第3話 開始30分後の仲魔欄
コキュートスはそもそも冥府の嘆きの河、氷漬け地獄になったのはいつのことははわからない。現状の弊コキュートスは、(も、)4つの区分に分かれる。外周から第一円カイーナ、第二円アンテノーラ、第三者トロメア、第四円ジュデッカ。罪の種類に応じてどこで氷漬けの責め苦に遭うかが振り分けられる。
明くる朝。先日の駅の中の、労働者待機場で、受付で貰った番号が呼ばれるのを待つ。待機場には私のほかに十数名ほどの労働者がいるようだった。古風なスピーカーから歪んだ音声で「192番、割り当て第二円。B班です」と私を示す番号が呼ばれた。第二円なら2番ホーム、と待機場を去るわけである。
労働時間に合わせた通勤汽車を待っていると、つまりこのホームにいるのはコキュートスの第二円行き労働者となるのだが、近くの男が声をかけてきた。何の特徴があるとも言えないヒト型の悪魔で、強いて言うと鹿の角が生えている。
「B班ですか」
「ええそう」
「待機場で一緒でした、B班です」
「ああ、じゃあ今日はよろしくお願いします」
今日び人間でもしないレベルの普通の挨拶をしてしまった。
この短期労働、バイトの最低ノルマはコキュートスの観測調査である。古い監獄の機構は観測の自動化を寄せ付けず、貴重な人的資源で直々に異常を点検する必要があった。往々にして忘れられた魔性が息を吹き返して暴れており、対応せざるを得ないという。しかし有り体に言って、コキュートスに眠る魔性に匹敵するほどの強力な魔族が短期バイトにエントリーするわけがない。そこでチームワークである。しかし正直に言って、魔界の魔族にチームワークがあろうはずがない。短期労働者は当局が振り分けた班ごとで査定を受ける決まりになっており、連帯責任で縛られるのだ。はっきり言って焼石に水、コキュートスにマッチ棒だが我々のように表面上は穏やかにコミュニケーションをとろうとする悪魔もいるのは、まあ、いいことだ。
鹿の角の彼はセペエレと名乗った。
「クリネラさんはどこから」
「魔王城下から。昨日着きました」
「やはり王都からは多いですね。私はテンジレアから来ました」
「それは遠くから来ましたね。コキュートスは経験者ですか」
英会話教室みたいだ。
妙にぎこちない話ぶりだが何となくこなれたものを感じている。短期バイトなりの振舞い方というか。
「ええ、三回目で。第二円は初めてですが」
「やはり。自分は初めてです。まあ少し勉強させてもらいますよ……」
大事なのはコミュニケーションと、チームの実力だ。どのくらい動けるのか。あまりすすんで手の内を明かす悪魔はいないと思うが、私について言えばピーキー、ベースのフィジカルは貧弱、組み合わせ次第で化けるというか、組み合わせ次第で完全に沈没もする性能を誇っている。目の前の彼がフィジカル強者であるようには見えないし、他のチームメイトとのバランスで今日の難易度は変わるはずだ。
コキュートス第二円、短期労働者集合場所は通路こちらです、そのまま進んでください……
コキュートスのホームに降りるとウィンターホーム以上の刺すような冷気が出迎えた。それでも吹雪いていないから冬季よりずっとマシなのだ。案内の通りそのまま進むと、班ごとに集められている。セペエレとともにBの表示の下できょろきょろと見回していると、愉快な仲間たちが集まってきた。
「おはようございますう」
「はじめまして、ここB班ですよね」
「……」
順に、浮遊する10センチサイズピクシーガール、小柄な緑のゴブリン、無言のペンギン。そして普通の中肉中背の悪魔のセペエレと私。
偏っている、開始30分後の仲魔欄すぎる。
「えっと、初めてのヒト~」
私が音頭をとると、ゴブリンとペンギンと私が初心者でピクシー姉御は100年くらいは毎年来ている超ベテランであった。ちょっと初心者が多すぎるが、ならば安心か。
「でもアタシ、偵察専門なんで」
「ですよね」
少しばかり先行き不安だが、最悪でも死にはしないつもりだ。最悪の状況でも私だけなら死なない自信はある、他の面子がどうなるかは知ったことではないが……というかその際のひどい状況による報酬マイナスを考えると善処しようと思う。
「火力に自信のあるヒト~」
ゴブリンとペンギンが手を挙げ、ペンギンの自己申告火力が未知だ。一応なんか存在感を出すかと思って私も火力はありますと言う。ちょっと発動すると10キロくらい爆風が出る程度の火力だが。
「じゃあアタシが先導するから、順当にチェック地点まわって。セペエレ氏が一番後ろで」
