今日も電車で百合揺られ
小野飛鳥
第一話 雨と電車とお姉さん
肌をそっとなでるような冷たい風、雨粒が奏でる音。そんな七月の雨が、体の重さを少しだけ取り除いてくれる。
高校に向かうため、回転寿司の自動レーンに乗せられたお寿司みたいに、駅のホームをたんたんと歩く。
そういえばコロナ禍に入ってから自動レーンをあまり見なくなった気がする。回転しない回転寿司なんて恋愛も友情もない高校生活みたいなものなんじゃないかな?
そんなどうでもいいことを考えながら先頭車両の一番前の扉から電車に乗って、運転席の後ろに陣取る。
電車が好きで前に乗りたい人もいるみたいだけど私はそうじゃない。
私は回転しない回転寿司だから、ようするに非リア陰キャぼっちだからだ。
部活の先輩が話しかけてくれるのを除いたら一日で会話するのなんてプリントを回されたときの「ありがとうございます」くらいだ。
そんな教室の隅っこにある掃除道具入れみたいな私が席に座ったせいで他のグループをひとりだけ立たせることになったらつらすぎる。クラスの陽キャを立たせてしまった日には、自責の念に駆られて不登校待ったなしだ。
リュックを降ろし、学校指定の白シャツを少しまくって手首の時計に視線を落とす。
発車まで五分ほどあるので、雨で濡れた髪と肩、スカートを軽くタオルで拭く。
始発駅だと少しだけゆったりできるのがいい。電車くん、このまま動かなくてもいいんだよ。
まだ二割ほどしか濡れていないタオルを首に掛けて、ポケットから出したスマホで小説投稿サイトを開く。
最近は恋愛小説ばかり読んでいる。恋愛小説とは言っても、男女の恋愛は現実とのギャップに心がやられてしまいそうなので百合小説がマイブームだ。
ここ数日は「『好き』を教えてくれたあなた」を朝の電車で読んで小さな幸せを感じている。
好きがわからなかった主人公の心がだんだん動いていくのがいいんだよな、最高に尊い。ふたりを引き離したりしたらこの作者末代まで呪ってやる……
最新話のクリスマスデートでキスシーンが見たいという個人的な願望を胸に読み進めていく。
「なんとか間に合った~!」
いいところだったのに急に現実に戻された……
まあ面と向かって文句なんて言えないんだけどさ……
そんなことを考えていると、ぷしゅーと音を立てて扉が閉まり、電車が動き出す。
最後まで読み切ったのでスマホから目を離して、どんな人に邪魔されたのか確かめるため乗ってきた人をにらみつけ……ようとした。
私はその容姿に釘付けになった。
私よりも頭一個分くらい高い背丈、雨粒をしたたらせるショートカット、スカートからすらっと伸びる長い足。
白シャツの下にうっすらと見える水色の……
急いで目をそらす。
他の人はみんなスマホに夢中だから気にしていないけど、私の心臓が持たない。モデルみたいに美人なお姉さんがこんな無防備な格好をしていていいわけがない。
「すみません、よかったらタオル使ってください」
勇気を振り絞って声をかけたあと、首にかけていたタオルを差し出す。
受け取ってもらえなくてもなくなよ私、声かけただけ優しいからね。
「いいの?」
そうだよね、私なんかのタオルいらな……
お姉さんの顔を見るときょとんと首を傾げて私をじっと見つめている。
顔をそらして一旦深呼吸をする。
「もちろんです。お姉さんかわいいので、その……もうちょっとまわりの目気にしてください」
早口で話して気持ち悪いと思われたくなかったからなるべくゆっくり話すように心がけたつもりだったけど、一気に言わなかったせいで余計に気持ち悪くなってしまったきがする。
私が視線を落として話していたからかお姉さんが胸を見下ろし、なにか気付いたように微笑む。
「そういうことね、ありがとう」
頭をポンポンしてくれて嬉しかったのと同時に耳が熱くなるのを感じた。
朝からきれいなお姉さんに頭ポンポンされちゃった……今世紀の運は使い果たした気がする、悪くない人生だったなぁ。
「顔真っ赤じゃん」
この世のすべてに感謝しているとお姉さんが顔をのぞき込んでくる。まつ毛長いし二重だし、神様いい仕事してるな~
今って今季アニメの作画を評価する時間だったっけ?
「別に下心とかあるわけじゃなくて……」
「わかってるってば」
必死に弁明する私の肩をぽんぽんと叩いてから、タオルをたたんで返してくれる。
心なしかタオルがキラキラと輝いてるような気がする。
家で使っている柔軟剤とは違う香りがしてくる、お姉さんが付けてる香水だったりして……
「このタオルあげます」
第六感が働いて反射的にそう答えてしまう。
一応タオルを返してもらった場合を考えてみる。
タオルについたお姉さんの匂いを嗅いで一日中悶々としている怪物が高校の教室に出現してしまうのはさすがにまずい……
「いいの?結構良さそうなタオルだけど」
「お姉さんに使ってもらえるならタオルも本望だと思います」
この状況で『いい香りがしておかしくなっちゃいそうなので大丈夫です』なんて言おうものなら軽蔑の目を向けられること間違いなしだろう。
それはそれであり……かも?
変な考えが一瞬よぎったけど口に出してないからお姉さんがテレパシストでも無い限りセーフだと思う。
「さっきから丁寧にお姉さんって言ってくれてるけど、私高三だからもっと砕けたしゃべり方してくれていいよ」
「え?」
理解するまで少し時間がかかってしまったけど、よく考えれば制服を着てる時点で高校生だろう。
「私老けて見えるかな~」
「そんなことないです!」
首をぶんぶん横に振って否定する。
「ありがと、名前なんて言うの?」
「
「ましろちゃんか~かわいい名前だね」
名前を呼ばれて心臓がバクバクする。
私も名前聞きたいけど気持ち悪いかな?
「あの……」
「どうしたの?」
お姉さんが優しく聞き返してくれる。
そんなに見つめられると名前聞くどころか今すぐこの場から逃げ出したくなる。
本題に入るまでに一旦他の話題を経由しよう。
「お姉さんと仲良くなりたいです」
せめてもの勇気を振り絞って声を出すと、お姉さんの口角が上がる。
「うれしいこと言ってくれるじゃん。だけど次の駅で降りないといけないんだ」
「じゃあこの傘持っていってください」
もっとお姉さんとお話したい、仲良くなりたい。
「大丈夫だって、私走るの速いから」
その言葉はお姉さんなりの気遣いで、私とはもう話したくないのかもしれない。
「風邪引いちゃうからだめです」
「馬鹿は風邪引かないって言うし」
「明日も同じ電車乗りたいんです……それでも傘、いらないですか?」
こんな運命的な出会いを無駄にしたくない、その思いにブレーキをかけることは出来なかった。
「そういうことね」
お姉さんはほほえみながら頷いて傘を受け取ってくれる。
「だけどましろちゃんも風邪引いちゃだめだよ」
「大丈夫です、馬鹿は風邪引かないんで」
電車が停車して、よろけたお姉さんに壁ドンされる。
「また明日」
私が少しでも動けば唇が重なってしまいそうな近さでそんなことをささやかれる。
頬を桜色にそめて微笑んでいるお姉さんが外の空気と入れ替わりで電車を降りていく。
熱くなった私の頬を冷たい風がなでる。
「好き……かも……」
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