第9話 カップル割でなんと5000キャベツ引き!言い得!ウソでも主張するしかない!

「だからコーヒー飲めって言ったじゃないですか」


八番がむくれている。

そういえばレッドブルで目が冴える説を思いついていたが、その割に三番は気付いていなさそうだった。やはりそんな馬鹿なことではなかったのか。


「あんたてっきりモルペウスとの見分けがついているものと思っていたのに」

「いや、部屋に入るまでは間違いなかったはずだ」

「三番が散漫になったのは八番がコーヒー飲んでいたせいだからな……」

八番があまり交流が深くない二番や六番からガチ指導されないように先手でカチ切れたのに、互いに報われないものだ。


だとすると物理的な位置関係に意味がなかったのが恐ろしいという話でもある。

「夢の神が眠っていたということは、その夢の中で自由であるということだ」

二番がしきりに頷いている。気軽に成り代わられるこの狼にも原因はあるのではないだろうか。それはそれとしてやはりレッドブルが最適攻略法だったのか。

「まあ皆さん、一度落ち着いて。コーヒーでも」

八番がもう一度湯を沸かす。


カップいっぱいのコーヒーを飲み終えた頃、六番は例の扉を開けて様子をみている。結局どうなったのか、のぞき見るも真っ黒である。後片付けは大変だろう。気配らしい気配もなく、成功したと思ってよさそうだ。

「これでさすがに終わりだろ?モルペウスの攻略法はカフェインなのもわかったし、俺が話す必要」

「ない」

二番は短く答えた。


「貴様がお喋りだったおかげで我々も早々に王都へ帰れるというわけだ」

なんなら最後なんか私がいなければ大惨事だったのではないのか。もっと褒めてくれてもいい。

「いやまだ」

「ここで話すの」

三番はそわそわしていたが、口を閉じた。

「じゃあ俺の泊まってる短期労働者用ホテルまで送って。あとクロワッサン奢って」

「別に、クロワッサン?わかった」

少し混乱している。

「あ、帰るの」またペンギンを背中に背負った八番。

「そりゃそうだわ」

「まだしばらくバイトするんでしょ。私たちもう撤退だからさ、また魔王城で」

「またね」

手を振ると、ペンギンと目が合った。確かにまた魔王城で会おうと思えば会えるのか。会ってどうする。


ただでさえ白い廊下を覚えられないほど曲がり、エレベーターを待つ間に目隠しをさせられる。クロスに手を引かれて何階なのかもわからないところから何階なのかもわからないところで降り、相変わらず静かなどこかで手を引かれながら、


「それで何だ、呪いで恋してるっていうのは」

「気になるう?」

「当たり前だろ」

ため息混じりに言われた。


「順序をすっ飛ばしている点では呪いで恋をしているわけだが……捏造などでない俺自身の記憶を順序を飛ばして割り込むことで最初から恋をしている状態を持ち込んだことの何が気持ち悪いのかね」

「なぜそんなに、絶対に俺に『恋』したいんだお前、過去改変してまですることか、いや、過去を変えて付き合うとかって話でもないんだろ」

だって、その時点でいい仲ですし、好意を持ってさえすればそのうち、そうなるから細工は不要と信じていますし、

「だったら、それで、何が変わった……」

「今、俺はまだ生まれてなくて」


少し手が汗ばんでいるのは、私も緊張しているというわけだ。

「夏のまひるは狂った時の独自サマータイムでね。私は以前、五年でまひるを出てきて、二十年後の君を五歳なりに愛したけど、色々あってね」

「何が」

「命が長らえるよりもそれが叶えば幸せになれるもの、なーんだ」

クロスは黙って、少し立ち止まった。


「契約……」

「魂と引き換えに叶えたいことくらいあるでしょ」

「何が気に入らなかった?」

手が強く握られて、

「言いたくない」

「死ぬから」

「ふふ」

手が緩んで、

「夏のまひるは狂ったサマータイムで、百五十年くらい幽閉されることで二十年早く会うことにしたんだ」

「計算おかしくないか」

狂ってると言っただろう。どれだけ時が一方向ではない魔界に暮らしているのか。


「もう大体話したよ」

「契約をしないためか?死の回避?」

落ち着いていようとする、動揺した声で質問が重ねられる。

「君が望むなら契約するよ。私は、二十年余計に長く過ごしてみたくてね」

息の詰まったような、短い唸り声のようなものだけが何度か漏れて、それから黙って手を引かれ、再度歩き出した。しばらく、十分かそれくらい経って他のモノの足音や気配が感じられて、ようやく目隠しを取り去られる。


周りは錬金術関係の店だろうか、夜も遅いので賑やかというよりはひっそり、しかし魔界らしく夜は夜の往来が絶えない。

彼の方はどんな顔をしているのかと思ったが、歩いている間に落ち着かせたのか何とも普通の仏頂面をしている。

「もう手繋いでくれないの」

「するかよ」

わざとらしくため息をついてみるが無視され、歩き出した。慌ててついていく。


「クロワッサン」

「クロワッサン……」

「俺があんたを好きでいるの気持ち悪い?」

「自分を呪ってとかが怖い……」

素直で良い。


「それだけの価値がある。あんたみたいなヒトが気を許して笑ってくれるのってすごく、特別になれた気分がする。笑ってるとか照れてる顔、好きだよ。そんなん多分刷り込みとか関係なしに好きだと思うけど。なんだい、照れてるのかい」


