第11話:希望はハズレアイテムの中に

「いらっしゃい」


店に入ると、奥から白髪の老人が顔を出した。鋭い眼光と、職人らしい頑固そうな顔立ち。武光老人――この店の店主にして、凄腕の刀匠だ。


「新しい剣をお探しかな?」


「はい。昨日、愛用の剣が折れてしまって」


悠真が事情を説明すると、武光老人は興味深そうに頷いた。


「ミノタウロスと戦って折れたか。相当な激戦だったようだな」


「まさか10階層にミノタウロスが出るとは思いませんでした」


「ふむ、最近はダンジョンも不安定だからな。で、どんな剣が欲しいんじゃ?」


悠真は自分の戦闘スタイルを詳しく説明した。前衛で戦うこと、攻守のバランスを重視すること、激しい戦闘にも耐える耐久性が必要なこと、そして予算が100万円程度であること。


「なるほど、なるほど」


武光老人は顎髭を撫でながら、しばらく考え込んだ。


「よし、ちょうど良いものがある。ちょっと待っててくれ」


老人は店の奥に消え、しばらくして3本の剣を抱えて戻ってきた。それぞれが布に包まれており、慎重に扱われているのが分かる。


「まずはこれ。『風切りの剣』じゃ」


最初の布を解くと、細身で優美な剣が現れた。刀身には風を思わせる流麗な紋様が刻まれており、光の角度によって模様が変化する。


「軽くて扱いやすい。素早い連撃を得意とする者向けじゃな。風の加護により、振るう速度が速くなる。値段は65万円じゃ」


悠真は実際に手に取ってみた。確かに驚くほど軽い。片手でも楽に振れる重さだ。素振りをしてみると、空気を切る音が心地よく響いた。


「軽いですね。でも……」


「物足りないか?」


「少し、威力不足かもしれません」


武光老人は頷いた。


「正直者じゃな。では次はこれ。『岩砕きの大剣』じゃ」


2本目の布を解くと、対照的に重厚な大剣が現れた。幅広の刀身は、見るからに破壊力を秘めている。柄も太く、両手でしっかりと握れる設計だった。


「力自慢向けの武器じゃ。この重さが、そのまま破壊力になる。防御力の高い敵にも有効じゃ。地の加護により、一撃の威力が高まるぞ。値段は85万円じゃ」


持ってみると、確かにずっしりと重い。片手では扱いきれない重量だ。両手で構えて振ってみたが、悠真の戦闘スタイルには合わない気がした。


「威力は申し分ないですが、機動力が犠牲になりそうです」


「ふむ、君の戦い方には向かんか。では最後じゃ。これが一番のお勧めじゃよ」


3本目の布を解くと、前の2本の中間的な剣が現れた。適度な重さと長さを持ち、刀身には狼の牙を思わせる鋭い輝きがあった。


「『銀狼の牙』じゃ。攻撃力、防御力、機動力、全てのバランスが取れておる。何より耐久性が高い。並みの剣の3倍は持つ」


「3倍も?」


「特殊な鍛造法を使っておる。詳しくは企業秘密じゃが、月の加護により耐久性を高めておる。値段は75万円じゃ」


悠真はこの剣に心惹かれた。手に取ると、不思議と馴染む感覚がある。重すぎず軽すぎず、まさに理想的なバランスだった。


「月の加護……」


皮肉なことに、2つになった月の下では、この効果も強まるのだろうか。


「悠真さん、それいいと思います」


美琴も賛成してくれた。彼女の目から見ても、この剣が悠真に最も適していると感じたようだ。


「俺もそう思う。これにします」


 ◇ ◇ ◇


購入手続きを済ませながら、武光老人が世間話を始めた。


「それにしても、月が2つになるとはな。長生きしていると、いろんなことがあるもんじゃ」


悠真は内心ひやりとしたが、平静を装った。


「本当に驚きました」


「ダンジョンが現れた時も驚いたが、今回はそれ以上じゃ。まあ、わしら職人には関係ないがな。わしらはただ、良い武器を作り続けるだけじゃよ」


