第三話 デートと新刊とお願い

 駅前の本屋に着いて、まずは文具コーナーに向かうことにした。


 紫音しおん先輩は新しい筆箱が買いたいらしいので新刊を見に行くのは一旦我慢する。ちなみに先輩が今使っているのは黒いメッシュのペンケースだ。


 私は今のままで十分だと思うけど、かわいいの最先端を行くギャルには地味すぎるのかもしれない。


「見てみて!この筆箱かわいくない?」

 

 万年筆を眺めて値段の0を数えていると、先輩が犬の形をした筆箱を見せてくる。


 まん丸な目でこっちを見ているのはかわいいけど、犬の背中がチャックで開けれるようになってるのはよく考えると結構グロテスクなデザインだよね。


「かわいいかわいい」


 新刊を早く見に行きたくてつい適当に答えてしまった。


「本気で思ってる?」

「背中にチャックついてるのはちょっと怖いですけど、そこに目をつぶればかわいいと思います」


 先輩が犬の筆箱を返しに行ったので、到底買えそうにない万年筆コーナーから離れてレジ横にポスターが貼られているアニメのくじ引きを眺めていると、両手に新しい筆箱を持ってすぐ帰ってきた。


「これは?」

 

 同じようなつくりの猫の筆箱を見せてくる。


「かわいい」


 形と色がちょっと違うだけなのでもちろんかわいい。このフォルムの動物は多分何でもかわいいと思う。


「じゃあこっちは?」

 

 またまた同じような作りのラッコの筆箱を見せてくる。


「かわいい」


 さっきちらっと筆箱売り場見たけど、このシリーズの筆箱があと十種類くらいあったような……まさか全部見せに来ないよね?


 このやり取りをあと十回繰り返すのはさすがにめんどくさいんだけど……


「これは?」


 次はコアラとかかな?と動物を予想していると、先輩が笑顔を突き出してくる。


 先輩と同じクラスの男子だったら絶対に惚れてた、確実に筆箱全種類買いそろえてた。


「うざい」


 正直にかわいいと言うと調子に乗りそうなので、心苦しいけどばっさりと切り捨てる。


 本を早く見たいという本心が顔を出したわけではない……断じて!絶対に!


「ましろちゃんひどーい」

「筆箱買わないなら戻してきてください、早く本見に行きますよ」

「はーい」


 ゆったりとした返事をして、とてとてと筆箱を返しに行く先輩は幼稚園児みたいでかわいい。


 ◇


 筆箱を返してきた先輩とひとつ上の階の文庫本を見に行く。


「先輩は普段どんな本読むんですか?」


 らせん階段を上りながら聞いてみる。


「基本恋愛小説かな~」


 先輩の口から恋愛小説なんていう単語が出てくるなんて思っていなかったので、階段を踏み外しそうになる。


「恋愛とか興味ないと思ってました」

「私にだって恋人のひとりやふたりくらい……」


 だんだん声が小さくなっていく。


「私も恋人いたことありませんから、嘘つかなくたっていいんですよ」

「嘘じゃないもん!」


 本棚に挟まれた通路に先輩の明るい声が響く。


「はいはい、また今度恋バナしてくださいね」


「また今度ね。私買いたい本あるからちょっと探してくるね、すぐ戻ってくるから新刊でも見て待ってて」


 先輩は手をひらひらと振って、本棚の森に踏み込んでいった。


 視線を新刊コーナーに移す。


 面陳列されている文庫本の表紙に桜が描かれていて綺麗だったので、手に取って一行目を読んでみる。


『四畳半の畳に染みついた煙草の臭いが俺の鼻腔を刺激する。』


 表紙だけではなく、『青春矢の如し』というタイトルも気になったから手に取ったけどなんだか思っていたのと違った。それに一人称が『俺』なら百合小説の確率は限りなくゼロに近いだろう。


