1-6 探偵係、求む!

子グマに見つけ出すと約束した翌日。


「一人ずつ聞き込みしていくの、めっちゃだるいんだけど!」


屋敷の一室を捜索本部にした場所で、私はさっそくメイド達からクレームを受けていた。相手はモップを手にして、頭に三角巾を巻いた三人組。


「えっと……清掃係の子達だよね? だるいも何もしっかりやってくれないと困るんだけど」

「だって、話を聞いたら『わしの好きなものは』とか言って老人の独り言が始まったんだよ!」

「そうでなくても大体つかみどころのない話ばかりだしさぁ」

「聞いてたら仕事が終わらないよ。VIPルームは特に清掃が命なんだからね!」


そう彼女達は一方的にまくしたてると、私の前に報告書と書かれた紙を置いて出て行った。客の話をまとめてくれたみたいだけど、よく見てみたら三人分しかない。


「あの三人、本当に一人ずつしか聞いてないじゃない! 少なすぎる!」

「自分の仕事じゃねーからな」


私が頭を抱えてると、アニンが隣から口を挟んできた。

解決する様子を見せつけるため、彼女は私から離れないことになっている。とはいっても、何も手伝わずに彼女はおもちゃのピアノを手にポロポロ弾いているだけだ。


「この屋敷には相談係っていうメイドがいねーのさ。皿を洗いながら、人の話まで聞いていたら誰だってパンクするだろ」

「相談係がいないのは、全員その役割があるからなんだよ」

「だったら人手を増やすしかねーぜ。もっとも、苦情を言う係には誰でもなれるけどな」


ケラケラと笑う彼女に私はため息をついた。

人手は増やせない以上、手間を減らすしか方法がない。


「そうだ、確かイラスト係ってのがいたはず。子グマの似顔絵を書いてもらって、そのへんに貼り出そう。その方が話がしやすいでしょ?」

「『探しています』って行方不明のペットみたいだな」


確かに失礼にも程があった。


――けれど、二日後。


「とりあえず、聞きに回ったんだけど……よくわからなかったよ!」


捜索本部に現れたリーリエはあっけらかんと言った。


「よくわからなかったって……何がどういうこと?」

「それが客に話しかけても、みんな幽世に来てからのことしか知らないんだよね。前世のこと、誰も覚えてないから取っ掛かりがないんだよ」

「それはそうだけど、何か言ってなかった? 一緒に死んだ人がいそうな気がするとか!」

「そんなふわっとしたこと聞かれても。客達の姿を思い出してみてよ。あの中に、それだけの理由であそこまで変化すると思う?」


確かに虹色のスライムとか、明らかに別の未練があるとは思うけど。


「そ、それくらい私だってわかってるよ。他に情報がないから、ダメ元で聞くしかないって」

「うわー、面倒くさい」


その言葉に思わず睨むと、彼女は「わかりましたぁ」とだけ言って出て行った。


「はぁ……探偵係とかいないのかな」

「おいおい、一昨日言ってることと矛盾してるぜ。メイドはみんな探偵係なんだろ?」

「相談係だし、探偵とは違う」


そう言いつつ、私も屁理屈を言ってる気がしてきた。

私だって大広間の見回りをするついでに客に聞いている。でも、結果はリーリエと同じ。何の成果もなかった。


「アプローチを変えないとだめかもしれない」

「変えるって、どんな?」

「占い師を探す……とか?」

「ハハッ、ぐっへぇ」


鼻で笑うアニンを肘で制裁する。

確かに私でも変だと思うけど……いや、ちょっと待って。占い師はいるかどうかわからないけれど、似たような存在ならいるかもしれない。


「何だ? どうした?」

「アニン、逆転の発想だ。子グマのことを聞くんじゃなくて、周りの客を調べるんだ」

「は?」


――そうして、さらに三日が経った夜。


「おいおい。何だ、この大量のメモは」


捜索本部でアニンと二人で待っていると、メイド達が次々と現れてメモを置いていった。あっという間に紙の束になって、まるで辞書並みの分厚さになる。

私は自信たっぷりに笑みを浮かべると、アニンに見せつけた。


「ふっふっふ。メイド達に号令をかけて、情報を集めてもらったんだよ」

