第2話 贅沢な護衛



「………随分と大きくなった、な…?……リ、リィ?」

「はい、先生!」


 ほっ…どうやら名前はあっていたようだ。


 リリィ、確か俺が一番最初に出荷した商品である。


 外見はぼんやり覚えているが、流石に十年以上も前のことなのでちゃんと覚えているわけがない。確かにこんな外見だった気もするが…うーん?


 椅子に座る俺の膝上に堂々と乗りいい匂いを漂わせる美しい少女。


 毛先が金色になった白金色のふんわりとした長い髪と翡翠色の大きな瞳、少女らしい小柄な体格。


 まるで天使と言われてもおかしくないほど美しく、そのオーラが普通の人間とはまるで違う。


 目の前で人を殺…いや、消滅させといて随分と可愛らしい笑顔である。


「そ、そういえばさっきのやつは…?」

「さっきの…?あぁ、あの方ですか?先生に襲いかかろうとしていたので、浄化してしまいました。あ、もしかしてお客様でしたか!?」

「い、いや!そういうわけじゃない、むしろ助かったよ、ハハ…」


 俺がそう言うと、褒めて褒めてと言うように頭を擦り寄せてくる。


 浄化って何!?生身の人間を浄化って何だよ!?!


 まるで当然のようにそう答えたリリィに内心では戦々恐々としながらも、どうにか取り繕って話を変える。


 どうなったかは気になるが、藪を突突いて蛇を出すような真似はしたくない。忘れよう。うん…


「そういえば、どうしてここに?里帰りとか、聖女ってのはそんなことしてる暇なんてないだろ?」

「あ、はい。それはですね、こちらを…」


エイル殿


貴殿がこれまでに世へ送り出した数多の聖女は、各地で奇跡をもたらし、多くの命を救ってまいりました。

その功績は、まさに神の導きによるものであり、我ら聖国にとっても掛け替えのない宝でございます。


しかし、貴殿の存在が公となった今、悪しき勢力が貴殿を狙う危険が高まっております。

特に、聖女を生み出す貴殿の能力は非常に稀有であり、奪おうとする者、利用しようとする者が現れることは必定です。


よって、聖国は貴殿の身柄を保護するため、常時護衛を付けることを決定いたしました。

その際、最大限の安全の為に、聖女を護衛とし、護衛となる聖女は、貴殿にとって面識のある者が望ましいと判断し、まずは聖光の聖女リリィを派遣いたします。


なお、この護衛任務以外の聖女としての任務もあるため、交代制とし、一定期間ごとに別の聖女が貴殿の元に赴きます。


本件は貴殿の安全と、今後も聖女を世に送り出すための環境を守るための措置であり、何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。


 エルンスト・ファルディア


 随分と仰々しく長々と書かれていたが、要約すると…


「はんはん…聖女を生み出す俺が貴重だから聖女を派遣して保護するよ、派遣する聖女は君の知り合いのほうが都合がいいよね〜ってことか…」


 俺は随分と高く評価されてしまっているようだ。


 にしてもエルンスト…どこかで聞いたことのあるような名前だが、誰だったか…?


 まあいい。つまり彼女は護衛と言うことだ。護衛、護衛か…


「……まあ、理由はわかった。だがなぁ…」


 俺は手紙を机に置き、目の前で微笑むリリィを見た。


 護衛。つまりは俺の身を守るために、この聖女、リリィが常に側にいるわけだ。


 ……うーん。正直、ありがたいかどうかは微妙だ。


 確かに俺の身は安全になるだろう。だが、聖女というのは基本的に高嶺の花で、周囲からの注目を集めやすい。


 そんな存在が常に傍にいれば、俺がどこへ行っても人目を引くし、何より商売がやりづらくなる。


 加えて、聖女という立場。孤児院の雑務や金のやりくりなんてできるとしてもやらせるわけには行かないだろう。


 つまり、彼女は俺のそばでただついてくる看板程度にしか役に立たないのだ。


 しかし、聖女相手に「帰ってくれ」とも言えない。


 いや、多分この妙ななつき具合からして言えるだろうが、教会からの心証は最悪になる。


 それに聖女という護衛がいるということは、逆に俺が「そのレベルの貴重な存在」に見えるわけで、それはそれで交渉材料にも使える。


 つまり、うまく使えば、こっちの得になる可能性もあるってことだ。


「……ま、しばらく様子見ってところか」

「…?」


 俺は椅子に背を預け、そう結論を出す。


 その時、階下から足音が近づいてきた。


「院長、みんなようやく寝ましたよ…全然手伝いに来てくれなくて大変だったんですか、ら……」


 ガチャリ。


 そんな音と共に、部屋の扉が開いた。


 そこに立っていたのは、シスター服を来た腰まで届くくらいの美しい白髪を持つ美女、ヒマリであった。


 俺の拾った孤児で、今ではこの孤児院の最年長なのだが、どうにか売ろうにも売るタイミングで何故か家出してしまう困った娘である。


 年齢は18。本当に売れる気配がないので、こうなったら孤児院の雑用を本格的に任せてやろうかと教育している最中だ。


 そんなヒマリは部屋に入った瞬間、俺の膝の上にちょこんと座るリリィを見て、ピタリと動きを止めた。


 そして、ほんの一拍の沈黙の後――。


「……事案ですか」

「ちゃうわ!!」


 即座に否定したが、ヒマリはじとーっとした目でこちらを見る。


「だって、院長、普段は子供に触られると『はいはい、そこまでな』って距離取るじゃないですか。それが今日、こんな夜中に、見知らぬ美少女を膝に乗せて……」

「いや、この娘はだなぁ…」

「私は先生の護衛です!」


 リリィが元気よく割り込む。


「ほら、本人がそう言ってるだろ」

「いやいや、護衛とか嘘ですよね。そんな幼気な少女に手を出して…私とは遊びだったんですか?」

「手も出していないしそもそもてめぇとはなんの関係もないだろうが!」

「先生?私というものがありながらこの女に手を…?どうしてですか!?先生!私との約束を忘れたのですか!!?」

「約束って何!?ちょ、俺の上で暴れんなぁいだっ!?」


 ヒマリが俺達へと詰め寄った上に、リリィも暴れ出し、俺はバランスを崩して椅子から転げ落ちる。


 そんな騒ぎに、ようやく寝たはずの子供達がぞろぞろと部屋までやってくる。


「せんせー?どうしたのー?」

「うるさーい」

「わ!その人だぁれ?お姫様!?」

「おい!お前らさっさと離れうっ!?腹の上で暴れるぐ!?ちょ、首、くびぃ…」

「先生から離れてください!むー!!」

「ちょ、なんですか、新参者のくせしてもう院長のパートナー気分ですか。別に私としては院長はどうでもいいですが、院長を手に入れたければまずこの私を…」


 そうして、エイルは二人に押しつぶされそうになりながら、心の中で勘弁してくれと涙を流すのであった。

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