隻が白く光る鞭に雁字搦めにされた。


 鞭から浴びせられる電撃により宇宙船は感電して、思うように動けない。


 残存兵が自分の持つ剣を投げた。そ のまま切断しに行くと、自身も感電するだろうと判断して。


 鞭自体はうまく切断した。


 電撃は収まったが、宇宙船に煙が上が った。所々にポツポツと爆発が広がっていく。


 1隻の宇宙船が落ちるのも時間の問題だった。


 幸いだったのは、[ラストコア]のスタッフが乗っていない土星圏の宇宙船だった事だ。


 それでもリュート・サレン・側近兵達にとって、かけがえのない仲間を失った、と嘆いていた。


『油断してもうたな……』


 武人は小さく呟いた。思考を切り替えて、彼は出撃中のメンバーと宇宙船に指示を出した。


『宇宙船はもう少し後退や! 残存兵と側近兵、酷やけど俺と一緒に奴の注意を引きつけるんや! 志願兵は遠くから支援攻撃をかませ!』

『残念だなぁ。やっぱお前さんは隊長格以上の能力あんのによ』


 中年男の声が聞こえた。巨大グモの位置する地点から発した声。武人は声の主が誰か、当然知っていた。


『クーラン』

『ヘッヘッヘッ。革命は自力で起こさんとダメらしいなぁ』


 武人は巨大グモの胴体に目を落とした。


 真上に円形の透明の窓が存在していた。クーランの居場所だろう。武人は推測していた。


『HRやない一研究者が身体改造を施したから言うて、勝たれへんで。お前、自滅する気か?』

『ほう……? 宇宙船を落とされても、まだ余裕ぶっているのか?』


 クーランは言い終わると、糸状の鞭を吐いた。


 今度は数本吐き出しており、横糸を紡いで網を生み出した。


 網目は細かくなり、気づいたら自分達が囲まれていた。


 武人は粗い目のうちに網の外側に出ており、電撃トラップから免れたのだが。


『うわああああ!』


 残存兵、側近兵の一部が網目を抜けられず、トラップに引っかかってしまった。


 今の悲鳴は電撃で痺れて苦しんでいる事で発せられている。


【軍用機】に乗る志願兵達は遠方にいたから助かっていた。


 しかし、恐怖を植え付けられた影響で【コードS】特有のロッドの攻撃を繰り出すのに躊躇した。


『糸吐くのを封じるだけでかめへん! どんどん放っていくんや!』

『おい!』

『何や王子! 流石に動かんと巻き込まれるで!』

『奴の心臓部はどこだ! それさえ示せば、一撃必中で機能停止も可能だろう!』


【ブラッドガンナー】の状態で表情は隠されているが、武人はフッ、と笑った。


『そうか。秘密兵器やったら他にもいたな。自分の身体に限界が来すぎて、無我夢中で熱くなってしもうたわ。ごめんな』


【ブラッドガンナー】はゆっくり上昇した。


『まず糸を吐けへんように俺らが前線で格闘しとく。見つけたら、そこに照準合わせてくれ! 上手い事……胴体をひっくり返す』

『貴様! そんな身体で……』

『今そんなむせてないから平気や』


 武人は前へ加速していった。スピードは衰えていない。


『リュート』

『サレン。巨大グモの胴体をひっくり返すまでは待てん。胴体と星との隙間を狙いたい』

『どちらもほとんど固定で動きはないから……狙うのは可能だけど……』

『奴や同郷の者達……タレスの民の心配をしているのか?』

『民はまあ、避難はしているだろうけど……』

『どちらにせよ、あの巨大グモを野放しにするのは危険だ。奴は電力供給について云々言った。供給量の少ない今なら、我々で抑えられるだろう』

『そうね。最小限に抑える事を考えなきゃ』


【ウインドアーチ】のコックピットで、サレンは左側のレバーを握り、右手でパネル操作をした。


   ★★★


(クーランにHRのような能力はない。タレスは髪色と目の色が統一しとる以外は地球人と同格で、生物由来の能力は持ち合わせてない。王子が射る前に……)

