孤児院作って奴隷や孤児を拾っては売り捌いていたのですが聖女を量産していたそうです

座頭海月

第一章 救う光

第1話 孤児院ビジネス


 街外れの古びたレンガ造りの建物――それが、エイルの経営する孤児院だった。周囲には人影もまばらで、道を歩く人々には、この建物など眼中にもない。


 エイル自身も、そんな孤児院の外見に関して特に気にしてはいなかった。ボロボロでも雨風は凌げるし、中は思ったより清潔である。


「さて、今日もガキ共の世話でもするかね……」


 肩をすくめ、エイルはそう呟く。孤児院の子供たちは、彼にとって感情移入の対象ではなく、単なる商売の道具であった。


 拾った孤児や安い奴隷を数年間教育し、ある程度手元で面倒を見た後、少しだけ利益を上乗せして合法な所に売る。それだけの話だ。


 建物の中からは、元気な子供たちの声が響く。


 小さな手で雑巾を使い床を磨く子、ほこりを払う子、庭の花を水やりする子たち。


「よーし、掃除はここまで。終わったらおやつの時間だ、手洗ってヒマリのところに行くんだぞ〜」

「はーい!」


 一斉に返事を返す子供たちの声に、エイルはその姿を眺めながら、心の中で淡々と計算をする。


(よし、育てた分くらいはちゃんと回収できそうだな……)


 エイルにとって、孤児院は慈善施設ではない。生きるためのビジネスであり、子供たちは商品であり、収入源である。情に流されることもほとんどない。


 ちなみに、ここにいる者たちは全員が女児である。


 男性に恐怖心を抱く子がいるため、というもっともらしい理由をつけてはいるが、実際は女児のほうが売れるからである。


 だから、子供たちが泣こうが笑おうが、彼はあまり気にしない。もちろん、最低限の世話はするし、慰めたりもするが、それは商売を円滑に進めるために必要なことだ。


 見る限り今売れ時の商品は三人程度。どれも頭も良く見た目も悪くない。時期としても丁度いい。新しい顧客を得るためにも、そろそろ新しい所に売りに出してみてもいいかもしれないな。


 新しいところとなると扱いが悪いところもあるかもしれないが…


「買われた先でどうなろうが、俺には関係ない、か…」


 そう呟くエイルの表情は、淡々としている。商売に必要な最低限の愛情だけが混じる、微妙なバランスの笑みだった。


 孤児院の裏庭には、小さな菜園があり、子供たちが手伝っている。自給自足というやつだ。


 そんな菜園からはニンジンや大根、ハーブの香りが漂い、建物の古びた雰囲気を少し和らげる。


 エイルは部屋へと目を移すと、そこにはお菓子を取り合う子供たちの姿があった。そんな様子をぼんやり眺めたあと、自室へと戻りエイルは机の上の書類をチェックし、商人としての仕事を始める。


