第二話 雨と先輩と相合い傘

 高校の最寄り駅に着いて電車から降り、ICカードをかざして改札を抜ける。


 きれいなお姉さんに会って、明日も会う約束をするなんて最高の月曜日だ、土砂降りの雨の中で登校しなきゃいけないこと以外は……


 どうやって学校に行こう……


 十分後に雨が弱まるって雨雲レーダーで見たから傘貸しても大丈夫かなって思ったのに、むしろ強くなるなんて思わないじゃん。


 まあ雨が弱まる予報じゃなくても貸してはいたけどさ……

 

「ましろちゃんおはよ~!!」


「カバンを頭に乗せてダッシュするか~」なんて考えていると名前を呼ばれる。


 振り返ると私が所属している文芸部の部長である高橋たかはし紫音しおん先輩が立っている。

 

 茶色く染めた髪をまとめたポニーテールをゆらゆらと揺らしながら近づいてくる。

 

 文芸部にこんなギャルがいるなんて知っていたら絶対入ってなかった。


 静かに小説読んでる三年生の先輩しかいなかったから入ったのに、その先輩が変装して新入生を勧誘するギャルだとは思わないじゃん……


「おはようございます部長」

「堅苦しいから部長って言わないでって言ってるじゃん。しーちゃんって呼んでよ!」

「紫音先輩、傘入れてくれませんか?」

 

 さすがに先輩をあだ名では呼べないので、間をとって下の名前に先輩を付けて呼ぶことにしている。


「ましろちゃん傘忘れたの?」

「まあいろいろあって……」


 電車で会ったきれいなお姉さんと仲良くなりたくて傘貸したなんて言えない。


「かわいそうに、いじめっ子に傘とられたんだね。私が取り返してあげるよ!」


 涙を拭うような仕草をしながら私の肩を抱き寄せてくる。


「違います」


 先輩はすぐ妄想するから早めに否定しておかないと話が膨らんでしまう。


「じゃあなにがあったの?」

「なんでもいいじゃないですか」


 先輩が顎に手を当ててなにか考えている、余計なこと考えなくていいから傘に入れほしい。


「IQ五十三万の私の推測によると……かっこいい人に貸しちゃったとかじゃない?」


 ま~た先輩が変なこと言ってるよ、IQ五十三万とか言ってる人の推測が当たるわけ……


「……」

「あれ?当たってた?」

「ま、まさか当たってるわけないじゃないですか、そんな少女マンガみたいな展開が現実にあるわけ……」

「早口になってるし、耳赤くなってるよ」


 目を細めて、にやにやしながら近づいてくる。


「からかわないでください!」

「ましろちゃんってヒモにだまされそうだよね」


 いつの間にか紫音先輩の両手には腹話術で使うような人形がはめられている。 

 メガネをかけた黒髪ロングの人形とチャラそうな金髪の男の人形だ。

 どこから人形を出したのか少し気になる……


『ましろ~パチンコ行きたいから金ちょうだい』

『前も渡したじゃん、そろそろ仕事してよ』

 

 裏声と低音を織り交ぜながら先輩が人形劇を始める。


『るっせえな! 俺がいなかったらお前は一生一人のさみしい人生なんだからだまって金だけ渡してりゃいいんだよ』

『お金あげるからどこにもいかないで……』


 メガネをかけた人形が泣き崩れて劇が終わったみたいだ。

 先輩が胸を張ってドヤ顔で私を見てくる、先輩から見た私ってそんな感じなの?


「そんな顔で見られましても……」

「結構ありそうだと思ったんだけどな~」

 

 気付けば人形はどこかに消えていた、ほんとにどうやってるんだそれ。


「とりあえず傘入れてください、学校遅れますよ」

「じゃあ『しーちゃんの傘に入れて欲しいにゃん』って言って」

 

 そんなにキラキラした目で見つめられても絶対に言わないからね?


「じゃあ私走って行くんで、後輩がびしょびしょになるのを眺めて心を痛めながら登校してください」


 私が雨の中に足を踏み出そうすると先輩が手首を掴んでくる。


「ごめんごめん。一緒に行こ?」

「なんだかんだ先輩って優しいですよね」

「そうそう、私は優しいんだよ! たまにはしーちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」


 先輩が傘を開きながらそんなことを言ってくる。


「ありがとう、しーちゃん」


 傘に入って、先輩の耳元でささやいてみる。


 先輩がそっぽを向いてなにかつぶやいているので、聞き耳を立てる。


 雨音にかき消されてなにを言ってるかわからなかった。


 ◇


 授業が終わり、図書室に集まって文芸部の活動をしている。

  

 集まって、とは言っているが紫音先輩と私の二人きりだ、名簿上はあと五人いるはずだけど文芸部だからしかたない。


 私は黙々と創作ノートに万年筆を走らせる。


 小説の修正をするときはパソコンとかスマホの方が楽だけど、冒頭の書き出しは紙に書くほうがいい作品が書ける気がする。


 万年筆で小説を書くとテンションがあがるから、という説が私の中では有力だ。


 周りがシャーペン使っている中で自分だけ万年筆使ってるのかっこよくない?


 そんなことを考えていると、朝に降っていた雨も止んで、雲の間からノートに日が差しこんでくる。

 

「ましろちゃん、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 先輩がシャーペンをくるくる回しながら質問してくる。


「なんですか?」

「朝言ってたかっこいい人のこと好きなの?」


 その質問にどう答えればいいかわからない、確かに朝はドキドキしたけど急に近づかれたからかもしれない。


 だってきれいな人が近づくとドキドキするのは全人類共通じゃない?


「よくわかりません……だって女性ですから」


 くるくるまわっているペンが少しずつぶれ始める、ペン回しが得意な先輩にしては珍しい。


「あ~そういうことね。でもましろちゃんって百合好きじゃなかった?」

「現実と創作は違うじゃないですか」

 

 紫音先輩がなにかひらめいた様子でペンを回す手を止め、人差し指をぴんと立てる。


「じゃあ私とデート行こっか」


 なるほど先輩とデートね、デート!?


「冗談はやめてください」

「冗談じゃないよ、ちょー真剣」


 三ヶ月くらいしか一緒にいないけど私にはわかる。


 粘り強く誘われて行くしかなくなるやつだ……


「どこ行くんです?」


 先輩の悲しい顔を見たくないから早めに折れることにした。


「決まってないよ、どこ行きたい?」


 決まってないのにそんな強気に誘えるのは才能だと思う。


「私は本屋くらいしか行きたいところありません」

「じゃあ本屋行こっか、駅前のところでいい?」


 そうだよね、先輩は本屋なんて行かな……聞き間違いかな?

 

 先輩って本とかあんまり読まなさそうだから意外だ。


「本屋行くって言いました?」

「行きたいんじゃないの?それかネイルとか香水とか見に行く?」


 どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。


 下敷きを挟んだままの創作ノートをバッグに入れて立ち上がる。


「はやく本屋行きましょう」

 「ほんと好きだね~」


 先輩も荷物を片付けてのっそりと立ち上がる。

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