『黒川さん!』


【ブラッドガンナー】の頭部が後ろを向いた。


 武人を呼ぶ声がしたからだ。【軍用機】に乗る、志願兵達だった。


『君ら! 戦闘に集中せな!』

『すみません! いや、その、司令からの報告です!』

『研究所の跡地ですが、巨大な半球のくぼみが発見されたとの事です!』


 1人が戸惑ったせいか、他の志願兵が代わりに内容を報告した。


『地下から太い管を引いとるとかは?』

『ありませんでした』


 志願兵達の報告を聞いた武人は、勝利の兆しが見えたと確信した。


『君ら【軍用機】は、パワー系の形態にチェンジできるんやな?』

『【コードW】でしたら』

『二手に分かれるで。半分は【コードW】って奴で俺と一緒に巨大グモへ近づく。残りは攻撃できんように、遠方で動き止めるんや』

『わかりました!』


 鍛えられた兵士だから、返事の威勢は良かった。


『【コードW】、始動!』


 前線に向かう兵達は【軍用機】の形態チェンジを行った。訓練通りの声掛けを忘れずに。


 遠方攻撃を仕掛ける兵達はそのまま、【コードS】のロッドを振り回した。


 その間、武人は他の兵を呼んだ。


『側近兵、残存兵!お前らは槍とか剣とか、自前の武器持っとるやろ?足を切り落とせるか?』

『精一杯の努力はしますので!』

『それでええよ! お前らは切断処理をやってくれ! 俺と志願兵達で胴体をひっくり返すで!』


 武人は大声でその場にいた味方の兵達に指示を出した。ここで無駄話は終えた。


 側近兵と残存兵はバラバラに散って、巨大グモの足の根元へ急いだ。


 突然糸を吐いてくるかもしれない、と内心怯えながらも、必死に剣を振るって、槍を落とした。


 HRや操縦ロボの相手よりも、強大な威力を発揮した。


 意外と効果は出た。巨大グモは暴れ出した。


『ぐっ! 足が不自由になったぐらいで、俺を落とせるか!』


 巨大グモは糸のような鞭を再び吐いた。足の不自由さが効いたのか……鞭の威力は衰えていた。


『今や、すぐひっくり返すで!』


 武人は【コードW】に乗る志願兵達に言った。


 志願兵達は黙って、胴体の下まで降りていった。


 巨大グモの胴体と、タレスの壊された出港口の間に、ロボ1体は潜れる隙間があった。


このスペースを利用して、巨大グモをひっくり返すのだ。


『失敗したら埋め込まれるで。後がないと思いや』


【ブラッドガンナー】と【コードW】は下に潜れた。


 武人の声量がバレないよう、小さめだった。


 巨大グモの足の半数は剣で切断。残り半数も槍が貫通していた。【コードS】によるロッド攻撃も止まない。


 クーランの操る巨大グモは動きを封じられた状態だった。


『ぐぬ……急ピッチで宇宙船から吸い込んだ燃料では、追いつかねえか……! ぬぉ!』


 今のクーランは、大量の管に絡まっていた。


 長年かけてセルフで改造した身体に接続して、巨大グモの動力の一部として利用していた。


 自分の身体と宇宙船のエネルギーで、巨大グモを暴れさせた。


 ガチガチに身体が固定されたクーランだが、乗り物の上昇は感じ取れた。


 巨大グモは上昇ではなく、放物線を描くように落ちていったが。


 固定されて動けないクーラン。回避行動も取れないから、頭もぶつけてしまう。


 巨大グモの胴体がひっくり返されて、配線の入り乱れたお腹部分が露わになった時に。


『王子が弓矢の奥義を放つで。俺らはここから離れるんや!』


 武人は志願兵達に言って、巨大グモから遠ざかった。


   ★★★


『黒川さん達、ひっくり返したわ!』

「なんと素早い行動力だ……!」


【ホーンフレア5th】のコックピットの中で、リュートは驚いていた。武人達の一連の動きを、映像で確認して。


 彼とサレンの2人で、武人達の動向の前に弓矢でひっくり返そうと目論んでいた。


