第八章 再び遺跡探索 (1)
災厄が去ってから三十日後、遺跡都市連盟は
この期間、遏令は見つけた人を片っ端から殺害し続けていた。聖兵は遺跡都市連盟の防衛線に迫り、警戒隊と交戦したのみならず、周辺の王国にも襲撃を加えた。彼らの目的は略奪でも奴隷の捕獲でもない。ただ、人を根絶やしにすること。生き残りを一人も残さないことだった。
被害を受けた多くの王国は、遺跡都市連盟と手を組み、連合軍を結成して遏令への反撃を開始することになった。
警戒隊は軍隊へと再編され、誰もが戦時体制下で自らの立場を決めなければならなくなった。
解析学校も休校となった。そして、自分が何をすべきか、ディワンはその答えを見つけた。
その朝、ディワンはファンとドフヤの新居に押しかけ、朝食の席でいきなり切り出した。「ファン、オレと一緒に初聖遺跡を探索しよう」言いながら、持ってきたおかずの肉のソテーをテーブルに置いた。「軍に入るな。オレの警戒員になって、遺跡を一緒に探索するんだ。今、遏令はオレたちとの戦争に手いっぱいで、領域内の遺跡を守る人手が足りてない。その隙を突いて、潜り込む」
「うん、いいよ」ファンは静かに、すぐに答えた。時期は特異だが、これはずっと昔に交わした約束だった。彼はパンを一切れ取り、ディワンに差し出した。
ドフヤは牛乳を一杯注いでディワンに渡し、言った。「私も行く」
「ええっ?」ディワンは思わず大声を上げた。
「ファンが行くなら、私も行く。新婚の夫を妻のそばから連れ出すなんて、できるわけないでしょ」ファンはまだ新婚休暇中だから、誰にも彼を連れて行くことはできない。
ディワンはごくりと 唾を飲み込んだ。心配していたのはドフヤがファンを引き止めることだったが、まさかドフヤ自身が参加したいと言い出すとは思ってもみなかった。彼女は体力もあり、銃の使用にも心得がある。照準もそこそこ 正確だ。連れて行くのも悪くないかもしれない。
「オレの指示に従う、問題ないか?」ディワンが訊いた。
「問題ないよ」
「これは危険なことだぞ」ディワンはファンに視線を向けた。
「ユーロは行くの?」ファンが言った。
「もちろん行くよ。連れて行かなかったら、オレが殺される」
「それならいい」ファンは答えた。
ディワンはその言葉の意味を理解している。だがなおも確認するように言った。「ユーロは解析員だ。遺跡探索は彼女の使命だ。でも、ドフヤにはそもそも行く理由がないだろ」
ドフヤが口を開いた。「君たちは災厄の真相を知りたいんでしょう? それに、こんな時期にあえて行く遺跡って、それと関係があるんじゃない?」
彼女の声色が変わった。ディワンは、ドフヤが本気で言っていると分かった。
「どうして災厄は人類を選ぶのか? 私は知りたい。私も手伝う!」
「分かったよ」ディワンは深く息を吸い、ゆっくり吐き出してから、ドフヤに向かって言った。「今、オレの手元にある資源は本当に少ない。みんな戦争に行きたがって、遺跡探索なんか誰もやりたがらない。これで四人だ。それに、機械馬は全部戦場行き。オレたちが乗れるのは、不要になったボロだけだ」
「犬に乗ればいいよ」ドフヤが言った。「何匹か見つけてくる」
ディワンは少し考えた。毛だらけの動物には馴染みがないが、移動手段は必要だった。「わかった。頼むよ。四人と犬で、どれだけ記憶方塊を運べるか……でも、ユーロが言ってた。現地で核心に接触できれば、オレとユーロで直接内容を全部頭に叩き込めるって。それなら記憶方塊を持ち帰る必要もない……」
ディワンは指でこめかみを押さえた。こんなに貧弱な探索隊で、災厄の謎に迫る重要任務に挑もうとしている。
でも、この機会は滅多にない。どうしても行きたい。もし遺跡都市と王国の連合が遏令を撃破すれば、後で探索することもできる。しかし、こちらが敗れたり撤退したら、チャンスはもうないかもしれない。
