1-7 死因収集家

「つーわけで来たぜ。あんたが噂の死因収集家だな?」


大量のメモを集めた翌日、私とアニンは大広間に来ていた。死因収集家の似顔絵もとい私の記憶を頼りに探すと、彼は他の客から離れたテーブルに座っていた。


「おやおや、この前の話の続きをしに来たのかね?」


そうくぐもった声を上げるのは、以前私に面倒な質問をぶつけてきた仮面の客その人だった。


「おっと、今日の相手はイルミンじゃなくて、あたしだ。このアニン様だ」

「おやおや、ボディガードを連れてくるなんて随分と嫌われてしまったと見える」

「あ、アニン! あくまで失礼のないようにって言ったでしょ!」

「シシシ、たまに頼られると張り切りたくなるタチなんだよ」


いたずらっぽく笑うアニン。変な客相手には素を出していいからとは言ったけど、少しおだてすぎたかもしれない。


『私がアニンに絶対勝てないのはピアノの腕と態度の悪さだよ。変な客には私は言葉で説得するしかないけど、アニンなら殴り飛ばせる』


そんなことを言ってから、彼女はずっと上機嫌だ。

一方、仮面の客はアニンの様子を気にしている様子もない。むしろ、悠々と足を組んでいる。


「それで何かな。用があって来たのだろう?」

「あたし達からの話は一つだけだ。あそこで山盛り食ってる子グマの死因を知りたい」


アニンが親指で奥を指すと、今日も大量の皿が置かれたテーブルがある。仮面の客も視線をそっちに向けると、なるほどと言って頷いた。


「あれには儂もずっと気になっておったのだ。おぬしらもだったか」

「あたしはどーでもいいんだけど、イルミンがどうしてもって言うから」

「構わぬよ。近頃は誰も儂に話しかけてこぬからな。話せるだけでもいいというものだ」

「……ありがとうございます」


私はお辞儀をすると、アニンに小声で耳打ちした。


「いい? さっきも言ったけど、死因を聞くのは子グマ一匹だけだから」

「わーかってるって」


聞いたところで死因が本当かどうかわからない以上、客全員の死因を確かめるのは危険すぎる。今はあくまで参考程度にしようというのが私の結論だ。


「ところで、注意が一つある」

「はい?」


顔を上げると、彼は包帯まみれの手でマスクを触っていた。


「死因を当てるのは儂の直感だが、それを証明する手段は別だ。そのことを覚えていてくれ」

「は、はあ」

「なら、手早く済ませるとしよう。ちょうど、二人が来る前に料理を頼んでおいたんだ」


そう言うと彼は立ち上がって、子グマがいるテーブルへ向かっていった。私とアニンはお互い顔を見合わせると、


「証明する方法があるってことか?」

「わからない。とにかく、追いかけよう」


急いで後を追うと子グマのテーブルにはあいかわらず皿が塔のように積み重なっている。食べてる本人の姿が見えないのも前と同じだ。


「あの、私の声が聞こえます?」

「あっ、この前のメイド!」


塔の隙間から声をかけると、元気そうに顔を上げる子グマが見えた。その顔は料理の汁で汚れてビチャビチャだ。本当にクマみたいに食べるなと思った時、「ひっ」と怯えた顔をされた。

見れば、別の塔の隙間から鋭いくちばしが差し込まれている。


「だ、誰!? この人が例の見つけてきた人じゃないよね!?」

「こちらは別のお客様です。もしかしたら、探している方の情報がわかるかと思いまして」

「その前に皿の山を片付けようぜ。なんで、二人して狭い隙間に顔を突っ込んでるんだ?」


アニンが配膳係を呼ぶと、塔が一本ずつ撤去されていく。その間も仮面の客はくちばしをさらに子グマに近付けると、考え込むように首を傾げた。


「病んでいるが、それが原因で死んだほど強い匂いではないようだ」


てっきり診察道具でも出すのかと思ってたけど、彼は匂いを嗅ぐかのように仮面の鼻を近付けているだけだ。


「つまり、病死じゃないってことですか?」

「うむ」


ということは伝染病か何かで死んだわけじゃないことになる。やっぱり災害か事故かのどっちかなんだ。ただ、それをどうやって証明するつもりなんだろう?