適当に隊列を作ると、「じゃあ行こっかあ」とピクシーがのんびり宣言した。部屋の奥の『第二円入り口』と示されたゲートの前で彼女が色々操作すると、重厚な機械扉のゲートが物々しく開く。向こう側からの強い風に乗って飛び上がるほどの冷気を浴びせられる。「すぐ慣れるよお」とピクシーは風に煽られるでもなく、ほの白い闇へ進んでいく。溶けることのない氷が白っぽく感じられるが、コキュートスは光のない世界なのだ。
裏切り者の地獄「コキュートス」、第二円『アンテノーラ』:祖国に対する裏切りの罪。名の由来となったアンテノルにおいてはトロイア戦争で城門を開いた罪をして国への裏切りと言う。国を裏切るというスケール感自体は人間にしては壮大だが、国を差し出すなどが取り沙汰になるのは政治家の類なのであり、罪は重いかもしれないがここで氷に漬かっている紫の顔のそれぞれは人並みの凍える人間ばかりだ。
「ほらこの辺は20世紀、ヴィドクン・クヴィスリングだよお」
「わあ懐かしい、すごい、あのクヴィスリングにお目にかかるとは」
「20世紀の同期だもんね、テンション上がる?」
何しろ「売国奴」の代名詞として名を刻んでいるのだ、文字通り。ネームバリューにおいては同期どころか大スターだ。
「素晴らしい、世界から非難されたお前がカチコチに凍り付いていて、世間は知りもしないオカルトの闇に生きた私が自由に羽を伸ばしながらそれを見物しているとはね、冥府魔道に堕ちた甲斐があったよ。愉快だ」
ふふんと鼻を鳴らして羽を広げてみせようとしたが、寒風をもろに食らって吹き飛ばされそうだわ寒いわで、やめた。自由に羽を伸ばすくだりは撤回させてもらう。
「わかるわかる、生前に聞いたことあるやつに会うのって悪魔の醍醐味」
セペエレも頷いている。時が一方向に流れているわけではない魔界では悪魔の歴とその生前の年代は一致しないので、彼が西暦何年の悪魔かはわかったものではないが。なんなら西暦を採用していないまったく異質な世界から住み着く悪魔もいるらしく、それを言えば私の生前も結構な外れ値の歴史でいちいち脳内変換しているのだから、このクヴィスリングも私が思っているのとは全く違う彼かもしれないが、とはいえ裏切り者の地獄で凍っているということはやったこと自体は大して変わらないのだろう。
そうこうしていると案の定、待っていました、粉砕された氷が煌めいて舞い、巨大な影が姿を現す。必要もないのに目覚めし魔物だ。
「隠れて隠れて、ありゃ誰かなあ」
B班はとりあえず陰になるだろうと信じて氷柱に隠れる。ベテラン偵察員ピクシーがひらひらと検分して出した答えは、
「テペルモンサスだね」
「知らんなぁ」
これでも悪魔として200年のキャリアがある。200年の知識から漏れ出す魔性については、『西暦を採用していないレベルのまったく異質な世界』の直感がある。
「聖テーペルモ市の都市神獣だよ。テペルモ・アパイト戦争においてアパイトの神獣の巫女に利用されテペルモ市を飢餓の神に差し出し滅ぼした伝説的裏切り者だね」
「やはり知らん国の知らん神話でしたわ」
そういうこともある。
知らない神獣相手は少しどころでなく不利だ、私は少しばかり後援に回ることにする。セペエレが補足してくれた。
「テペルモンサスはその生まれた際の予言によって、日の熱ときゅうりの酢漬けで滅びる存在とされるよ」
「もしかして有名なの?ていうかどんな予言でそんな弱点になる?ピクルスに弱いってことだよね?」
眉をひそめてみせたが、仲間たちは別の理由で険しい表情を浮かべているようだ。この場には日の熱もピクルスも期待できない。セキュリティ上の観点から無限折りたたみポッケの類の転送魔法は禁じられており、申請した物品以外の持ち込みは制限されているため、普通に考えて極寒の地獄へピクルスを持ってきているわけがないのだ。
「ボーナスチャンスではあるけど、厳しいか。仮にも神獣にゴリ押しはきついよねえ」
100年やっている姐さんが言うなら違いない。地形上、距離感が掴みづらいが、体高5メートルはくだらない獣の姿であり、単なる獣として見ても下手したら死ねるフィジカルと見受けられた。
「ピクルスさえあれば……」
セペエレが独り言ちた。気持ちはわかるが知っていなければ持ってくるわけがない。
息をひそめてやり過ごそうとしていると、背中を小突かれた。ペンギンだ。終始無言の彼が、何かをベルトポーチから取り出す。なおポーチつきのベルトと武器である三又フォークを刺しているほか、全裸だ。ペンギンであるから。
さてペンギンが取り出したのは凍ったハンバーガーであった。
「あん?あんたのお昼ごはん?」
「いや、ハンバーガーということは、ピクルスだよ!」
セペエレが興奮気味に反応した。確かにそうか。
「ハンバーガーに挟まってるピクルス数枚でいけるんかこの神獣は」
「神話の逸話ですからね」
知らない神話だがハンバーガーに挟まってるピクルス数枚で死んだわけではないだろうと言っているのだ。それともそういう神話なのか?
