第12話:たくましき人々

夕食を食べながら、二人は具体的な資金調達計画を詰めていった。


美琴がノートパソコンを開き、都内の買取所をリストアップする。


「ダンジョン入口の買取所以外にも、新宿、渋谷、池袋、上野に独立した買取所があります」


「じゃあ、今週の土曜日に売りに行こう。それぞれで1個ずつ売れば400万円くらいになる」


「そうですね。ルートを効率的に組めば、午前中で回れるかもしれません」


画面に地図を表示させ、最適なルートを検討する。新宿を起点に、山手線で渋谷、池袋、上野と回れば効率的だ。


「午後は種シリーズを買いに行きましょう」


「どこの店に行けば売ってるかな?」


「秋葉原にある、協会の本店なら売ってるんじゃないでしょうか」


計画が決まると、二人は少し安心した表情を見せた。


「土曜日は朝から行動しましょう。いつものダンジョン探索の時間から」


「ああ、朝9時ごろ出発でいいかな」


「はい、大丈夫です」


食後のお茶を飲みながら、二人は土曜日の詳細なタイムスケジュールを組んでいった。


 ◇ ◇ ◇


「ところで」


美琴が図書館で借りてきた本を取り出した。


「ラグランジュ点について少し調べてみたんです」


「へえ、どんなことが書いてあった?」


美琴は本を開きながら説明を始めた。


「ラグランジュ点は、天体力学的に安定した位置なんだそうです。地球と月の重力が釣り合う場所で、そこに置かれた物体は、相対的な位置を保ち続けるんだとか」


「つまり、第二の月はそこに留まり続ける?」


「理論上はそうなります。ラグランジュ点に出現したのは不幸中の幸いかもしれません」


「どういうこと?」


「もし月のすぐ隣に複製されていたら、重力の影響で軌道が乱れて、最悪の場合……」


美琴は言葉を濁したが、悠真にも想像がついた。月同士の衝突、あるいは地球への落下。


「そう考えると、確かに助かったな」


「はい。『無限複製』のスキル自体に、何か安全装置のようなものがあるのかもしれませんね」


「安全装置?」


「大きすぎるものを複製した場合は、自動的に安全な場所を選ぶとか。でなければ、もっと危険な位置に出現してもおかしくなかったはずです」


美琴の推測は理にかなっていた。スキルが意図的に、最も安定した位置を選んで複製したとすれば、それはそれで興味深い。


「スキルにそんな高度な判断力があるのか……」


「あくまで推測ですけどね。でも、結果的に最悪の事態は避けられました」


 ◇ ◇ ◇


夜10時過ぎ、美琴が帰り支度を始めた。


「今日も遅くまでありがとう」


「いえいえ。明日は8時に出発でいいですか?」


「ああ。準備しておくよ」


玄関まで見送る。美琴が振り返って微笑んだ。


「おやすみなさい、悠真さん。あまり思い詰めないでくださいね」


「分かってる。おやすみ」


「それじゃ、また明日」


ドアが閉まり、隣の部屋に入っていく足音が聞こえた。しばらくすると、壁の向こうから生活音が聞こえてくる。


悠真は一人になった部屋で、今日手に入れた新しい剣を眺めた。『銀狼の牙』――月の加護を持つ剣。皮肉な巡り合わせだが、これも何かの縁かもしれない。


ベランダに出て、夜空を見上げる。予想通り、2つの月が不気味に輝いていた。片方はいつもの位置に、もう片方は60度離れた位置に。


「まさか本当に複製されるとはな……」


悠真は苦笑いを浮かべた。確かに軽率だったが、後悔していても仕方がない。今は解決策を見つけることに集中すべきだ。


ニュースアプリを開くと、相変わらず月の話題で持ちきりだった。科学者たちの見解、各国政府の対応、市民の反応。中には「世界の終わりだ」と騒ぐ終末論者もいるようだ。


「まあ、何とかなるさ」


悠真はスマートフォンを置いて、シャワーを浴びることにした。明日からまた忙しくなる。今は体を休めることが大切だ。


 ◇ ◇ ◇


その頃、世界では緊急事態への対応が続いていた。


