1-5 子グマの大問題
知り合いも何も、ここの客の中で前世の記憶を持っている人はいないはず。
すると、子グマもそれに気付いたのか慌てて首を横に振った。
「いや、はっきりと覚えているわけじゃなくて。ただ、なんとなくいるんじゃないかって。自分と一緒に来たんじゃないかって、そんな気がするだけなんだ」
「なるほど……?」
自分のことじゃなくて他人のことを気にする客なら私も前に見たことがある。だけど、『一緒に来た』なんて言う人は初めてだ。
「もしかして、事故とか災害とか……?」
「わからない。探したくても、無性にお腹が空いて動けないし。それに、どうやって知り合いを探せばいいかもわからない」
「生前とは見た目も違う。記憶もねーし、知り合いに出会っても気付けないだろうな」
アニンが言うと、子グマはしょんぼりと目を伏せた。
確かに、ちょっとというには難し過ぎるかもしれない。これは完全に予想外だ。
「イルミン、ちょっと耳貸せ」
そこでアニンが私に小声で囁いてきた。
「適当なやつを紹介するのはどうだ? ってか、他に方法がねー。あたし達は神様じゃねーんだ」
「無理難題なのはわかってるけど、嘘をついてもばれるよ。たぶん、フィーリングで相手が知り合いかどうかわかると思うし」
「なら、あたしには無理だ。降りる」
降参とばかりに彼女は両手を広げた。
さっきまであんなに怒ってたのに、あっさりとしたものだ。ただ、彼女が諦めても私まで諦めるわけにはいかない。無理だと認めたら私こそ自慰行為好きの偽善者だと言われてしまう。
「わかりました。お客様の代わりに私達が探しましょう!」
「本当!?」
「おいおい、マジかよ」
子グマが顔を輝かせた。一方、アニンの顔はドン引きだ。
「一人では無理でも、屋敷中にいるメイドの力を合わせれば不可能はありません!」
大広間で働く子以外にも清掃係や浴室係だっている。なにせ、ここはメイドでいっぱいの屋敷。人呼んでメイド迷宮だ。
「一日二日では難しいかもしれませんが、できるだけ手は打ちます。その間、お客様はお食事をされながら、お待ちいただければ」
「見つけられるんだね! ありがとう!」
「それでは、私はこれにて! ごゆっくりと味わって食べてくださいね。ごゆっくりと!」
子グマが微笑んだのを見て、私は笑顔でお辞儀をした。そして、大量の料理を運んできた配膳係と入れ違いに勝手口へと歩いていく。
中に入って誰もいないのを確認すると、私は壁に手をついて大きく息を吐いた。
「あーあ。安請け合いしちまったなぁ……って、何してんだ?」
アニンが後ろから追いかけてきたけど、私は振り返らなかった。
「別に。これから大変だって少し思っただけだよ」
「それにしては暗いじゃん。これが人助けの顔か?」
「うるさいな。いいから黙って見ててよ。私が子グマの未練を断ち切ったら、アニンはこれから私の言うことを全部聞くんだからね!」
「そういう話だったか?」
振り返ると、彼女は興味なさげに再び指をトントンと動かしていた。
「ワーカーホリックって言われようが何だろうが、私にはやらなきゃいけないことがある」
「死んだ後でも?」
「もちろん」
私は頷くと、脳裏をよぎる光景に思いを馳せた。
――あれはどれくらい前のことだっただろう?
毎日が夜で時間の感覚がおかしくなる幽世の世界じゃ、正確なことはわからない。むしろ、ここに時間なんて概念はないのかもしれない。
ともかく、あれは私が初めて屋敷に来た時のことだ。
『目が覚めましたか?』
気が付くと私はどこかのフロアで倒れていて、その声に起こされた。銀色の長い髪をした女性が立っていて、そのあまりの美しさに圧倒されたのを覚えてる。
『突然ですが、あなたは死にましたね』
その上、いきなりそんなことを言われるものだから思考が全く追いつかなかった。
ここはどこって言う以前に、自分のことも何一つ覚えていない。わけがわからないまま、彼女から幽世と屋敷のことを伝えられた。
「それで私をメイドに? い、意味がわかりません! 何の罰ですか、これは!」
『罰というか……。まあ、人助けをするうちに自分のこともいつか思い出すかもしれません』
「そんなこと言われても! せめて、名前だけでも教えてくださいよ!」
そう怒ると彼女は困った顔をして微笑んだ。
『あなたは……そうですね、イルミンです』
「どう見ても本名じゃないですよね!?」
『いい名前だと思いますよ。幽世を訪れる客や他のメイドにとって、光〔Illminate〕になる。そんな願いを込めました』
会話がまるで嚙み合ってなかった。
この女性は天然なのかもしれない。それとも神話の世界にありがちな、人間と考え方がずれてる存在なのかもと思った。
「あなたは神なんですか?」
『いいえ。あなた達より少し偉いだけのメイド長です』
スカートの端をつかんで軽く持ち上げる女性。
その時の私はそれが挨拶の仕草ってこともカーテシーって言うことも、まだ知らなかった。
『話は戻りますが、イルミンの名前は本当によさそうです。きっと、あなたはたくさんの人を救うんでしょうね』
「そんな勝手な……」
それから私と彼女はいくつか会話を交わして、客達が使う屋敷の階層へと私を送り出した。
最初から最後まで会話はずれていたけど、確かに私は客と接するうちに何人か救うことになる。それと同時に、いつの間にかメイドのまとめ役になってしまったというわけなのだ。
なにせアニンといい、この屋敷は不真面目なメイド達だらけなのだから……。
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