「よし。それじゃドフヤはまず授業だ。遺跡の基本知識を全部覚えてもらう。出発までに身につけて! オレはもう少しメンバーを集められるか試してみる」そう言って、ディワンは牛乳を一気に飲み干した。
「君たちも犬との接し方、覚えてね」ドフヤが言った。
「そうだな。オレも犬の乗り方、教わらないと」ディワンが言った。
そして、帰る前に、ディワンはドフヤに連れられて、彼女の家の犬・テマスと顔合わせをする。
テマスはディワンの手の匂いを嗅ぐと、すぐに頭から突っ込み、彼を押し倒して顔を舐め始めた。
「助けてくれーっ!」ディワンは必死にテマスのふわふわした耳を掴みながら叫んだ。「これは味見か? 犬って人を食べるのか?」
「出発までに全部身につけてね」ファンは助けもせず、横で笑っていた。
デベはディワンの計画を聞き、参加を決めた。彼はディワンにこう言った。「あそこはフェントが見たいと言っていた場所です。僕もずっと気になっていました。あの大物たちが何を隠しているのか、知りたいんです」
探索隊の最後のメンバーはウェリスだった。彼はディワンにこう言った。「ぼくは戦争には興味ない。今まで通りの仕事を続けたいだけだ。それに、記憶力に関しては、お前とユーロの方が強い。でも、遺跡の謎を解くってことなら、ぼくの方が得意だ」
六人、四匹の犬、二台の機械馬。こうして初聖遺跡探索隊が編成された。
戦争は、ついに避けられない形で始まった。
ディワンは災厄研究会での権限と人脈を活かし、探索隊のメンバーが誰一人として前線に送られないよう手配した。
戦況の推移を探りながら、彼は着々と計画を練っていく。災厄研究会には、遺跡探索には同行しないものの、探索隊を支持し、軍の中で協力してくれる人が数多くいた。
ドフヤはユーロから遺跡の知識を学びつつ、犬との接し方を隊員たちに教えた。ファンとデベは、戦闘と銃器の扱い方の訓練を担当した。さらにデベは対戦相手として、聖兵との対峙を事前に体験させる役割を担った。
素手での肉弾戦では、ファンですら聖兵に敵わない。距離を取り、銃で応戦するしかないのだ。平時なら急所を狙う攻撃が効果的だ。聖兵の急所は、彼らの体格ならちょうど狙いやすい高さにある。だが、完全武装している場合は、その弱点も装甲に覆われていて、効かなくなる。
ディワンは軍の知り合いに頼み、敵側の服を手に入れた。万が一、移動中に遏令の住民と遭遇した場合に備え、デベが聖兵を装い(体格的にも実績的にも説得力は十分)、囚人の護送などを演じる予定だった。
彼らは本当に、たくさん考えた。
ディワン、ユーロ、そしてウェリスは資材の確保に奔走した。遺跡探索に不可欠なロープ、釘、水、食料などは今や貴重品で、軍との奪い合いだった。
だが、あれほどまでに準備を重ねたというのに、ほとんどが無駄になるとは、誰も思っていなかった。
災厄が去ってから三十五日が経った。ディワンの判断で、出発が決まった。
出発前、ドフヤは父と母、ニーシャ、イナを抱きしめた。ドプ、ビルディ、テマ、サンヤの頬にキスをした。ハータに手を振り、変な顔をしてみせた。
そして、勇気をふりしぼって 、黄土色の革のロングブーツを履き、銃を背負い、テマスの手綱を握りしめた。「行ってきます」
どんな世界が待っているのか、彼女にはわからなかった。それでも、彼女は行くと決めた。
初聖遺跡探索隊は、十数日前にドフヤの村とファンの部隊が撤退した道を、逆に辿って進んだ。
まず大道を通って、防衛線へと向かった。
大道には、前線に向かう機械亀や機械ゾウがひっきりなしに走っていた。軍服を着て銃を持った人々も、茫然とした表情の者や憎しみを宿した目をした者など、さまざまな顔ぶれで彼らと共に歩いていた。
彼らは一日以上かけて防衛線に到着し、固定式の機械ゾウが多数配備された城壁を通り抜けて、さらに進んだ。
その後、軍と行動を共にしながら徐々に遏令へと近づいたが、ドフヤの旧居へは向かわなかった。あの場所は今や両軍が激しく交戦する戦場となっており、ドフヤが暮らしていた村はほぼ平地と化しているという。
