第8話 神殺しにはペンギンだ

コキュートスから帰れるといえば帰れるので仕方ないか、と渋々承諾して、よくわからないところを歩かされて、このウィンターホームらしい黄銅色が光り蒸気吹き出すスノーモービルに乗せられた。もしかすると魔列車で帰るバイト仲間たちよりも早く帰れるのかもしれない。座席はリムジンシートみたくなっており、もとから余裕がありそうだった動かないモルペウスを転がしたりなんかの機材を積んだり八番はペンギンを腹に括りつけたりして座ってどうにもごみごみしている。


「では貴様、第二円で何をしていたか話せ」

ヒト型に戻った二番が早々に切り出してきた。モービルは自動運転のようで、レトロな蒸気機関らしく若干煩い駆動音を伴って動き出す。


「えっと、まず名前ね。クリネラ・クリムゾン・スプラウト。夏のまひる出身で、城下に家を持ってて、城付きで研究者をしている、勅命で魔王城15階層のリフォームをやってる、今はこれ短期バイトで理由は遊ぶ金欲しさね。ウィンターホームには二日前に入ってて昨日からバイト開始して今日が二日目で、割り当ては第二円のB班。今日チームメイトのペンギンが連行されるまでは問題なく進んでいた。今日は脱走したガヌロンのハントがまずあったんだけどその時から変な空間異常があった、のはその辺のペンギンの時に居たから知ってるかお姉さんもね」

「三番」


二番と三番がアイコンタクト、私からするとふたりとも不機嫌そうに口を曲げていただけだが、それで三番が目を閉じながら引き継いで声をかけて、

「それから……?」

それから、とりあえず過不足なく話したつもりだ。


三番は右頬を撫でながら目を閉じ、少し考えているようだ。その間に八番が発言する。

「もうちょっとゆっくり話してくれませんか?ふたり」

「話し終わってから言われてもね」

肩を竦めてみせると頬を膨らませて不服を表明する八番。

同じく黙って聞いていた六番が口を開く。


「君、いくつか疑問がある。君や三番がどうしてモルペウスを最終的に見分けたのかだ。まず本物の三番に会う前に会った彼について」


良い質問だ。少し言いたくないことでもあるのでその仔細は述べなかった。やはり隠し事はできない。


「第一に警戒はしていたね。直前に二番の変装の三番とかいう意味わからんものを見せられているから。第二にたまたま適当に引っ張り出した星座盤が真っ暗だったもんで嫌な予感がした。そこで第三にミスを促した」


「神が真似る写し身を罠にかけると。神話的な才能だ」


神話で言うならそれほど完璧にやりおおせている例の方が少ない気もするが、この部分を訝しむのは正しいと思う。例えば私がモルペウスだとか、錯乱していて話している内容にまるで意味がないとか、そういうことを心配しているのだろう。ならば今から端的に真相を話すが、証明になるかはわからない。


「しかしあまり言わないのがいいと思うけど。俺が『契約した仲だろ』と言い、そいつはしてない約束を話したから」


「なぜそんな綻びが。君の記憶から抽出した写し身のはずだ、だから高度に見分けがつかない」


「それが、記憶ではあるが現実ではないエピソードなんだ」


柔らかい表情を崩さなかった六番が表情をこわばらせた。警戒というより困惑だろうか。


「俺はそんなものした記憶はないからな」

三番が特に意味のない証言を加える。

「短足くんがそういう夢でも見たのを現実だと思い込んでいるとか?」

「惜しい。『思い込んでる』のをメタ認知してないと罠にならないでしょうが。まあ俺も気を抜くともう契約したもんだと思ってるくらいだから認識の曖昧なところが今回うまく働いたんだろうけども」

「気味悪いんだが」

上を向いてため息をついている。現実から目を逸らしたいのかもしれない。


「呪いで挿入されている記憶でね」

「誰が?」

「未来の自分?」

少しだけ全員沈黙した。


「未来の時間にいた俺が、自分を呪って過去改編した。あんたに恋する指向を定義されていることに加えて単純に介入によって接触したタイミングさえ早まったために細かい事象は大いに変わったが、その改編されるまえに起きた事象の記憶と言える。恋をするにあたって必要だったのでその記憶が割りこまれてるんだが……」