 ところが矢を射る構えをとってすぐの所で。巨大グモがひっくり返されて、内部の配線の管が露わになったのだから。


【ブラッドガンナー】と【コードW】が巨大グモから急いで離れていったのも確認できた。


 足が4本になって、胴体を起こせずもがき苦しむ巨大グモの姿が、今流れてる映像だった。


 今がチャンスだと、武人の合図がなくとも2人は思った。


「サレン。他の武装に切り替える。時間を要するか?」

『今放つ槍に力を蓄えるわ。他の武装よりもかなり強力よ』

「そうだな。そちらを採用する」


【ウインドアーチ】は現在、【ホーンフレア5th】の弓として機能していた。


 装填した槍の下に、頑丈なコックピット部分があった。そこでサレンが、リュートの同意を得てパネル操作をしている。


 藍色の槍の周りに、明るい緑の光の輪が形成されていった。


 槍の温度が上昇して、高温になっている。


【ホーンフレア5th】の手は、まだまだ高温の熱に耐えられる。光の輪は線を太くし、やがて槍を覆うような姿に変化していく。


 槍が緑の光の尖った棒へと変貌した。炎のように、槍の周りが激しくうねりを上げている。


【ホーンフレア5th】手指の耐久性も、限界がやってきた。


「サレン! まだ照準が合わんか!」

『もう少しの辛抱よ!』


【ウインドアーチ】のコックピットには、照準用のスコープも備わっている。サレンはそれを使いながら、標的の照準を合わせた。


『今よリュート!』


 サレンが叫んだ。槍を放つ役割はリュートだった。


【ホーンフレア5th】の隠されたレバーを彼は出した。


「発射!」


 彼は上部ボタンを押した。光に包まれた槍は、勢いよく放たれた。


 土台代わりの宇宙船は糸の鞭攻撃を逃れる為に後退している。巨大グモとリュート達の距離は、ロボ達の中で一番離れているだろう。


 遠距離と感じさせない程、光の槍は一瞬で巨大グモに直撃した。巨大グモは胴体内部を刺され、燃え上がった。


 緑色の炎で巨大グモの姿が見えなくなった。


 炎は一気に燃え移り、巨大グモの周辺も火があがった。遠く離れた宇宙船からでも、火星圏タレスの表面の半分が燃えていると視認できた。


『性能は既に知っているけど、改めて凄いわね』

「ああ。クーランのみならず、手下も一気に焼失するだろう」

『民達が巻き込まれてないといいのだけど……』

「今は避難していると信じるしかない。最初は交渉に応じる予定が、有無を言わさぬ奇襲を仕掛けられたのだからな」

『予定、狂ったしね』


 リュートとサレンは、タレスの燃え盛る姿をただ見ているだけだった。クーランは暫く苦しむだけだろう。


 自軍のロボや残存兵のHR達が戻ってきた。


 クーランも、タレスにも存在するだろう防衛機関も、うまく機能が働かなくなった。


 炎が沈静化するのを、[ラストコア]側全体が待っていた。


 戦力を出し切ったロボは調整の為に、宇宙船へ収容された。


 残存兵達は未だ出ているが、呼吸が乱れていた。


 リュート達のコックピットには心拍数などを測る、健康状態の精査機能も備わっていたから、把握できた。


 燃え盛る炎も永遠ではない。時間が経てば、徐々に鎮火していく。自動的に消火装置が作動しているのか、そのスピードが早かっただけだ。


 下火になり、煙の上がった巨大グモが姿を見せた。


 巨大グモは元々黒いボディだったので、焦げているのか区別できなかった。


 足の動作が微塵も感じられないので、巨大グモに強大な炎は効いたのだと思われた。


 胴体内部の右側、心臓部のエンジンらしき装置に、【ホーンフレア5th】の放った槍が貫通していた。


 巨大グモへ見事に命中した。


 巨大グモが完全に機能を停止した、と判断した[ラストコア]の面々は、大 いに喜んだ。


 あの悪徳研究者を始末できたぞ、と。