そう思いながら見ていると、彼は懐から小さな瓶を取り出した。


「これを子グマに」

「それは?」

「儂が館の植物園で採取して調合した薬だ。鎮静剤になるし、何か思い出すかもしれんぞ」

「え? そんな勝手なことしてたんですか?」


瓶の中にはどろりとした水色の液体が入っている。ふたを外す前から、いかにもまずそうな変な臭いが漏れ出していた。


「ちょっと待ってください! いくら何でも怪しい液体を飲ませるわけには……」

「問題なかろう。子グマがこれまで食べてきた量と比べれば、こんな少量のもの」

「い、嫌だ! 飲みたくないよ!」


子グマが怯えた顔をして逃げようとした。すると、仮面の客は咄嗟に手を突き出して子グマの顎をつかんだ。


「何するんですか!」

「おい、てめえ!」


私とアニンが動くのは同時だった。仮面の客を左右から止めようとするけど、彼は子グマから手を離さない。


「ちくしょう! おい、誰か助けろ!」


アニンが叫ぶと、周囲の客達も異常に気付いた。なのに、まるで危機感のない顔で見やると、


「今度は何の喧嘩だ?」

「メイド同士かと思ったら、客も巻き込んでるんだな」


こっちの真剣さなんて客達は気にも留めてない。


「違います! 本当に大変なんです!」


これじゃオオカミ少年だと思った時、全く場違いな声が響いた。


「お待たせしましたー。血の池パスタでーす」


リーリエが私達の間に入り込むと、子グマの前に真っ赤なパスタを置いた。


「リーリエ、何やってんの!?」

「何って配膳係の手伝いだよ。イルミン達こそふざけてんの?」

「だから、ふざけてなんかいないって!」


そこで、仮面の客に押さえつけられた子グマが「ひっ」と叫んだ。


「なんで、こんなもの持ってきたの!?」

「え? しっかり注文いただいたんですけど?」


そう彼女が戸惑っていると、さらに配膳係が続々とやってきた。空いた皿を片付けてテーブルにスペースを作ると、料理をまた敷き詰めていく。


「タバスコマシマシマルガリータと、トマト煮込みスープと……」

「え? え?」


子グマの顔がいっそう恐怖に歪んでいく。

何だか様子がおかしい。私とアニンは「せーの!」で仮面の客を押しのけると、彼の顔を覗き込んだ。すると震える声で、


「赤い食べ物は頼んでない……!」

「赤い食べ物って……」


そういえばと思い出す。最初に私が子グマのことに気が付いたのは、注文係と配膳係が喧嘩していた時のことだ。あの時、出てきた料理は今のと同じ血の池パスタ。


「どういうことだ?」

「カカカ……」


アニンが呟くと、仮面の客がくぐもった笑い声を上げた。


「機械を作るのが得意な客がおる。以前、彼に作ってもらった変声機で子グマのふりをして料理を注文しておいた」

「何で、そんなことを!? しかも、私があなたに頼む前から!」

「興味があったからに決まっておろう。こんな小さな体に大量に物が入るのを見れば、仕組みが気になる」


そう彼は悪びれずにマスクのくちばしを触りながら言った。


「しばらく観察していたが、食べない物があると気付いたのだ。この料理はどれも血のような色をしているから、おそらく血にトラウマのある死に方をしたんだろうと」

「何を勝手なことをしてるんですか!」

「だが、結果的に死因は絞れた。大量出血による失血死だ。証明終了」

「ファッキン、この野郎!」


アニンが叫ぶと仮面の客に向かって拳を振り上げた。


「待って、二人とも! 子グマが!」


リーリエが叫んだのに気付くと子グマの体が膨れ上がり始めていた。


「えええ!?」


その腕や背中が次第に大きくなる。私は体から離れると、子グマは身をよじりながら皿の山へと頭から倒れ込んだ。激しい音を立てて皿が割れたかと思うと、そこから唸り声を上げて大きなクマが姿を現した。

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