そうしてペンギンはハンバーガーを見せつけると、腹ばいになり氷の上を滑ってテペルモンサスへ急接近を始めた。豪胆だ。
「単独行動は危ないよお!」
ピクシーが呼びかけるがお構いなし、ついでに相当なスピードである。伊達にペンギンではない。
当然テペルモンサス側もこのペンギンを認識し、顔を向けて睨んでいるのか、静止している。彼の方も超スピードで滑るこの小さな鳥が迎撃に値するか否か迷っているのだろう。
ペンギンはほんの鼻先の距離まで詰めると急ターン、鮮やかに真正面を陣取ると凍ったハンバーガーを素早く投擲した。私は神獣がピクルスでどう死ぬのか知らないが、わずかに開いた口の隙間に投げ込まれたのはわかった。コントロールが良い。
明らかにテペルモンサスの様子が変わった。口から泡を吹き乱れている。体毛が赤白青に点滅し、何か爆発でもするのかという勢いだ。
「効いている!これは勝てるぞ!」
興奮しているセペエレの隣につけるようにペンギンが滑って帰ってきたので、ハイタッチで迎えた。
「ここからどうなるんだ」
「コキュートスの収監者は氷漬けの定め、耐性が弱まってるの。だから神獣でもあのくらい死にかけてたら、氷の魔術式で固めちゃうという流れ」
ピクシーが魔術式の仕込まれた金属のボールを取り出す。支給品の氷結爆弾だ。
「ゲットだぜーっ!」
少しどうかと思うが、勢いをつけてボールを投げるのに掛け声があるほうが飛ばしやすいということもあるだろう。
のたうつ獣の顔のそばで魔術式が炸裂する。氷の爆発に呑まれてもがきながらも力なく、白く固まっていくテペルモンサス。やがて完全に静止した。
「やったんじゃない?」
「やったねえ、ボーナスだねえ」
ピクシーが嬉しそうにくるりと一回転した。
「先輩」
八番の緋良が囁いた。既に言いたい内容には見当がついているので、先にため息をついておく。残念ながらスコープから目を離せないのでそのくらいしかできない。いや、動きが見えた気がしたので、とりあえずスコープで探しているが外れのような気がしてきた。
「第二円に短足くんいますよ」
「知ってる」
今、八番にやらせている全体モニタリングの確認と周辺の見張り、を自分がやっていた時、見た。見間違いたくても見間違わない程度に顔見知っているし、いるとは思いつつ少し現実逃避で無視した。
照準は第四円に合わせて、うろついている収監者を見かけたら氷結弾を撃ち込んでいる。主目的は狙撃程度で黙るような雑魚らではないが、掃除しておくに越したことはない。
別に支障が出るとも思えないのでいいのだが、何をしているんだあいつは。よりによってどうしてここにいるんだ。ストーカー?
「ああっ神獣テペルモンサスだあ」
「あいつの実況はせんでいい」
第二円にしては単純火力がある相手だが、変に色気を出さなければ死にはしないだろう。確か権能の拡大解釈的に模造太陽を城内に設置していたのだから単独で対応できそうなものだ。
「あっペンギン、ペンギンがすごい勢いで、何かを投げた、ペンギンが」
「静かに」
「あっテペルモンサスがオチた、ペンギンすごい」
存外早かったうえ、ずっとペンギンの話しかしていない。一体どういうパーティー構成なのか気にならないわけではないが氷上なのだしペンギンが活躍しても変ではないか、ペンギン?