「……ここ、ちょっと金払い渋いんだよなぁ、待遇は悪くないみたいだが…」


 エイルの孤児院は、表向きは『孤児たちを保護し、育てる施設』だが、彼自身にとってはあくまで商売でしかなかった。


「次はどこに売ろうかねぇ…」


 今日もエイルは、少女達の状態や売り先の確認しながら、取引相手について頭を悩ませる。


 市場相場や相手の信頼度なども考慮する。もちろん、慈善とか未来の幸福などは頭の片隅にもない。淡々と、利益を確保できるかだけを計算する。


 犯罪組織などに売ったりすることはしない。売り先は常に、修道院や教会本部など、子供たちの将来が保証される場所だ。


 人を売ったりしていても、現代に生きていたエイルは流石にそこまで非道にはなりきれないのだった。


「ん、またか……?」


 そこで、ふと前回の取引先からの手紙が目に入り、エイルは不思議そうな顔を浮かべる。


 そこには、とある少女がどこかの国に攻め入らんとする万の軍勢の魔物を追い払った、なんていう内容の手紙であった。


 だが、こういった手紙は不思議と珍しくない。


 初めての取引のとき、彼は一人の少女を連れて修道院を訪れた。


 修道院の院長は彼女を温かく迎え入れ、必要な教育と訓練を施すと約束した。


 エイルとしてはただ商売の契約を済ませ、淡々と皮袋に入った人を売ったにしては少ない金銭を受け取っただけだ。


 しかし後日、エイルの耳に入った噂話。


 その少女はとても大きな奇跡を起こし、神の力で病人を癒し、凶暴な魔物を退けているという。


 エイルは首をかしげる。


「……うちでは使えなかったのになぁ…」


 そして、次の子も、また次の子も同じようなパターンであった。


 別に意識していなかったのだが、よく調べると売り先はすべて名のある場所で、子供たちは自然に“良い育成環境”に置かれ、次第に聖女としての素質を開花させていく。


 おそらく俺が育てていなくとも、そこに保護されていれば皆そういう奇跡を起こせるのだろう。だが、そんな偶然にも関わらず、修道院や教会から届く手紙には、いつも感謝の言葉が並んでいた。


「『リリィは病を癒す力に優れ、様々な国の人々を救っております』『バーベナは幼い孤児たちに知識と勇気を与えています』…ねぇ?」


 エイルは手紙を読みながら、軽く目を細める。


「んならもっと高値で売れるか…?あと金貨一枚上乗せして…」


 もちろん彼は決してそんな手紙に感動したわけではない。あくまで商売感覚のまま、次の取引先や金額を頭の中で整理する。


 だが、事実として子供たちはすでに、偶然にも聖女として育ち始めていたのだ。


 商売としての孤児院は、エイルにとって成功の連続だった。それは、世界的には「奇跡の連鎖」を生む結果になっていたが、本人はまったく知らない。


「いや、欲をかき過ぎるのは良くないか…銀貨30枚…いや、25枚上乗せで…」


 エイルの孤児院ビジネスは、知らぬ間に聖女を量産するシステムとなりつつあった。


 そんなある日、教会から手紙が届いた。


エイル様

貴方様のご紹介で修道院に来た子供たちは、すでに世界中の人々を助け、数々の奇跡を起こしております。

つきましては、正式に貴方を『聖人』として認定いたします。


 エイルは目を丸くし、手紙を地面に落とす。


「……え?聖人認定…?は?な、何が起きて…」


 聖人認定。それは世界に多大なる利益を齎したと聖国の教皇より授けられるもの。


 聖人として認定される人物としては、勇者や救国の英雄、神の使徒など、そういった人物ばかり。


「それに、俺が…?」


 エイルは混乱状態に陥った。


 だが、教会から見れば彼は数多くの聖女の育て親であり、数々の奇跡を間接的に生み出した立役者である。


 おそらく、聖女を介して救った人の数は、数百万人規模であろう。


 ただ、それはエイルが介入したわけではなく、完全に売った先の環境と彼女達個人の才能という偶然の賜物だった。


 それでも結果として、エイルは“聖女の育て親”として教会から認められたのだ。


 その功績は、金貨をどれだけ積んだとしても、称えることのできないほど大きなもので、そのため聖人として認定されたのである。


 ただ、これがいけなかった。


 本来、聖人認定というのは彼にとって大きなメリットである。彼の売る少女達はプレミア値が付く。おそらく一人金貨100枚、日本円換算だと一千万円の値段でも足りないくらいだ。当然である。聖女という存在はとても価値の高い存在なのだ。


 そしてそれはデメリットにもなる。そう、それを手に入れようとする者たちもまた存在するのだ。


「ふーん、ここが依頼の孤児院か?随分とボロクセェなぁ?」

「………ん?」


 悪意ある者たちの情報は早い。彼らは誰よりも早くその金のなる木を手に入れようとするだろう。そう、こんなふうに。


 扉を乱雑に開け入ってきたのは、いかにも傭兵ですよと言わんばかりにガラの悪い大男。


「おい、アンタ誰だ?ここらの人間じゃ…うわっ!?」 「うるせぇ。お前がエイルで間違いないか?」


 大きな戦斧が振り下ろされ、目の前の机が叩き斬られる。


「……あぁ、そうだ」


 ここで嘘を言えば命はない。ガラはともかく、この男、相当強い。相手の殺意を感じエイルはそう正直に答える。


「お?まじ?人探しとか面倒クセェと思ったが、簡単に見つかってくれて助かるぜ。んじゃ、オレについてきてもらお───」


 その瞬間、眩い光の柱によって目の前にいた男が飲み込まれ、消失する。


「────え?」

「間に合いました、先生…!」


 それと同時に、窓から現れエイルに抱きついたのは、真っ白な修道服を身に纏った、白金色の髪の天使だった。

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