第三部:新しい家族の形
### 第9話:『お正月、初めての家族の食卓』
クリスマスが終わり、冬休みに入った。年末、拓海は楓を自宅に招待することにした。
「家族に紹介する、ってことだよね? 緊張するよ……」
そう不安そうに言う楓に、拓海は「大丈夫、うちの家族はみんな優しいから」と笑いかけた。その言葉通り、拓海の母・美穂と妹の陽菜は、玄関のドアを開けた楓を温かく迎え入れた。
「まあ、いらっしゃい! 拓海から話は聞いていたわ。楓ちゃんね、可愛い子ねぇ」
美穂はそう言って、楓の手を握り、にこやかに微笑んだ。陽菜も「はじめまして、陽菜です。お兄ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」と、少し照れくさそうに挨拶した。楓の緊張は、二人の温かさに少しずつ和らいでいく。
夕食の準備を台所で手伝っていると、拓海がやってきた。
「楓、手伝ってくれてありがとう」
「ううん。拓海くんがいつも料理してるって聞いたから、すごいなって思って」
二人が並んで野菜を切ったり、鍋をかき混ぜたりする姿を、陽菜と美穂は微笑ましく見守っていた。その光景は、まるで昔からあった日常のようだった。
夕食は、拓海が作った家庭的な和食が食卓に並んだ。食卓を囲んで、美穂が「楓ちゃん、お料理上手ね」と褒めると、楓は「全然です!拓海くんの方がずっと上手ですよ」と謙遜した。陽菜は、そんな二人のやり取りを見て、くすくすと笑った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんの前だと優しいね」
その一言に、拓海は少し照れた。
食後、拓海の部屋で二人きりになった。
「陽菜ちゃんも、美穂さんも、すごく優しかったね」
楓はそう言って、心から安堵したような表情を見せた。
「よかった。楓、緊張してるみたいだったから」
「うん、でも、本当に温かい家族だね。お料理もすごく美味しかったし……私も、拓海くんの家族の一員になれたらいいのにな」
そう呟く楓の声は、少しだけ寂しそうに響いた。
楓の言葉に、拓海は胸が締め付けられるのを感じた。彼女の心が、家族の温かさを求めていることを痛いほどに理解した。
「楓……」
俺は楓の手をそっと握りしめた。
その温かさが、楓の心を再び温めていく。この日、楓は拓海の家族の温かさに触れ、自分の居場所はここにあるのだと、漠然とだが確信し始めていた。
### 第10話:『妹とのショッピング』
正月が明け、冬休み。拓海の部屋で勉強をしていると、妹の陽菜が部屋のドアをコンコンとノックした。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! ちょっといい?」
そう言って入ってきた陽菜は、少し恥ずかしそうにしながらも、楓の顔をじっと見つめている。
「ねえ、楓お姉ちゃん。今日、私と一緒に買い物に行かない? 新しい洋服が欲しくて、でも、お母さんだと好みじゃないから」
陽菜はそう言って、上目遣いで楓にお願いした。
楓は、突然の誘いに少し戸惑ったが、すぐに陽菜の頭を優しく撫で、にっこりと微笑んだ。
「うん、いいよ。行こうか」
その言葉に、陽菜は満面の笑みを浮かべた。
陽菜と二人で街へ出た楓は、少し照れくさかった。姉でもない自分が、拓海の妹に「お姉ちゃん」と呼ばれることに、まだ慣れていなかった。
しかし、二人はすぐに打ち解けた。楓は陽菜の選ぶ服にアドバイスをしたり、陽菜の好きなアーティストの話を聞いたりした。
「楓お姉ちゃんって、お兄ちゃんと違って、すごく話しやすいね!」
陽菜がそう言って笑うと、楓は嬉しそうに微笑み返した。
買い物の途中、拓海から電話がかかってきた。
「もしもし、陽菜。楓と買い物、楽しんでるか?」
「うん! すごく楽しいよ。楓お姉ちゃんが選んでくれる服、全部可愛くて!」
陽菜はそう言って、楽しそうに拓海と話していた。その声を聞きながら、楓は拓海の優しさに改めて感謝した。
買い物が終わり、帰りのバスの中で、陽菜は楓に小さく囁いた。
「ねえ、楓お姉ちゃん。私、楓お姉ちゃんみたいになりたいな」
その言葉に、楓は驚いて陽菜を見た。陽菜は、少し照れくさそうに、でも真剣な表情で楓を見つめていた。
楓は、陽菜の存在が、自分にとって特別なものになったことを自覚した。
拓海の家族は、楓にとって、温かい「居場所」になりつつあった。
この日、楓は、拓海との関係が、単なる恋愛を超えて、家族の絆に発展していくことを感じ始めたのだった。
### 第11話:『ただの同居人』
高校三年生になる直前の春休み、俺と楓は幸いにも同じクラスになることができた。昼休みは屋上で二人きり、放課後は図書館で一緒に勉強する、そんな日々が続いていた。
