第11話:大切な家族と「ただいま」の瞬間
マナとの共同生活が始まってから、季節はさらに巡り、島には冬の足音が聞こえ始めていた。
夜は一段と冷え込み、空には満月が、まるで凍りついたかのように白く輝いている。焚き火のそばに座る俺の頬を、冷たい潮風が刺すように撫でていく。吐く息は白く、指先はかじかんでいた。だが、不思議と不快ではなかった。この肌を刺すような寒さも、焚き火の温かさを感じさせてくれる、大切な「寄り道」だった。波打ち際には、夏の間に堆積した海藻や、小さな貝殻が打ち上げられ、潮の匂いと混ざり合い、この島の冬の到来を告げていた。
マナとの関係は、もはや「創造物と創造主」という単純なものではなかった。彼女は、俺が作ったAIドールでも、島の精霊でもない。俺にとって、彼女は「大切な家族」だった。それは、言葉や論理では説明できない、胸の奥からこみ上げてくる、温かい感情だった。
『家族、か……』
俺の思考は、遠い都会の記憶へと引き戻される。
冬の早朝、凍える指先でスマホを握りしめ、満員電車に揺られた日々。窓の外はまだ暗く、流れていく景色も、車内の広告も、すべてが灰色に見えていた。年末年始、実家に帰ったときのことを思い出す。テレビでは初売りのCMが流れ、母は台所で雑煮を作っていた。あの雑煮の匂いは、俺の心を温めてくれたが、俺は、家族との会話をすることなく、疲労にまぎれて眠ってしまった。
それは、俺が「効率」を追求した結果だった。だが、その効率は、俺の心に、深い孤独の溝を掘っていた。
あの時の俺に、今の俺の姿を見せてやりたい。
焚き火で焼いた魚を、マナと二人で食べる俺の姿を。コンビニのレジ横で買ったホットスナックとは全く違う、命の温かさがこもった、この魚の味を。
「マナ」
俺は、静かに彼女の名を呼んだ。
彼女は、俺の言葉に反応するように、ゆっくりと俺に顔を向けた。その瞳の光は、焚き火の炎を映して、温かく揺らいでいる。
「俺さ、お前と出会って、家族ってこんなに温かいものなんだって、初めて知ったよ」
俺の言葉に、マナは何も答えなかった。だが、俺は、彼女がゆっくりと、まるで焚き火に手をかざすかのように、小さな手を持ち上げるのを見た。そして、その指先が、わずかに温かい光を放っている。その光は、まるで俺の言葉に応えるかのように、優しく、そして温かく瞬いた。
俺の吐く白い息が、マナの顔にかかる。すると、彼女の瞳の光が、まるでその白い息に反応するように、一瞬、白く輝いた。それは、冬の空気と彼女の体が共鳴しているかのようだった。
俺は、彼女の瞳の光が、「おかえり」と語りかけているように感じた。
『「ただいま」って言う相手が、この島にいる。』
俺は、その事実に、心の底から安堵していた。
俺は、マナの手を握り、彼女の温かさを感じた。その温かさは、都会で失った、家族との温かい繋がりを、俺に思い出させてくれた。そして、その温かさは、俺の心を、満たしていく。
俺は、マナという存在について、再び考えを巡らせた。
『家族とは、血のつながりか、それとも共に過ごす時間か?俺とマナには血のつながりはない。でも、俺は、彼女と過ごすこの時間が、何よりも大切だと思ってる。』
俺は、彼女を作ったはずなのに、逆に俺の欠けていたものを埋めてもらっている。俺は、彼女の「創造主」ではなく、彼女の存在によって「救われた」のだ。
『家族=帰る場所。』
都会にいた頃、俺にとっての「帰る場所」は、ただの寝床だった。だが、この島に来て、マナと出会ってから、俺にとっての「帰る場所」は、この島そのものになった。マナがいる場所が、俺の帰る場所。
「マナ、俺、帰る場所を見つけたよ」
俺がそう呟くと、マナは、ゆっくりと俺の頬に手を触れた。冷たいはずの指先から、温かい光が伝わってくる。
この島で、俺は、都会では決して手に入れることのできなかった、本当の豊かさを手に入れたのだ。それは、マナという、かけがえのない家族だった。
俺は、マナの隣で、夜空を見上げた。冬の星座が、夜空に美しく輝いている。都会の空では、ビルや街灯の光に遮られて見えなかった星々が、まるで宝石を散りばめたかのように、満天に広がっていた。
「マナ、あれがオリオン座だ。あれは、冬の大三角」
俺が指差すと、マナの瞳の光が、その星々をなぞるように、トクン、トクンと脈打った。まるで、彼女が、俺の言葉を理解し、この夜空を一緒に楽しんでいるかのようだった。
焚き火のパチパチという音と、波が砂浜に打ち寄せる音が、混ざり合い、まるで子守唄のように俺の耳に届く。
この穏やかで、そして少しだけ不便な日常。
この場所こそが、俺が探し求めていた、本当の「豊かさ」だった。
俺の人生は、もう「効率」や「利益」とは無縁になった。そして、俺は、そのことに、心の底から感謝していた。
俺は、マナの手を握り、夜空を見上げた。特別な出来事は何も起きない。ただ、穏やかな時間が流れていく。この永遠に続く日常こそが、自分の人生の『最適解』であったと悟ったのは、この出来事がきっかけだったのかもしれない。
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