支払いを済ませ、新しい剣を専用の鞘に納めた。背中に背負うと、程よい重さが体に伝わってくる。


「大切に使わせていただきます」


「うむ。その剣なら、君を必ず守ってくれるじゃろう」


店を出ると、夕方の商店街は買い物客で賑わっていた。八百屋の店先では、主婦たちが月の話をしながら野菜を選んでいる。


「2つも月があったら、大根も2倍育つかしら」


「そんなわけないでしょ」


人々のたくましさに、悠真は少し救われた気がした。


「いい買い物ができました」


「ああ。これで今週末からまた探索に行ける」


武器工房を出て、駅に向かいながら歩く。夕方の空は茜色に染まり始めていた。


「それにしても……」


美琴が空を見上げる。まだ明るいが、東の空にはうっすらと月が見え始めていた。2つの月が。


「早くレベルを上げないといけませんね」


「ああ。できるだけ効率的に経験値を稼ぐ方法を考えないと」


 ◇ ◇ ◇


電車に乗り込み、二人は今後の計画について話し合った。


「上位階層に挑戦すれば経験値は多く得られますが……」


「前回のミノタウロスみたいな危険も増えるよな」


窓の外を流れる景色を眺めながら、美琴が口を開いた。


「そういえば、ステータスを上げるアイテムがありましたよね」


「アイテム?」


「ほら、『力の種』とか『知力の種』とか」


悠真は思い出した。上級モンスターから稀にドロップする種シリーズ。ステータスがわずかに上がるという触れ込みだが、効果が微々たるものなので、多くの探索者からはハズレアイテム扱いされている。


「ああ、あれか。でも効果がほとんど体感できないって聞くぞ」


「でも、大量に使えば違うかもしれません」


「大量に……そうか」


悠真は美琴の意図を察した。電車の中なので声を落として話す。


「1個じゃ効果が薄くても、100個、1000個と使えば、きっと大きな効果が出るはずです」


それは盲点だった。誰もが1個や2個しか使わないから効果を感じないのであって、大量に使えば話は別かもしれない。


 ◇ ◇ ◇


アパートに戻ると、美琴はいつものように夕食の準備を始めた。今日は肉じゃがだ。


「手伝うよ」


「いいですよ。悠真さんは座っててください」


結局、悠真はテーブルで新しい剣の手入れをしながら、美琴の料理を待つことになった。『銀狼の牙』の刀身を柔らかい布で丁寧に拭いていく。


じゃがいもの皮を剥きながら、美琴が具体的な計画を話し始めた。


「種シリーズは全部で7種類ありますよね」


「『力の種』『知力の種』『守りの種』『素早さの種』『体力の種』『魔力の種』『運の種』か」


「それぞれが特定のステータスを上げる効果があります。全種類揃えれば、バランスよく強化できるはずです」


悠真はスマートフォンで種シリーズの相場を調べた。


「1個あたり45万から55万か。平均50万として、7種類で350万円」


「手持ちは……」


昨日の魔石売却で得た105万円から、剣の購入で75万円を使った。残りは30万円。全然足りない。


「やっぱり、Bランク魔石をもう少し売るしかないですね」


「でも、一度に何個も売ると怪しまれる」


「そうですね……」


美琴は料理の手を止めて考え込んだ。やがて顔を上げると、提案を始めた。


「都内には探索者協会の買取所が複数あります。場所を変えれば、怪しまれずに売れるんじゃないでしょうか」


「なるほど。でも、俺の顔を覚えられてないかな?」


「大丈夫ですよ。買取所の職員さんは毎日大勢の探索者を相手にしてますから、一人一人の顔なんて覚えてないと思います」


それもそうだ。悠真は美琴の言葉に納得した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る