「まさかティモエマじゃないだろうな」
念のため口にすると、うるさく囀っていた後輩が途端に口を噤んだ。冗談も大概にしてもらいたい。
「監獄『白熱の火炉』から脱獄したてホヤホヤのド注意ペンギン悪魔のティモエマじゃないだろうなって」
「そうですね、あんまりペンギンの個体差ってわからないかもなんで」
八番が煮え切らないことを言うので渋々彼女が見ている第二円の監視映像に目を向けた。
画角が悪い。自分もペンギンの個体識別に自信はない。だが肩口の傷は確か多分そう、明記された特徴にあったはず。
「八番、短期労働者の情報要請しろ……」
何が怠いって、あの短足悪魔とこのペンギンが一緒にいるのが怠い。面倒が始まる気しかしない、思わず上を見上げたが暗い虚空が広がるばかりの辛気臭い天である。
ペンギンのおかげで初日としてはいい稼ぎで終えていい気分。ペンギンのお陰で遊んで暮らせる目途が立ちそうだ。その後も寒いし死にそうな場面は度々であったが、生存が第一。何かのはずみで飛び出した人間タイプの人間を二、三人取り押さえつつ、大物は体力のある時分に狙うことにして初日は業務を終えた。定時、18:00。
気分はいいとしても体力は大分奪われている。帰りの汽車で睡魔と仲良くなり、ウィンターホームに帰り着いたが観光よりも体力回復を体が求めている。冷えた体にクロワッサンの甘い香りが染み渡るゆえに、ふらふらと駅前のクロワッサンを購入した。バターのカロリーをじんわりと感じる。温かい夕食を求めたいのと、引き続きの第二円に向けて小手先の魔術道具を申請したい。
B班の面子はコミュニケーションが取れて付き合いとしては丁度いいメンバーだったが、労働のあとは誰でも困憊しているから各々の休養が優先で駅で解散した。場合によっては有り余っている魔族が集まって元気に酒盛りをやることもあるらしいが、そういうタイプではないのが程よい。
今日も2個で十分で何の肉かは当局の検閲が入っている肉団子のスープかなと思っていたら、海老の看板が目に飛び込んできた。魚は得意ではないが甲殻類は得意だ。入りやすそうだし、謎肉も不満はないが不安というかせっかくなのでというか、まあとにかく入ってみることにした。海老の看板は大鍋いっぱいのゆで海老で、特別な味付けではなさそうだがシンプルに海老の味だけで勝負していて、シンプルに海老が美味かった。海老だけでなくセットで山盛りのマッシュポテトもついてくる。ついでに貝の蒸したやつとかも摘まんで、そこそこ満足。
空腹が落ち着いて少し周囲に目を向けると、知っている顔のペンギンもいた。実際ペンギンの顔で見分けはついていないが、姿恰好からして同班のペンギンであろう。同じく山盛りの海老と、生の魚がバケツに突き刺さっている。見ていると魚をひと息に丸呑みして、なんだか水族館で見たことがあると思った。
まあ彼は彼のプライベートを楽しんでいるし、会話もなかったので居るなあと思って眺めたのみである。ペンギンらしい食事風景だが、彼もランチにはハンバーガーを食べることもあるのだ。ランチは何でもいいが、今回のようにクリティカルな持ち物で対応できれば気持ちいいなと考えて、第二円で遭遇しそうな危険な虜囚を確認するつもりだ。そのくらい先にやるべきという話だが。ハンバーガーのピクルスくらい気持ちいいのがいい。
知らん神話の知らん神獣がまだいるのだから世界は広く、手当たり次第にかつ持ち込める範囲で検討を進める。例えばリンゴ、いやリンゴは希少な高級品だからちょっと嫌、例えばチーズ、例えばモチ。食いしん坊すぎるか。思えば超常的な生き物に近代兵器での逸話はなく、(『効かない』都市伝説はたくさんいそうだ)核熱の権能の私に有利な状態はあるのだろうか。むしろそんなのよりも弓や槍の方が概念が通るのかもしれない。前に吸血鬼の側近殿がニンニクマシマシラーメンを食べていたので驚いた(ドン引きした)が、本人は「ちょっと腹下すかも」と言っていた。ニンニク過剰に加えて脂ぎったスープと脂そのものがトッピングされていてそんなもん私でも調子悪くなる感じのラーメンを食べてそれなので知れた『弱点』なんぞブラフに過ぎないのでは、という疑念も思い出していた。
小腹がすいたヒトみたいな買い物を済ませてふらついていると、眼前に狼耳に狼尻尾の女性を見つけた。見知った魔王直下の近衛兵隊の制服で目を引いたのだ。と言って、見知ったヒトではない。多分白狼、髪をピンクのグラデーションで染めている。体格がかなり良い。身長目測190センチ台、丸太みたいな太腿が服の上でも強烈に主張している。この容姿で覚えがないなら見たことがないということで、まだまだ魔王城も広い。
