第四部:二人の学園生活と別れ

### 第13話:『屋上での二人だけの昼食』


 高校三年生に進級して最初の日。朝、通学路の曲がり角で楓と合流する。昨日までは当然の日常だったはずなのに、なんだか少し緊張した。そして少し照れくさかったが、それが嬉しかった。

「拓海くん、おはよう」

「おはよう、楓」

 そう挨拶を交わし、二人並んで学校までの道を歩く。


 クラス発表の掲示板の前で、二人は同じクラスになったことを知った。

「やったね! 拓海くんと一緒だ!」

 楓は満面の笑みでそう言って、俺の腕を掴んだ。その小さな仕草に、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。


 新学期が始まり、最初の昼休み。楓は、同級生たちに囲まれて楽しそうに話していた。その姿を見て、俺は安堵すると同時に、少しだけ寂しくなった。

「拓海くん、お昼ご飯、一緒に食べない?」

 そんな俺の気持ちを察したかのように、楓が声をかけてきた。

 俺たちは、賑やかな教室を抜け出し、こっそりと立ち入り禁止の屋上へと向かった。


 屋上のドアを開けると、そこには澄み切った青空が広がっていた。街の喧騒が嘘のように遠く、二人だけの特別な時間が流れていた。

 楓が「じゃーん!」と嬉しそうに言いながら、可愛らしいお弁当箱を差し出した。

「お弁当、作ってきたんだ。拓海くんと屋上で食べるの、夢だったんだよね」

 蓋を開けると、色とりどりの野菜や卵焼きが、まるで花畑のように並んでいた。俺は感動しながら、楓が作ってくれたお弁当を一口食べる。その優しい味に、心が満たされていくのを感じた。


「拓海くんのお弁当も美味しそう!」

 楓がそう言って、俺のお弁当を覗き込んできた。俺が作ったのは、楓のお弁当と比べると、色気のない、ごく普通の家庭料理だった。

「よかったら、食べる?」

 俺がそう言うと、楓は嬉しそうに頷いた。


 青空の下、二人でお弁当を交換して食べた。

 楓が俺のお弁当を頬張る姿を、俺は愛おしく見つめていた。

 この昼食は、単なる食事ではなかった。それは、二人の絆を、さらに深めていく、大切な時間だった。


### 第14話:『拓海の最後のバスケの試合』


 ゴールデンウィークが明け、高校最後のバスケットボールの大会が始まった。俺は三年生になってからは受験勉強に専念するため、部活はほとんど顔を出していなかったが、この大会だけは別だった。バスケ部で共に汗を流した親友の浩介が、「お前の最後の雄姿、見にこいよ!」と熱心に誘ってくれたからだ。


 試合当日。体育館の二階席に座った俺の横に、楓が座った。

「拓海くん、頑張ってね!」

 楓はそう言って、俺に手作りのお守りを差し出した。

「これ、お守りだよ。拓海くんのチームが勝てますようにって、お願いしながら作ったんだ」

 その言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。


 試合が始まった。相手チームは、地区大会の強豪校だ。俺たちは必死に食らいついたが、相手の猛攻に苦戦を強いられた。

 第四クォーターに入り、点差がじわじわと開いていく。俺たちは、焦りと疲労で、思うようなプレーができなくなっていた。

 そんな時、ふと二階席に目をやると、楓が、俺たちのチームカラーである青いタオルを握りしめ、大きな声で俺を応援してくれていた。その姿を見た瞬間、俺の心に力が漲ってくるのを感じた。