 宇宙船内ではガッツポーズしたり、手合わせしたりする者が現れた。リュートとサレンも、コックピット内で胸を撫で下ろした。


 敵の姿はないとし、宗太郎は撤収を命じた。


 しかし、巨大グモから全く離れていない武人が異変に気づいた。


『ちょっと待て。微かだけど動いとる』

『何?』


 武人の発言を聞いたジェームズは、宗太郎に通信を入れた。


 その最中に、巨大グモの動きが再開した。


 正確には、槍の貫通しなかった胴体左側が、スルッと外れた。


 胴体左側は上昇すると角部分を前へ向け、8本の足を出した。


 背後にも8羽の羽が出現し、自由自在に空を飛べるようになった。


『ヘッヘッヘッ。随分舐められたようだなぁ。俺に体力がないとでも思ったのか?』


 発した言葉の主はクーランと既にわかっていた。


 言葉の後に、糸の鞭が吐かれた。


 宇宙船は後退を図っており、各前線に立ったロボ達も撤退で、クーランと距離を空けていた。


 にもかかわらず、糸の鞭は届いてしまった。


「ぐっ!」

『きゃっ!』


【ホーンフレア5th】に鞭が少し擦れ、機体が揺れた。【ウインドアーチ】は握られている状態。リュートとサレンは声を上げた。


 糸の鞭攻撃は、[ラストコア]側全体にまで及んだ。


 擦り傷で耐えた宇宙船もあれば、直撃し落ちた宇宙船もあった。


 巨大グモの約半分以下のサイズしかない飛行物体なのに、脅威的な攻撃を発揮する余力を残している。


[ラストコア]の面々はクーランの凄さを改めて実感していた。


 鞭攻撃が収まって、少しだけ宇宙に静けさを取り戻した時。宗太郎は被害状況の報告を徹底的に行った。


 彼以外にジェームズやアレックスはまだ健在していたが……土星圏の宇宙船達は壊滅的だった。


 宇宙船の機能をフルに駆使できる船は、土星圏だと[フレアランス5]のみだった。


 地球側も被害報告があった。落とされた報告は少ないが、2隻の宇宙船は危篤な状態で、帰還が困難になった。


 戦闘後に乗組員を他の船に移動させなくてはいけなかった。


【軍用機】も1機、撃墜状態でパイロットを脱出させた。


 他の1機が猛スピードで健在な船へ避難させた。


 全体が危機的状況抱えている中で、決して安全とは言えないが。


『ヘッヘッヘッ。油断は禁物だと教わってこなかったのかぁ? 甘ちゃんだなぁ』


 クーランの笑い声が聞こえた。


『ラルク以外は凡人だらけだなぁ。もうちょい待機するもんだろお? まぁ、数回やっただけでボロが出てるもんなぁ……』


 クーランは笑うだけでなく、語尾も若干伸ばし気味に話した。


『ホンマにしつこい奴やな、お前』

『褒め言葉としてとってやるよ』


【ブラッドガンナー】は鞭攻撃をスルッとかわして、見た目は無事だった。


 だが武人の身体自体は……手を施したクーランならば『むせる』原因を知っていた。


『ラルクには劇薬を投入したんだ。次の一撃でお前らをバラバラにしてやるよ……?』


 巨大グモから分離した飛行物体が二度目の糸の鞭攻撃を繰り出そうとした。残酷な糸は、二度と吐かれる事はなかった。


 淡いピンクの光の弾が、飛行物体の所々に撒き散らしていた。物体の動きを封じた。


『ぐおおおお!』


 クーランは光の弾で痺れて、悲鳴をあげた。


 弾の威力は弱まっていき、彼は再び喋った。


『な、なんだぁ……?』

『万全な状態に回復したんやな?』


 武人が呟いた。《自慢の息子》の声を、クーランは聞き逃さなかった。


『一体、誰の事だ?』


 彼は武人に聞いた。クーラン本人の頭脳なら、あらかたの予想はできたのだが、敢えて聞いた。


 武人は平然と答えた。


『お前が恐ろしいと思ってる地球人』


 遠方から再度、光の弾が放たれた。


 同じように飛行物体のクモ型ロボはダメージをくらった。飛行グモは思い通りに動けず、喋る事もできなかった。


