第四話 晴れと再会と嫉妬心 

 今日も昨日と同じように駅のホームを歩いている。


 違うことと言えば、今日は太陽が照りつけていて昨日の雨が嘘みたいに暑いこと、それとお姉さんに会えるから足取りが軽いことだ。


 昨日より早く電車に乗れたから席はいくつか空いていたけど、やっぱり運転席の後ろが落ち着く。


 すみっこっていいよね……


 リュックを足元に降ろして、スマホを取り出す。


 「ましろちゃんだよね?」

 

 お姉さんがくるまで電子書籍を読んでおこう、そんなことを考えていると名前を呼ばれ、つい肩を震わせてしまう。


 顔を上げると、快晴なのに傘を持った美女が首をかしげて私のことをじっと見つめている。

 

 お姉さんだ。


「おはよ、昨日は傘ありがとね」

「濡れませんでした?」

「おかげ様で全然大丈夫だったよ」


 ピースをしながら白い歯を見せてくる。


「そういえばあの後雨強くなったけど大丈夫だった?」

「たまたま部活の先輩がいたので傘に入れてもらいました」


 私がそう言った瞬間、お姉さんの笑顔が一瞬曇った気がした。


「そっか~じゃあ傘借りない方がよかったかな~」

「結果的にふたりとも濡れなかったからいいんじゃないですか?」

「それはそうだけどさ~私が傘借りたからましろちゃんは先輩と相合い傘することになったんでしょ?」


 当たり前のことを言ってくるので思わず、『ふふっ』と笑い声が漏れてしまう。傘持ってるのに相合い傘するなんてカップルくらいだろう。


「傘持ってたら相合い傘なんてしませんよ、お姉さんって面白いこと言うんですね」

「そうじゃなくて……」


 お姉さんが髪の毛の先をくるくると指先でいじりながら何かを言おうとしている。


「そうじゃなくて?」

「やっぱ今のなし!忘れて忘れて!」


 腕で大きくバツをつくりながらそんなことを言ってくる。


「何もないならいいですけど……」


 そういえばまだ名前教えてもらってないな……


「あの、お姉さんの名前教えて欲しいです。いつまでもお姉さん呼びだとちょっと寂しいので……」

「そういえば言って無かったね、佐藤さとうみどりだよ。そうだな~呼ぶなら……」


 佐藤翠、頭の中で反芻する。紫音先輩の前例からして、呼ぶならみーちゃんとかかな?


「みーちゃん……ですか?」

「急にあだ名!?翠先輩とかじゃない?」


 あだ名で呼ばせようとしてくるのなんて紫音先輩くらいで、普通は下の名前に先輩だよね。


「部活の先輩があだ名で呼ばせようとしてくるのでそういうものかと思ってました」

「たまにそういう人いるよね、あだ名で呼ばないとすぐすねる人」


 紫音先輩の例を出してなんとか言い訳すると、やわらかい笑みでうんうん、と頷いてくれる。


「ましろちゃんはかわいいな~」

 

 先輩の笑顔に見とれていると、私の頭に手が伸びてくる。


「……」

「ましろちゃん見てると昔のこと思い出しちゃってつい……嫌だったかな?」


 翠先輩ってお姉ちゃんって感じの雰囲気あるし、妹のお世話とか思い出してるのかな?


「むしろ嬉しいくらいです……妹さんとかいるんですか?」

「まあそんなとこかな……」


 妹のお世話を思い出してるわけではなさそうだ。思い出のアルバムを眺めるみたいな目つきで、遠くを眺めている。


「よかったらRime交換しませんか?出来れば帰りも一緒の電車に乗りたいです」

「いいよ、私もましろちゃんと帰りたい」

 

 窓から差し込む光が翠先輩を天使みたいに輝かせている。


 ◇


 紫音先輩に朝あったことを喜々としてRimeした結果、部活があるわけでもないのに放課後の図書室に呼び出されている。


 私達以外に生徒の姿はなくて、司書の先生がひとりカウンターにいるだけだ。

 

 その先生も必死にカタカタとキーボードを打っていて、私達を気にしている様子は露程も無い。


「詳しく聞かせてもらおうか、ましろちゃん?」


 あだ名呼びして驚かれたこと、頭をなでられたこと、Rime交換したこと……


 私は朝の出来事を詳しく話した。


「なるほど……有罪!」


 眉間にしわを寄せながら私の話を聞き終えたかと思ったら、満面の笑みで親指をグッと立てながらそんなことを言ってくる。


 表情と言動が全く合ってない!


「出会って二日の人に後輩をとられそうになって嫉妬してます?」

「私とRime交換したの出会って一ヶ月以上経ってからだったから驚いてるだけ」


 口をとがらせている先輩がかわいい。こういう顔を時々見せてくるから、ついからかいたくなっちゃうんだよね。


「先輩ってたまにかわいいところありますよね」

「たまには余計だよ!」


 先輩が腕を組んでそっぽを向いてしまった。話してくれなくなると寂しいので朝私がされたように頭をなでてみる。


「よしよし~」

「頭なでるな~」


 腕をぶんぶんと振って抵抗する仕草が犬みたいでかわいい。


 もっと先輩の反応が見たくなって脇腹に手を伸ばす。


 先輩は付き合ってることを盾にして私を責めてきてるんだから、私だってこれくらいしてもいいよね。


「こしょこしょ~」

「くすぐったいってば~」


 机の上に出していたスマホの画面が白く光り、メールの通知が浮かぶ。


『ましろちゃん授業終わったかな?』

『電車に乗ったら教えて欲しいな』


 翠先輩からのメールだということに気づいて、紫音先輩をくすぐる手を止める。


「そろそろ帰りますね」

「彼女置いて他の女のところに行くなんてさいてー」


 私が荷物をまとめているとぶーぶー文句を言ってくる。


「晴れの日は先輩自転車登校なんだからしかたないでしょ」

「じゃあぎゅーして」


 先輩、やっぱり顔はいいんだよな……

 ポニーテールをゆらゆらとさせながらハグを待っている。


 ハグなんて無縁の人生を送ってきたからよくわからないけど、とりあえず抱きしめればいいのかな?


「こんな感じでいいですか?」

「ありがとう、すごい幸せ」

 

 やわらかい声と先輩の髪から香ってくる甘い匂いに包まれる。


 先輩の温かい手が私の首に触れて、なかなか離してくれない。


 先輩って結構甘えん坊なんだな、と思っているとプシュッという音がして冷たい物が首にかかってくる。


「なにかけたんですか!」

「私とおそろいの香水だよ。元カノも好きって言ってくれてたんだ~」

「他の女子に嫉妬するくせに自分は昔の恋人出してくるのどうなんですか?」

「ましろちゃん嫉妬してるの?私はずっとこのままでもいいよ~」 

「してません!もう帰ります!」


 先輩と本当に付き合う人は大変なんだろうな。

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