【君の名前を歌うまで】
海
第1話___朝日向 葵___
「ごめん、図書室行くから先帰ってていいよ」
そういい、友達からの遊びの誘いを断る。
俺、『朝日向 葵』(あさひな あおい)は
ごく普通の学生だと思う
目元が隠れるか、ギリギリの前髪に、真っ直ぐおりる髪
自分でも思うくらい綺麗な二重で、ぱっちり整ってると思うくらいだ
キーンコーンカーンコーン―。
いつもの放課後、俺は早足で図書室に向かう
この学校は図書室が広い
その分、いろいろな本が置いてあるため
勉強するにも、資料を作るにも、うってつけの場所
「失礼します―。」
と扉を押し開けると、建て付けの悪さで軋んだ音が響いた。中はしんと静まり返っていて、古い本の紙と木の匂いが鼻をかすめる。窓から差し込む午後の日差しが、埃の粒を金色に浮かび上がらせていた
本当にここには人がいるのか、そう思わせてくれるこの空間は
なんであろうとも俺の好きな空間
それに、もう一つの目的
この季節、丁度良い春の日差しに包まれる窓際に
毎日のように座っている女の子
彼女の名前は『紫雲 瑠蘭』(しうん るか)と言うらしい。
らしい、ってことは
勿論、喋ったことはない
彼女が俺の名前を知ってるとも思いもしない
不思議なことに、彼女は本を読まない
ここは図書室なのに彼女は毎日のようにノートに何かを書いている
それは勉強ではないことは分かる
必死にノートに向かって何かを刻み込む
その手はまるで、止まることを知らないように。
その姿は、静かな図書室の空気を支配するように、どこか神聖ですら見えた。
最近聞いた話だと、彼女は作曲を趣味としているらしい
俺には到底できないようなこと
作曲家などの道に進むのか…?
ならなぜ、それに合った高校に行かないのか
でもそれは、俺が口出すことじゃない
また、俺はいつものように
視界に彼女が入るくらいの位置に座り
いつもの本を読み進める―。
「もう少しで閉めますよ〜」
図書館にいるおばさんの声によって
椅子を引く音、本を閉じる音、独り言の音
さっきまで無だった音が、一斉に奏でるかのように鳴り出す
すっと向ける目線は、やはりあの子
別に好きって言う感情ではない…多分、
ただ、気になる
それが好きなんだって言う人もいるけど、そうじゃないと俺は思う
好き、は話しかけたり自分を見てもらおうとするけど…
今の俺はそうじゃないから―。
考え出すと止まらない
好きってなんだ?恋愛ってなんだ?
気づけば、手にしていた本の背表紙を強く握っていた
今までそんな感情を避けて生きてきた
ぐるぐると考えを巡らせながら本棚に近づく
頭の中をぐるぐると渦巻きながら
好き…恋……?
この本が置いてあった目の前に来たのに
俺は突っ立ったまま考え続けてた
「あ、あの…」
耳に届いた声に、心臓が跳ねる
「…あさひな、くん……だよね?」
もうほとんどの人が帰ったような静けさの中
一人の小さな声が響く
俺は、その人の顔を見て頭が真っ白になった
喉が詰まって声が出ない。目の前の彼女だけが鮮やかに浮かんで見えた。
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