 さらに遠方から、猛スピードで突撃するロボが現れた。


 武人を拘束した部屋の壁をぶち破った、ピンク色の巨大ロボ。


 クーランはロボの色がピンクだけじゃない事も知っている。派遣した[宇宙犯罪者]達は、黄色や水色にも倒された。


 3色の変幻自在の合体ロボ、【パスティーユ】がやってきた。


   ☆☆☆


「遅くなってごめんね! 兄ちゃん!」

『かめへんよ。本来は俺らでケリをつけるつもりやったけど、意外に厳しくてな……』

『とりあえず、予備を使用せずともクーラン戦は凌げるとアレックスさんが言ってました』

『そうか……それやったら俺と君らだけで最後は締めていこうな』


 武人兄ちゃんは他の人達に戻るよう伝えた。


 宇宙船内の待機中でも、激しい戦闘で皆消耗していってるのは、映像でわかっていた。


 勇希兄ちゃんは行かせてくれ、と吠えてたし、和希兄ちゃんも技術士さん達に出撃許可を伺っていた。


 私は2人みたいに口出ししなかったけど、内心不安だった。


 やっと通常分のエネルギーが満タンに回復され、機体の微調整も終了し、再出撃が許可された。


 直前の糸を吐く攻撃が厄介だった。出撃前に、武人兄ちゃんの元へ辿り着く前に宇宙船ごと破壊されるかもって。


 私達がここで帰れなくなるんじゃ、と心配になって。


 土星圏の宇宙船が落ちたのを聞いて。


 奇跡的に糸を吐く攻撃から回避できた のは、私と兄達だけにとってだけど……よかった。


 こうして武人兄ちゃんと共に戦えるのだから。


『[フィルプス10]……』

「兄ちゃん?」

『なんでもあらへん。最初のクモから分離してても、図体はデカいな。【パスティーユ】の10倍はあるやろう』


 武人兄ちゃんの話は終わらない。


『せやけど、クーランはHRと違う。あのクモの母体は宇宙船から来とる。今までの激戦を繰り広げてきた君らやったら勝てる。これで負けたら……まあごめんと謝っとくわ』

『んな事ねぇよ! 俺達覚悟の上でここまで来たんだぜ! 勝てるんなら心配ねえだろ!』

『まだ【フラワー】で痺れさせただけだろう……期待を大きくしすぎだぞ勇希』

「和希兄ちゃんは冷静に物事を判断できるのはいい所だけど、今は逆に強気に出るべきだよ」

『ハハハ。未衣子に言われちゃあ俺もおしまいだな……』


 和希兄ちゃんは私のコメントに笑って対応していた。


 雑談はここまでにして。いよいよクーランとの直接対決が始まる。


 武人兄ちゃんが狙うポイントを指定してくれた。


『いいか? 君らは分離したクモの腹部分の、動力エンジンがあるやろうと思う。危なっかしいけど、そこをぶち破っていくんや。エンジン破壊したら、そのまま帰るんや』

「兄ちゃんは?」

『俺はクーランが操縦するブリッジ付近を壊して、奴を仕留める。大丈夫や。それが終わったら俺も戻る』

「わかったよ。必ず戻ってきてね!」

『君らもな!』


【フラワー】と【ブラッドガンナー】は各々の作戦行動に移る為に別れた。


【ブラッドガンナー】は威嚇射撃をした。飛行グモはバリアを搭載していたから、威嚇射撃は弾かれた。


『ヘッ、地球産ロボでガキが乗ってんだ。倒れたのは[宇宙犯罪者]共。俺はそいつらより頭脳は勝るんだし……ぬう!』


 飛行グモの糸攻撃が復活するのは、モニター映像で発射口を確認できたから、即座に把握できた。


【パスティーユ】は【フラワー】から【スカイ】へチェンジして、キレのある素早い攻撃を仕掛けた。


 双剣を駆使し、【スカイ】は飛行グモの8本の足と羽を生やした動力源を切り落とした。無重力で、切り落とされた一部はゆっくり落ちるように浮いた。


『くっ、再生するぞ!』


 クーランの喋り声だ。彼は焦っているように感じた。


 糸攻撃の方が強力だったと思うけどなぁ……身体の一部を失ったとこのおじさんは思ったのかな?