「狼隊のお姉さんご苦労様です~」
声をかけると不機嫌な顔で振り返る。アイスブルーの目がピンクの髪とお似合いだ。
「何だ貴様。覚えがあるな……城下の悪魔か」
相手の方には見かけられたことがあるのか不機嫌のままじっと見分され、しばらくあと何か思い出したのか皮肉そうに片頬で笑われた。
「最近三番に纏わりついているニオイだな」
やはり鼻で同定された。
この言い分では獣人たちの間では誰がだれと付き合っているとか、ましてや浮気とか筒抜けの世界なのだろう。異種族カップルが難しいのはそういうところなのか。
「お姉さんには会ったことないよね?何番さん?」
「知ってどうする」狼女はフンと鼻を鳴らして、「二番」教えてくれるのか。
「三番さんより上の順番が出てくるなんて大した話じゃないですか。何のお事件か気になるなあ」
「は。貴様、三番に付いてきたのではなく?それも大したものだな」
何かに呆れている言葉尻を解釈する。
「それ、三番さんここに来てるんだ?」
二番は言い返さず不機嫌な顔を他所に向けた。口が滑ったという顔だろう。
今回ばかりは誓って三番も八番も無関係に短期バイトの広告を見てやってきたのだから、正真正銘に彼女が勝手に口を滑らせただけというもの。フィジカルは立派そうだが、三番に似て喋りはちょろいかもしれない。
ここですれ違ったのも何かの縁と彼女の視界に再度フレームインして、
「それにしても気になっちゃうなあ、だって狼隊の二番三番あときっと八番も動員してこんな遠くのコキュートスで、何が起きてるんだろうねえ、短期バイトで稼ぎに来ただけなのに事件に巻き込まれちゃったらもう嫌だよねえ、怖いな~魔界を揺るがす大事件なのかな~」
「言うわけない」
うんざり顔で手をひらひら、払われる。
「制服でうろついているということは隠れる必要がないってことでしょ、何ならコキュートス管理局相手にデカい顔するために大っぴらに魔王勅命を示している……いや管理局自体がターゲットなら隠すか、なら単に協力関係だな……当局が協力を要請した……」
「探るんじゃない、消されたいか?」
素早く胸倉を掴まれ、持ち上げられる。黙らされる程度には外していないということではないだろうか。とはいえ離してもらいたい。
「失礼しつれい、黙ります」
二番は私を下ろさずに続けて、私は素直に答えていく
「貴様、どこに配置された」
「第二円のB班」
「期間は」
「一週間」
「いつから」
「今日からだよ。ここに着いたのは昨日」
急に手を離されて落ちる。バランスを崩してふらついた。
もう少しくらい面白い話が聞きたい。
「お姉さん王都と変わらない制服だけど寒くないの」
「三番に聞け」
去ろうとするので後ろをついていく。
「聞いたらわかるってこと?おそらく寒冷地に強い種族的な特徴なのかと思ってるんだけど、それはそれで俺は夏でもなんかクソ暑そうな制服着てるのも気になってるんだよね」
「煩い。アレも趣味が悪いな……」
「オトコの趣味は昔から悪いんじゃないの、サークルクラッシャーだと聞いたけど」
「急に何てこと聞いてくる……」
アイスブルーの目を見開いて、さすがに反応を貰った。
二番ということは古株には違いない。副隊長とは別なのだろうか。謎の番号序列制度がいまいちわかっていないのだが、単純に年齢や所属歴ではないように見える。番号が若いほど命令系統の上位らしい振る舞いをしていた。八番が(彼女のことだからふざけていたのかもしれないが)サークルクラッシャーだと言うからには二番にも同様の認識はあるのでは。聞ける話なら聞いてみたいではないか。
「アレは病気だろう、それがヨソで乱れているなら勝手だが……そう、貴様がどうなろうと知ったことではない」
呆気にとられた拍子か答えてくれるので、畳みかける。
「サークルクラッシャーが結構上のほうに居る近衛兵ヤバくない?」
「ヤバい。陛下自身が望まれてこうだからどうしようもない」
「どういうこと」
敵対カルト集団の王子様を入隊OKにしたことをしての表現ともとれたが、サークルクラッシュが望まれていることに聞こえる。また口が滑ったような顔をした。
「どこまで付きまとう気だ」
「うん、怒られるまで」
また彼女は立ち止まると、もう一度何も言わずに胸倉を掴まれて、今度はどこぞへ投げ飛ばされた。道端に積んであった錬金素材らしい乾燥キノコの山に着地する。体勢をたてなおした頃には足早に去る彼女は路地の角を曲がり、
「あら、撒かれた」
さすがの手際である。私が無防備すぎるともいう。
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