ある日の放課後、いつものように駅前のカフェで勉強していると、楓が突然、持っていたペンを置いた。その表情は、どこか曇っているように見えた。
「拓海くん……ちょっと、話してもいい?」
そう尋ねる楓の声は、いつもよりずっと小さかった。
俺は頷き、楓が話し始めるのを待った。
「私の両親、もう何年も前から、夫婦っていうより……ただの同居人みたいな感じなの」
彼女は、まるで自分に言い聞かせるように、ゆっくりと話し始めた。
「お父さんもお母さんも、お互いに話しかけたりしなくて。同じ家にいるのに、全然別の世界にいるみたいで。昔は、もっと仲が良かったはずなのに……」
楓の声は震え、瞳には涙が浮かんでいた。俺は何も言わず、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
その日の夜、俺は楓を自分の家に招いた。
夕食の席で、美穂さんが「楓ちゃん、元気がないみたいだけど、何かあったの?」と優しく声をかけた。
楓は一瞬戸惑ったが、すぐに心を決めたように、両親の離婚協議が始まったことを、包み隠さずに話した。
美穂さんと父さんは、真剣な表情で楓の話を聞いていた。
食後、拓海の部屋で二人きりになった。
「ごめんね、いきなりあんな話をして」
「ううん。話してくれて、ありがとう」
楓の手をそっと握ると、彼女の手は冷たくなっていた。
「拓海くんの家族は、本当に温かいね。こんな温かい場所、ずっと前から、欲しかったな」
そう呟く楓の声は、心の底から出た、偽りのない本心だった。
楓の言葉に、俺は胸が締め付けられるのを感じた。彼女が抱えてきた孤独と寂しさが、痛いほどに伝わってきた。
俺は楓を抱きしめ、「ここに、楓の居場所があるから」と囁いた。
楓は俺の腕の中で、心の底から安心したような表情を見せた。この日、楓は、拓海の家族との交流を通じて、自分の居場所はここにあるのだと確信した。
### 第12話:『動き出す運命』
高校三年生に進級したばかりの春休み、俺と楓はいつものカフェで、今後の受験計画を話し合っていた。そんな時、楓が少し重い口調で、両親が正式に離婚協議に入ったことを告げた。
「夏休みには家を売却するみたい。私はどうなるんだろうって、正直不安で……」
そう呟く楓の声は震えていた。両親が夫婦から「ただの同居人」になっていった様子を間近で見てきた楓は、この離婚が何を意味するかを誰よりも理解していた。それは、彼女の心がずっと求めていた「家族」という形が、もはやそこには存在しないということ。
俺は何も言わず、ただ楓の手を強く握りしめた。
その日の夜、俺は自分の部屋で、母さんと父さんを前にして、意を決して話し始めた。
「楓のことなんだけど……」
両親は、俺と楓が真剣に付き合っていることを知っていた。だから、俺の表情から何かを察したのだろう。
「楓の両親が離婚する。それで、夏休みには家を出なきゃいけなくなるんだ」
俺がそう告げると、両親は顔を見合わせた。俺は続ける。
「だから、俺は楓を…楓を、ここに引き取りたいんだ。婚約者として、楓を守ってやりたい」
俺の言葉に、母さんは驚きで目を丸くし、父さんは静かに俺の顔を見つめていた。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは父さんだった。
「拓海、お前の気持ちはよく分かった。だが、まだ高校生だ。単に同居させるだけでは、楓さんの世間体も、お前の将来も危うい」
父さんの言葉に、俺は反論できなかった。その通りだと思った。
すると、続いて母さんが静かに言った。
「でも、ただの居候ではなく、家族として迎え入れるなら話は別よ。楓ちゃんのご両親が生活費と学費を負担してくれるなら、経済的な問題はクリアになる。そうしたら、拓海と楓ちゃんにけじめとして入籍させて、法的な家族にしてあげることも、考えられないことではないわ」
母さんの言葉に、俺は驚き、そして胸が熱くなった。
両親の真剣な表情から、二人が俺と楓の未来を真剣に考えてくれていることが分かった。
俺は、その夜の出来事を楓に話した。楓は、俺の両親が二人の未来のために、そこまで考えてくれていたことに感動し、涙を流した。
「私、拓海くんの家族になりたい。拓海くんと一緒に、時間を共有し、そして空間を共にする家族を、作りたい」
その言葉は、楓の心の奥底からの、偽りのない本心だった。
こうして、二人の未来、そして共同生活、入籍に向けた話し合いが、拓海の両親を含めた家族全体で静かに始まった。それは、単なる恋人関係から、「家族」という新しい形を築く、二人の運命が動き出した瞬間だった。
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