ニューヨークの国連本部では、安全保障理事会の緊急会合が開かれていた。各国の代表が円卓を囲み、深刻な表情で議論を交わしている。


「これは自然現象なのか、それとも何者かの仕業なのか」


「仮に人為的なものだとして、一体誰にこんなことが可能なのか」


「我が国の科学者たちも困惑している。物理法則を無視した現象だ」


「我々の技術では説明がつかない。まるで魔法のようだ」


議論は平行線をたどるばかりだった。原因が分からない以上、対策の立てようがない。


日本代表が発言を求めた。


「当面は、潮汐の変化によって被害が生じないか、監視を強化すべきではないでしょうか」


「確かに、実害への対処が優先だ」


各国代表も賛成し、ひとまず各国が協力して監視の強化に取り組むことが決まった。


 ◇ ◇ ◇


東京の某天文台では、若い研究者たちが徹夜で観測を続けていた。


「信じられない。本当に月と全く同じ反射スペクトルだ」


「質量は?」


「レーザー測距の結果、月と同じ質量を持っていると推定される」


「表面の地形も一致してる。クレーターの位置、大きさ、全て同じだ」


観測データが積み重なるほど、謎は深まるばかりだった。


「まるでコピー機で複製したような……」


若い女性研究者が呟いた。


「もしかして、これって探索者のスキルとか? ダンジョンが現れてから、常識は通用しなくなったし」


しかし、その言葉は上司に一笑に付された。


「馬鹿を言うな。いくら探索者でも、天体を作り出すなんて不可能だ。第一、そんなスキルがあったら、とっくに話題になっているはずだ」


「そうですよね……すみません」


確かに、これまで発見されたスキルの中に、これほど大規模な現象を起こせるものはなかった。せいぜい、半径数十メートルの範囲に影響を与える程度だ。


「とにかく、観測を続けるしかない。何か手がかりが見つかるかもしれない」


研究者たちは、疲れた体に鞭打って作業を続けた。


 ◇ ◇ ◇


一方、都内のあるバーでは、探索者たちが月の話題で盛り上がっていた。


「おい、見たか? 月が2つになってるぜ」


「ああ、朝からニュースで大騒ぎだ」


「俺の予想じゃ、ダンジョンの影響だな。10年前に突然現れたんだから、今度は月が増えてもおかしくない」


ベテラン探索者たちが、それぞれの推測を述べ合う。


「いや、これは異世界からの侵略の前兆だ」


「馬鹿言え。侵略するなら、もっと効率的な方法があるだろ」


「じゃあ何だってんだ?」


議論は白熱したが、結論は出ない。


バーテンダーが苦笑しながらグラスを磨いている。


「まあまあ、皆さん。原因はどうあれ、我々にできることは変わりませんよ」


「確かにな。明日もダンジョンに潜って、モンスターを倒して、素材を集める」


「そうそう。月が何個になろうと、俺たちの仕事は変わらない」


探索者たちは乾杯し、いつもの日常に戻っていった。


 ◇ ◇ ◇


深夜、悠真はベッドの中で考えていた。


今後の計画は決まった。魔石を売って資金を作り、種シリーズを購入する。それを大量に複製して使用すれば、ステータスが大幅に向上するはずだ。


レベルアップには時間がかかるが、この方法なら即効性がある。ステータスが上がれば、より上位の階層にも挑戦できるようになり、レベルアップも早まる。


「上手くいけばいいけどな」


不安もある。種シリーズを大量に使った例は聞いたことがない。もしかしたら、予期せぬ副作用があるかもしれない。


でも、やるしかない。2つになった月を元に戻すためには、ある程度のリスクは覚悟の上だ。


窓から差し込む月明かりが、いつもより明るい。2つの月の光が重なり合い、部屋を青白く照らしている。


「まったく、とんでもないことになったな」


自嘲気味に呟いて、悠真は目を閉じた。


あまり気にし過ぎても仕方がない、週末までは今まで通りに過ごすとしよう。

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