先を行く顔を覗き込むと逸らされたが、耳は忙しなく動いて落ち着かなくしている。

「尻尾振ってる」

「振ってない」

「君はちょっと面白くてかわいげがあって寂しそうで構いたくなる。なぜ何故と卑下することはない」

「もういいから」

頬を擦りながら顔を戻してくる。困ったような顔は少し赤いかもしれない。


「じゃ、なんで友だちを称しているんだ」

「ともだちから始めたくて」

「そう……」

「恋人になってしまっては名乗りづらいから今がチャンスなので、あと一年くらいはともだちがいいかも」

「そう…………」

彼は顔の真ん中にシワをぎゅうぎゅうに集めている。


通りに人が増えてきた。地下街だから関係ないはずだが、夜の店はネオンカラーを色とりどりに光らせる方針らしい。見たことのあるシーフードレストランを通り過ぎる。


「お前は俺の何が好き?」

「好かれている前提で?」

「前になんか、芝居がかってロマンチックやりたがるところが逆にいいみたいなこと言ってたじゃん」

「じゃあそれだろ……」


呆れて少し笑って、顎でクロワッサン屋を指した。駅前は煌々とあらゆる明かりが照っていて、そのすべてをクロワッサン屋から放たれる甘く香ばしい香りが包んでいた。一店舗で香気がすごすぎるな。

「あれ」「そうだよ」「腹減ったな」「そうだろうね」

ひとびとがパン屋へ吸い寄せられる波に乗って向かう。


「恋人で、よくないか」

何か難しい顔で漏らしたので笑ってしまった。

「そっちがいいの」

口だけ不機嫌そうにふてくされて、

「俺が遊んでると思われてんだもん」

「誰にだよ」

「クラリ」

主に自分のせい、コミュニケーション不足じゃないのか。彼女にまで見放されるようではいけない気持ちはわからなくない。

第一、散々気まずいことを職場でやらかしているそうだが、

「遊びでそうなってたわけじゃなくない?あんたって」

「そう、本当に。そう」

少し食い気味だった。

「好きでこうじゃない」

少し気分がよかった。彼が好き放題気取らずに野放図に話しているのがここだけだと思うと、内容はともかく。


「そんなに言うなら。もし次に名乗るタイミングがあるなら、それが奇数日なら恋人って言おうかな。ていうかあんたはどうなんだよ、宣言しな」

「お前がトモダチって言ってるそばから恋人って言ってるところをクラリに見られたらどうする」

「どうもしないだろ、そ」

そうじゃなくてトモダチつってんだからトモダチから合わせたらどうなんだって言ってるんだよ、のそ。小さな張り紙が貼ってある。『カップル割でなんと5000キャベツ引き!言い得!ウソでも主張するしかない!』

「来たよタイミング」

「魔界で言い得のキャンペーンやらねえだろ。怪しいだろ」

もちろん魔界で言い得のキャンペーンをやる魔族はいないので一悶着あったが、それはまたの機会に。





「ずいぶん長くかかりましたね」

八番はわざとらしく言ってきた。

「疲れた」

紙袋を八番に押し付ける。呆けた顔で素直に受け取り中を覗く。

「クロワッサンだ」

二番と六番は寝ているのか引っ込んでいる、と思えば六番が出てきた。

「明日の打ち合わせをする」

「ああ」

「問題なかったか」

少し迷う。クロワッサン屋がダゴンに仕える深きもの(ラニクア・ルアフアン)が経営していて海洋哺乳類への愛を洗脳してきて疲れたのだが、魔界でそのようなことをいちいち報告してもきりが無い。

「イルカに絡まれた」

「しょうもない」

八番がクロワッサンを早速食べながら絡んでくる。

「そんな言って短足くんといちゃついてたんでしょ」

仮にそうだとしてもどうもしないだろう。

「付き合ってるってことにした」

八番はクロワッサンをくわえたまま首をかしげた。ついでに六番も呆れている。

「より早く恋するように自分を過去改変した気持ち悪い話のタイミングで何を話したら付き合うってことにしたって言って、それ以前に付き合ってないと思ってたんですか」

「ヒラは掘り下げるんじゃない。君の交友関係も別に知らせなくていい」

六番が交互に自分と八番を見て言い、とにかく、と入室を促された。シンプルにソファとテーブルだけの部屋に、なぜか拘束を解かれて魚を飲んでいるペンギンが気にかかるがとりあえず受け入れた。ソファの上で脚を組んだ二番は耳だけこちらに向けて資料を読み込んでいる。顔はそのまま、手を伸ばしてくる。

「寄越せ」

「イエスマム」

八番が恭しくその手にクロワッサンを載せて、二番もぼろぼろと頬張る。少し見ない間に打ち解けているようだった。

新入り扱いもそろそろ終わりだ。

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