 たまには百合以外を読むのもいいな、でも最近の文庫本高いし……


「ましろちゃ~ん、面白そうな本見つかった?」


 頭の中で今月買いたい本の値段を計算していると、先輩がお目当ての本を手に本の森から帰還してきた。


「この本を買おうか迷ってたところです、それにしても早かったですね」

「映画原作コーナーに行ったらすぐあったんだよね」


 先輩は『死神とロシアンルーレット』と書かれた本を見せてくれる。


 最近映画化されたんだっけ、恋愛小説っぽくないタイトルとどんでん返しが話題になってた気がする。


「どんでん返し好きなんですか?」

「これってどんでん返しあるの?他の人の感想とか見ないから全然気にしてなかったよ。でも私登場人物の名前とか伏線とか全然覚えれないんだよね」

「先輩大学行けるんですか、今年受験生ですよね?」


 先輩が作品を楽しめるか以前に進路の心配が先に浮かんできた。


 私達が通っている高校は普通科だから卒業後の進路は基本的に大学進学だ。

 先輩は『夏休みから勉強頑張れば大丈夫!』とか言ってるけど、性格的に冬休みに入っからようやく危機感を持ち始めそうで恐ろしい。


「最悪ましろちゃんの家に居候させてもらおうかな」


 へらへらしながらそんなことを言っているけど、先輩が言うと冗談に聞こえない。居候なんて絶対させないからね?


「『ヒモにだまされそうで心配』とか言ってたの誰でしたっけ?」


 朝のやり取りを思い出しカウンターパンチを繰り出す。


「じゃあ私が稼いでましろちゃんのこと養ってあげる」


『ましろちゃ~ん仕事疲れた~』

『ましろちゃ~んご飯作って~』

 ダル絡みしてくる先輩の姿がたやすく目に浮かぶ。


「ストレスたまりそうなので大丈夫です」

「悲しいこと言わないでよ~いっぱい本買ってあげるよ?」

「……」


 少し心が揺れてしまった自分がいる。


「そうだ、その本買ってあげるから三週間だけ付き合ってみない?」


 固まっている私をみて何を思ったのか、私がまだ手に持っていた『青春矢の如し』を指さしてそんなことを言ってくる。


「急にどうしたんですか?」

「ましろちゃんは朝会ったかっこいい人のこと好きかはっきりさせれる上に本も買ってもらえる、私はましろちゃんに思う存分甘えられる。」


 さっきまでのふんわりとした雰囲気はどこかに飛んでいって、真剣な目つきに変わる。


「どう?Win-Winじゃない?」

 

「それはそうですけど……」


 恋人ができたことなんて一度もないから、何をしたらいいのか全くわからない。現実でも小説みたいないちゃいちゃをするものなのだろうか。


 もしかして先輩とあんなことやそんなことまで……


「耳赤くなってるけど大丈夫?付き合うって言っても手繋ぐとか一緒に昼ごはん食べるくらいだよ~」


 「じゃあ今日から三週間だけですよ、それと私が嫌って言うことはしないでください」


 先輩と付き合ってみて、朝のお姉さんのことが好きなのか憧れなのか確かめるだけだ。それに少しくらいデートの経験あったほうがいいだろうし。


「わかってるよ、大切な後輩だからね」

 

 先輩が目をキラキラとさせながら抱きついてくる。


 髪から香ってくる甘い香りに思わず顔が熱くなる。


「本買ってくれるんですよね?」

「私より本の方が大事なんてひどい!」


 ◇

 

 荷物をドスンと床に置いて自室のベッドに寝転がる。


 私のベッドに陣取っているポメラニアンのモフ太に顔を埋めると一日の疲れが溶けて無くなっていく。


 あの後は本を買ってもらって今日のデートは解散することにした。


 誤解の無いように言うと、『今日はもう帰ろう』と言ったのは先輩だ。

 先輩に本を買わせるだけ買わせて『早く帰りたい』と言ったわけではない。


 今日はすごく疲れた。


 お姉さんに頭ぽんぽんされちゃうし、先輩とは三週間限定で付き合っちゃうし……


 まあ後者は本に釣られた私が悪いんだけど。


 お試しで付き合うなんていいのかな、先輩にもきっと好きな人がいるだろうし……


「モフ太はどうしたらいいと思う?」

「クゥーン」

「わかんないよねごめんごめん」


 モフ太の頭をわしゃわしゃなでると気持ちよさそうに目をつぶるので、思わずもう一度抱きしめる。

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