 そんな事はどうでもいい。確かに彼の言う通り、飛行グモの足の復元を開始していた。


 復元の速度は、今の【パスティーユ】と比べて鈍かった。クーラン本人が復元を願っても、宇宙船からの限られたエネルギーでは期待に応えられなかった。


 宇宙船は、戦闘面では前線部隊のロボの支援をするサポート型が大半。攻撃力では【パスティーユ】に敵わない。


 だから、【スカイ】から【サニー】にチェンジして、飛行グモの腹部分へ直進した。


【サニー】の全身が燃え上がっていた。


 エネルギーの残量はまだ6割は残っている。これならフルパワーで突破しても、帰還まで余力を残せる。


『うおおおおお!!』


 勇希兄ちゃんの雄叫び。【サニー】は右手の拳を前に出す。コックピット内の速度メーターの数値が頻繁に変わる。


『ガキ共! 調子に乗るなぁ!』


 飛行グモ、必死の糸攻撃。実際のクモのように、糸は網を作って【サニー】を捕えようとした。


 でも、【パスティーユ】の中で鈍足の【サニー】でも、フルパワーなら瞬間移動もこなせるんだ。素早い動作で網の目を抜けて、攻撃を回避していった。


 糸攻撃の影響で回り込んで近づく形を取ったので、多少の時間ロスはあった。


 それでも、飛行グモの腹部分を確実にぶち破る事はできた。


 飛行グモの内部構造なんて、どうなっていたのか覚えてない。一瞬にして突き破っていったから、知る余地もなかった。


 でも、それでいいんだ。私達が武人兄ちゃんに言われた内容は、飛行グモの動力エンジンの破壊。それが終われば先に帰還しろという指示だった。


 腹部分をひたすら突き破っただけだけど、兄ちゃんにはそこがピンポイントだと認知してたんだろう。


 だから、私達は帰還した。


 兄ちゃんの事は気掛かりだったけど……。


   ☆☆☆


 クーランの人生の中で、喚き散らす程の慌てぶりは今回が初めてだった。


【パスティーユ・サニー】が突撃した時に、動力エンジンが爆散してしまった。


 ノイズが入りながらも辛うじて起動しているモニター映像から、クーランは察知していた。


『ぐっ、配線を繋ぎすぎてしまったか……?』


 自身と繋がった配線が絡み合い、クーランは自由に操作できなかった。


 悪戦苦闘している最中、彼はとある人物を目撃してしまった。


 クーランの操縦席として使用したブリッジの、入り口の扉が破壊されていた。


 扉の破片を跨いで入ってきた男は、黒いショットガンを持参していた。


「[フィルプス10]、10年前にお前が地球降下した時に利用した船やったな」


 これは男の、クーランの《自慢の息子》の声だった。


『ラルク……』

「お前があの時襲撃したお陰で、俺はこの船がトラウマになってんねん。そんなんと共闘させるとか、やっぱりお前は狂気の研究者やな」


 クーランの答えはなかった。


「それともあれか? 俺を使役するだけやって、背後から俺を倒そうとか思ったんやろ? 側に置きたいなら、細菌を投入せえへんもんなぁ」

『どうやらお前さんも、賢くなり過ぎたなぁ』


 へへへ、とクーランは渇いた笑い声を出した。


 彼に生きる気力は残されてない。


 なので彼は《自慢の息子》、ラルクこと武人に最後の命令を下した。


『撃てよ、その銃で俺の息の根を止めろ』

「最初からそうやった。お前をあの世へいかせた後、俺も後を追う」


 クーランの、機械に蝕まれて妖怪のような両目が大きく開かれた。


『お前さんも……正気か?』


 武人はフッと笑みを浮かべた。


「何度も細胞分裂と破壊を繰り返した身体は、長く保たないんだ。ロボ形態にならなきゃ済む話だったが、なかなかうまくいかなくて。あとは……お前に入れられた劇薬の効果も効いている」

『ま、待て! 解毒の在処を……!』


 クーランの声はここで途切れた。右手のショットガンで、武人はクーランの息の根を止めていた。


 クーランは、目と口を大きく開けたまま、二度と動かなかった。


 この飛行グモも、所々に爆発が発生しており、墜落も秒読み状態だった。


「呆気ない、30年やったな……」


 武人はゆっくり歩いて、ノイズまみれの映像を確認した。


 巨大グモの影響で真っ黒な荒地と化した、火星圏タレスの出港口。


 他のモニター画面からは、《DANGER》の文字がブリッジのあちこちで点滅していた。


 アラームの音も騒がしく響く。


 武人は脱出をせず、ただモニター前で立っているだけだった。


「達者でな」


 飛行グモは爆散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る