 試合は、惜しくも敗北。悔し涙がとめどなく溢れ、俺は、その場にへたり込んだ。

 そんな俺の元に、楓が駆け寄ってきた。

「拓海くん、お疲れ様。すごく、かっこよかったよ」

 そう言って、楓は俺を優しく抱きしめた。

 俺は、楓の温かい腕の中で、とめどなく涙を流した。


 その時、俺は確信した。楓は、俺の心の支えだ。どんなに辛い時も、彼女がいれば、乗り越えられる。

 俺と楓の関係は、単なる恋人ではなく、互いを支え合う、かけがえのない存在になっていた。


### 第15話:『楓の最後の吹奏楽部の演奏会』


 六月。梅雨空が続く中、楓の高校最後の吹奏楽部の演奏会が体育館で開かれた。拓海は、楓から事前に送られてきたプログラムを手に、客席の一番後ろに座った。賑やかな観客席にいるのはほとんどが部員の家族や友人だった。


 やがて、ステージに楓が現れた。彼女はトランペットを持って、誇らしげな顔で立っていた。その表情は、いつも拓海の隣で見せる甘い笑顔とは違い、凛としていて、真剣そのものだった。

 照明が落ち、指揮者のタクトが振られる。トランペットの音が鳴り響き、体育館全体に広がった。力強く、そしてどこか切ないその音色は、楓の情熱そのものだった。


 拓海は、楓の真剣な横顔に心を奪われた。彼女のひたむきな姿は、拓海が目指す建築家の夢にも重なった。楓が夢に向かって努力している姿を見て、拓海もまた、受験勉強を頑張ろうと心に誓った。


 演奏会が終わり、楓は拓海を探して客席を歩いてきた。拓海は、楓のために、近所の花屋で買った花束を差し出した。

「楓、お疲れ様。すごく、かっこよかったよ」

 そう言うと、楓は驚いたように目を丸くし、そして、花束を受け取った。

「ありがとう、拓海くん。まさか来てくれるなんて……」

 楓の瞳は、潤んでいた。


「楓が吹くトランペットの音、すごく綺麗だった。俺、楓の夢を応援したい。だから、受験、一緒に頑張ろう」

 拓海の言葉に、楓は涙を流した。その涙は、演奏会を終えた安堵の涙と、拓海の優しさに触れた感動の涙だった。

 二人は、固く手を取り合い、互いの夢を応援し合うことを誓った。


### 第16話:『両親の離婚』


 六月の雨が止み、蒸し暑い夏が顔を覗かせ始めた頃。拓海と楓の高校生活最後の夏休みが、もうすぐ始まろうとしていた。


 放課後、楓はいつものように拓海の隣を歩いていた。しかし、その足取りはどこか重く、表情も晴れやかではなかった。

「……拓海くん」

 楓はそう呟き、立ち止まった。

「今日、両親が正式に離婚したの」

 楓の声は、震えていた。

「……そうか」

 拓海は、ただ静かに、彼女の言葉を受け止めることしかできなかった。


 楓は、両親が愛し合っていた頃の記憶と、やがてただの同居人になっていった過去を語り始めた。そして、離婚協議の中で、家を売却し、そのお金を楓の生活費と学費に充てることになったと、涙ながらに話した。物理的にどちらの親も引き取ることができず、居場所がなくなったこと。

「私、どうしたらいいんだろう……」

 楓の声は、絶望に満ちていた。


 拓海は、何も言わずに楓を抱きしめた。

 楓は、拓海の腕の中で、声をあげて泣いた。

 拓海は、ただただ、楓の背中を優しく撫で続けた。


 泣き止んだ後、楓は、顔を上げて拓海を見つめた。

「……拓海くんの家に、行っていいかな」

 その言葉は、まるで迷子になった子供が、親に助けを求めるような、そんな声だった。

 拓海は、迷うことなく頷いた。

「もちろんだ。ずっと前から、そのつもりだった」

 拓海の温かい言葉に、楓は再び涙を流した。


 この日から、二人の共同生活が始まった。楓は、夏休みの間に、拓海の家に引っ越してくる。それは、ただの同居ではなかった。それは、楓が心の奥底でずっと求めていた、温かい「家族」という居場所を、拓海と共に築き始める、最初の一歩だった。


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