「一体いつの間に……って、ちょっと待てよ。客の似顔絵の他にはほとんど二、三行しか書いてねーじゃねえか!」

「調べるのも大変だからね。でも、安心して。この中には聞きたいことだけまとめてある」


一枚のメモを彼女に渡すと、そこに書かれている文を指さした。


「客達の個性というか特技について。こうして見ると、不思議なことができる人が多いと思わない?」

「不思議なこと?」

「背中に生えてる羽で空を飛んだりとか、体を自在に変形させたりとか。たぶん、前世のことに関係してるんだろうけど」

「異形化してる分、いろんなことできるってことか?」


こうして調べれば、子グマの大食いも一種の能力だ。

名付けて“胃袋ブラックホール”。ただし、それだけじゃ何の役にも立たない。


「この中から、子グマにつながりそうな情報を見つけるんだ。コック帽をかぶった客とか、他にもぬいぐるみみたいな姿の客がいれば関係があるかもしれない」

「それって、ただの連想ゲームじゃね? 客頼みだし」

「私達が探したってことに嘘はない。ほら、手伝ってよ。さすがに一人で読むには量が多いんだから」


メモの束を半分アニンに押し付けると、彼女は嫌そうな顔をしながらパラパラめくり出した。ざっと数えただけで百枚以上。これだけ多いと清掃係の気持ちもわかる。


「おい、見ろ。イルミン」

「何? さっそく見つけた!?」

「頭が卵の全身タイツ男だってよ。自称、ハンプティダンプティだって」

「それのどこが子グマに関係あるんだよ」


メモの内容を私に向けて、シシシと怪しい笑いを漏らすアニン。私は指でそのメモをピンと弾くと、自分の担当分へと視線を戻す。

いちいち突っ込んでいたら切りがないと思っていると、彼女はまた声をかけてきた。


「おい、イルミン。他にも変なのがいるぞ」

「関係ないやつだったら、今度はおでこにデコピンするからね」

「いやいや、聞いて驚けよ? こいつ、客の死因を当てることができるって書いてある」

「死因?」


私はアニンのメモに顔を覗き込んだ。すると、へたくそな似顔絵に加えて走り書きのような文章が踊っていた。


『上着の内側は包帯でぐるぐる巻き。そこに溺死だとか老衰だとか物騒な文字が書いてある』

「ついたあだ名は“死因収集家”だ。どう思う?」

「どう思うも何も……」


死因が本当かどうかは置いておいて、私だったらそんなこと聞きたくない。

どんな理由であれ、死んでいる自分の姿をきっと想像してしまうからだ。せっかく記憶を失っているんだから、トラウマになることはわざわざ知らなくていい。


「で、これが子グマの何に関係があるの?」

「子グマの死因を調べて、他にも同じ理由で死んだやつがいないか調べるんだ」

「はい?」

「いやぁ、あたしって天才だな。前世はきっとピアノ探偵だったに違いないぜ」


一人で勝手に納得しているけど、さすがに趣味が悪すぎる。

思わず頭を押さえていると、アニンは唇を尖らした。


「だってよ、他に記憶喪失の二人が知り合いかどうかわかる方法なんてあるか?」

「でも、それだと屋敷中の客の死因を明らかにするはめになる。無関係な人を巻き込み過ぎだ」

「逆に自分の過去がわかって助かるやつもいるかもしれねーぜ」

「もし焼死って言われたら、どうするんだよ!」


人の気持ちを考えろと言おうとして――そこでふと気づいた。

この死因収集家は一体どこまでわかるんだろう? 死因じゃなくても死ぬ直前のことがわかれば、それはきっと何かのヒントになるはずだ。


「ちょっと、それ貸して」


もう一度、アニンが持っているメモを覗き込む。すると、さっき見た時は気付かなかったけど、雑な似顔絵はよく見ると見覚えがあった。

顔全体を覆うくちばしみたいなマスク。これって、もしかして……。


「アニン。頼みがあるんだけど」

「イルミンがあたしにそんなこと言うなんて気持ち悪いな」


自分でも嫌だけど、しょうがない。私は彼女に小さな声で囁いた。

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