『当て馬』

 ラブコメを盛り上げる要素の一つに“負けヒロイン”があるとすれば、 “当て馬”の存在も欠かせない。

 負けヒロインが他のヒロインに「もしかしたらヒーローをとられるかも」と焦燥感と嫉妬を与え背中を押す役柄だとしたら、 “当て馬”は無駄に鈍感なヒーローに恋心を気づかせ独占欲を与えるための役だ。

 ゲスな敵役の場合もあれば、真っ当なダブルヒーローを張れるような性格の場合もある。だが、やはり多いのはヒーローの勇気や男気を描くためだけに登場する名前のあるモブだろうか。


 この世界の“当て馬”は最後のモブのパターンだ。

 メインヒロインの青依と負けヒロインの志波と同じ中学出身で、颯一の友人で単なるクラスメイトの一人である千日 洸太せんにち こうた


 物語の中で洸太は中学時代から青依のことが好きな男の一人として登場する。

 いかに青依が男たちにモテていたかを語り、その青依と一緒にいる颯一を羨ましがる役回り。

 青依にマドンナ属性を付属させるための説明役だ。

 

 しかし、洸太自身は完璧を体現したようなマドンナである青依に気後れし、告白もできずに恋心を抱き続けるキャラだ。

 高校で友人となった颯一と自身の好きな人である青依がお互い想いあっているのに真っ先に気づき、文化祭や夏休みといったイベントでは2人をくっつけるためのサポートに回る。

 そして、高3の冬。物語の終盤に、なかなか行動に移さない颯一にしびれを切らせ発破をかけると同時に、自分の長い片思いに終止符を打つのだ


 それが、この世界での俺。千日 洸太というキャラクターである。




 だが、もちろんそれは小説での話。

 この世界の俺は不思議とみんなが可愛いと言う青依には惹かれなかった。

 いや、可愛いのだけれど、人としては好きだけどそれまでだ。

 異性としては、多分昔から俺という人間の根底に前世からの想いがあったのだろう。

 俺は中学の頃からずっと志波 咲良が好きだったのだから。


 いつだって、青依の隣で笑う志波ばかり見ていた。

 割と笑いのツボが浅い彼女がくすくすと笑うのを、いつもひっそり盗み見ていた。


 彼女の小さくて柔らかそうな体を抱きしめたい。

 彼女の目に映るのは自分であってほしい。

 あの子が辛いとき、真っ先に頼られる人になりたい。


 意気地なしの俺が中学時代、志波に想いを告げることはなかった。

 高校に入ってから志波と颯一の距離が近くなり、その内志波が颯一のことを意識し始めたことはすぐにわかった。

 颯一も志波のアプローチを満更でもなさそうな様子で受け入れていたから、俺は志波みたいに可愛い子が振り向いてくれるわけがないとこの気持ちに蓋をしたんだ。




 教室の中では志波が涙を拭っている。

 ぽろぽろと幾筋もの雫が頬をすべり落ちていく。

 今は誰もいないとはいえ、放課後の教室。いつ誰がくるかわからない状況で、志波は声を押し殺して泣いている。


 それを見て、ふと悪い考えが思い浮かんでしまった。

 失恋した今なら、彼女の心の隙に付けいることができるんじゃないか、だなんて。


 でも、いいんじゃないか。俺も、ただの“当て馬”が恋を成就させたって。

 せっかくこの世界に生まれたんだ。

 俺だって幸せになりたいし、できることなら好きな人を幸せにしてやりたい。そう思うのは自然なことだろう?


 今までは友人の颯一に遠慮してたが、その颯一が志波の愛をいらないと断ったんだ。

 物語上、颯一と青依が結ばれるためには志波の発破が必要?そんなこと、知ったこっちゃない。

 第一、志波が2人のために行動しなきゃならない理由があるわけでもないし、彼女の行動がないと付き合えないと言うのであればそれまでの想いだったんだろ。

 あくまで、あれは志波の颯一への愛の残り香という名の献身だ。

 それを先に切り捨てたのは颯一だ。


 それなら、その愛を手に入れるために俺があがいたって構わないだろ。




「……でも、きっついなぁ」


 ずっと志波のことを見ていたから、彼女が颯一のことを好きなのはわかってた。

 それでも、志波が幸せになるならなんて自分の心に嘯いて、逃げていた。

 

 好きな人の好きな人が自分ではない。


 そんなありふれた現実が、ぐさぐさと心を刺してくる。

 俺は小さく聞こえてくる嗚咽を聞きながら、教室の扉に背中を預けるようにしゃがみ込んだ。

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当て馬に転生したので、推しの負けヒロインと結ばれたい! 籠の中のうさぎ @rabbit_in_a_cage

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