「気持ち悪い……」


上を向いたままクロスが呟いた。ついきいてしまったように続く。


「なぜそんなことを」

「あとで教えてあげる。大丈夫、先か後かしか違わないから。会ってから好きになるか、会う前から好きなのか」

「何が大丈夫なんだ」


頭を抱えている。六番も眉間に皺を寄せているが、「とりあえず」と割って、

「それが嘘でないのなら今回の証言には影響はない。未来視でもなく意味のない記憶を持っているってことだからね……」

恋をするにあたって必要だった。


「その後はどちらかというと三番、お前が何を判断して仲間の似姿を撃ったのかを聞かねばならない」

じっと三番へ視線を向け、それからモービルの駆動音が静かに収まる。自動アナウンスを待つまでもなく外の風景で分かること、ウィンターホームに着いたのだ。


ウィンターホームの内部に入ってから窓にシャッターが降りて外が見えなくなる。遮断しているのは中も外もともにかもしれない。すぐに目的地に着くためかセキュリティ的な兼ね合いか、話は中断となって車内はまた静まり、モルペウスが寝息を立てる音が響く。


「ね、モルペウスってどうするの」

八番に尋ねてみる。

「お帰りいただくよ。準備がね、いるから」

「そう」

「それに手ぶらでは帰せないからね」


それから、どこか駐車場に着いたようでモービルのドアが勝手に開いた。八番は先に荷物を一抱え背負って飛び出し、私についてくるよう促した。言葉通りに彼女の後を追う。

建物の様子といえば相変わらずの蒸気機関と絢爛な装飾に覆われていたが、それ含め白で統一された内装は異様な迫力を備え、管理局の持ち物であることは一目で知れた。全く目印のなさそうな廊下をすいすいと進む八番は急に立ち止まり、壁面を撫でるかなにかしたところ壁は割れて道が現れる。


「すごいね」

「めんどくさい」


あっさりと否定される。

それでも弊魔王城のランダム玉座の間システムに比べたら落ち着いたものである。

中をさらに進むのかと思えば、ここが貸し出された『部屋』のようだ。白いエントランスに、ご丁寧なことに白い絵画が飾ってある。もとより『客間』なのだろうか。


「コキュートス管理局から借りてるんだよね」

「まあね、ああ、何か裏があったりとかはないよ、友好友好。このウィンターホーム自体が『腹の中』って感じだけど」

本当に友好か?


奥には白とガラスだけで構成された椅子とテーブル、そして八番が錬金湯沸かしを手に「コーヒー飲む?」

正直飲みたいに決まっている。砂糖5杯を所望すると彼女は鼻で笑って真っ白なカップになみなみと注いで提供してくれた。カップも備品なのだろう。コーヒーの香りからは特別さを感じはしないが落ち着く。八番はもちろん自分の分のコーヒーを一口楽しみ、腹に括り付けたペンギンに「おらっ配給だっ」と言いながらカップをクチバシを突っ込み強制的に摂取させた。


「それは何?優しさ?」

「そうだよ」


しかし我先にやってきて寛いでいていいのかと思っているとようやく残りの狼たちが集まってきた。二番が狼の姿で荷物を満載に運び、三番と六番でモルペウスを担架に乗せてさすがに緊張した様子でやってきた。部屋に入るなり、コーヒーブレイクしている我々を三番が指差す。


「舐めてんのか!」

「先輩方の分もありますよ」

「まだこいつ、安定してるかもわからねえのにてめえっ、何を呑気な真似してやがる、俺の面子潰す気か」

珍しく八番相手に怒っている。もう少し普段から怒っていたほうがいいのではないか、下手だ。


「後にしろ、三番」二番が落ち着いた声で止めて、「八番、棺に入れるのを手伝え」


八番はコーヒーを置き、腹からペンギンを外して私に渡した。それでいいのか分からないが、ペンギンを括り付けたままでできるようなヌルい仕事ではないのがわかる。ペンギンの裏というか、外した後のオリーブ色の制服には黒い染みがついていた。せめて私はペンギンをしっかり抱き締めると、少し生臭い。よくこれほど長時間抱え込んでいたものだ。彼女はやはり継ぎ目のない壁としか見えなかった奥の部屋を開けた。


照明を落とした部屋は暗く、八番が部屋に置いていた蝋燭に火をつける。床には赤く燃えるような芥子の花を絨毯のように敷いている、その上には黒檀のつややかな棺が鎮座していた。


「担架をこちらに。私が持ち上げます」


先ほどまでコーヒー休憩をキメていた後輩が神妙な顔で言うのに複雑な顔をして、また私がペンギンを抱いてコーヒーブレイクを続けているのにも渋い顔をしてみせながら、三番たちは部屋に入っていく。二番は荷物を下ろしてから手伝うのだろうか。


薄暗がりで行われる作業は儀式的だ。実際、儀式なのか。蝋燭の僅かな明かりでモルペウスの白い身体は死んでいるように見え、八番は彼を持ち上げて、

モルペウスの身体、それは裸身なのか白い布でも巻いているのか、よく見えない。ベールのようにぼんやりしている、明かりがないせいか、

二番は部屋の入り口に手をかけた、不思議と白く、ペンギンが「クワーッ!」と叫んだ。


「二番!」

八番が吠えた。

「すげ変わってる!外の二番がモルペウスだっ」


室内の狼たちは目が覚めたように反応するが、外の二番は部屋を閉ざし始めている。

もしかすると私がなんとかしないといけないのだろうか。私に神の相手が務まるとでも?全くの無策である。とりあえず、ペンギンを解放してみた。


「いけっペンギン」

ペンギンはクワーッと叫び、跳び上がり、宙を舞った。


ペンギンは彼に、モルペウスに組み付き翻弄しているようにみえた。確かにギリシャ神話にペンギンは登場しないと思うが、ということはギリシャの神々よりペンギンが強いか弱いかは定かでないということだ。イヌワシやフクロウなんかは神と関係があるだけにこういった揉め事の際には下手に動けまい、時代はペンギン、神殺しにはペンギンだ。

しかし実際、丸腰の獰猛なペンギンに神殺しの才能があるとは思えない。状況は膠着していた。モルペウスの美しい顔にはペンギンが抉った無数の傷が深く刻まれていたが、それでも尚穏やかな微笑を浮かべている。

なぜ夢を使わないのか。

ペンギンの夢は管轄外だからであろうか(かなりあり得る)、しかし至近距離の私はどうだ、なぜペンギンに惨たらしく突かれるままにしているのか。一旦落ち着いてもう一口コーヒーを飲んでみた。コーヒーだ、コーヒーである。

もしかすると、クロスの夢が覚めたのは本当にレッドブルのせいか?その後現れる同僚の似姿を早撃ちしていたのもレッドブルのせいか?我先にコーヒーをせっせと作り始めたヒラは気付いていたのか?ヒラの制服のシミ、コーヒーか?


彼女が残していったコーヒーを手に、ペンギンと揉み合う青年にぶっかけた。白い肌にコーヒーが黒く染みて、目を見開いて驚かれる。


「なんて黒い」

「うちの魔界じゃ皆ブラックよ」


言いながら次々にカップの中身をぶっかけていく。ただ、効いているかもしれないがこのあとどうするのだ、と一抹の不安が過った頃合いに例の扉は開かれた。開かれた闇から3匹ばかり巨大な狼が飛び出してくる。


「この地獄は死の領域。モルペウス様、御身の眠る次元、タルタロスの館に戻られよ」


ピンクの毛を振り乱し、二番は頭からモルペウスを噛み千切り棺の中へ投げ込んだ。栗毛の狼は右半身を、褪せた金毛の狼は左半身を、それぞれ投げ込むと部屋に残っていた三番が棺の蓋を閉める。


「リン、火をくれ」

「あいよ」


ポケットからマッチを投げ込んだ。彼は少し顔を顰めてからまあいいか、の顔をして適当に何本か一気にマッチを擦って棺の周りに落とし、さらに追加、「燃えろ、燃えろ」最終的に多分マッチを全部使い切ってから燃える部屋を出て、閉じた。

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