探索隊は戦闘に巻き込まれる前に主力部隊から離れ、敵を側面から攻撃するべく回り込もうとしている別動隊と共に、戦場の外を迂回しながら遏令領内へと入り込んだ。
初聖遺跡の近くまで来たところで、彼らは別動隊から分かれ、敵側の服装に着替え、初聖遺跡へ向かった。
予定では、別動隊が戦闘を開始すれば、この地域の防衛部隊もそちらへ向かうだろう。その隙に、彼らは初聖遺跡へ侵入するつもりだった。
戦闘が始まるまでの間、探索隊は無人の森の中に身を潜めて待機するつもりだった。
しかし、森に入って間もなく、探索隊は異変に気づいた。
犬たちが低く唸り声を上げ、茂みに目を向けている。
「誰だ、出てこい!」ファンが銃口を草むらに向けて叫んだ。「隠れても無駄だ!」
「お願い、殺さないでください!」現れたのは、子供を連れた女性だった。聖兵の制服を着たデベを見るなり 、彼女は足元から力が抜け、地面にひざまずいて 懇願した。「どうか──せめて子どもだけは──」
一同は顔を見合わせ、状況が飲み込めずにいた。
「ちょっと、殺すなんて誰も言ってないよ」ユーロが犬から降り、女性の前にしゃがみ込んだ。「どうして神の兵をそんなに怖がるの?」
「銃を下げて」ディワンが言った。ファンは銃口を地面に向けた。
女性はただデベを見つめ、震えている。
「安心して、彼は聖兵のふりをしてるだけ」ユーロが言った。だがデベの体格ゆえに、まったく説得力がなかった。
女性は繰り返し「お願い──私たちを見逃してください──」と呟き続けた。
「大丈夫、行っていいよ」ディワンが言った。
女性はすぐに子供を抱き、森の奥へと駆けていった。
「敵を呼びに行く可能性は?」ファンが聞いた。だが、銃を撃つつもりはなさそうだった。
ディワンは少し考え、「たぶん呼ばない」と言った。聖兵が何をしたのか、嫌な予感が頭をよぎる。
その後も彼らは森の中で、逃げてきた住民と何度か出くわした 。
ようやく、少し冷静な者に出会い、ユーロがデベへの恐怖を取り除くことに成功した。その人は、ディワンの予感を裏付けるようにこう言った。「聖兵が私たちを殺そうとしているんです」
遏令は外の民だけでなく、内部の人さえも殺そうとている。
「いったい何を考えてるんだ?」予想は的中したものの、ディワンは真の理由が理解できずにいた。
時期を考えると、遏令による外部への殺戮が遺跡都市と王国の反抗によって阻まれた後、内部の人々への殺害へと切り替えたように見える。
つまり、遏令は土地も権力も求めていない。ただ人を殺したいだけなのか。誰でもいいから──
「彼らはまだ村にいるのか?」ファンが訊いた。
「もう去りました。でも、怖くて戻れません」
「ありがとう。どうか気をつけて」
住民が去った後、探索隊は次の行動を話し合う。
「もし聖兵が戻ってきて、森の中で住民を捜索し始めたら、ここも危ない」ファンが言った。
「初聖遺跡に直接向かおう。ただ、慎重に」ディワンが決断した。
災厄が去ってから四十一日目の昼、探索隊は初聖遺跡に到着した。
初聖遺跡の周囲には巨大な地上建築が立ち並び、白い環状の高い壁が本来の出入口を囲んでいる。壁の下には人ひとりが通れる程度の開口部があり、扉は設置されていなかった。
その開口部には、もともと聖兵が配置されているはずだった。
しかし、探索隊が目にしたのは、開口部が機械ゾウでも通れるほどの大きな穴へと拡張され、壁自体も一部崩れているという惨状だ。
生きた聖兵の姿はどこにもなく、制服の布切れに包まれた肉片と骨が、あちこちに散らばっている。
「火薬の匂いだな」ウェリスが言った。彼は犬に乗って門のそばまで近づき、焼け跡を確認した。だが壁の崩壊に比べて焼けた範囲は狭く、火薬でこんなに壊されたわけではない。
「門番だな」ディワンが、地面に残された巨大な足跡を指差しながら言った。
遺跡は年代が古いため、出入口が損傷していることもある。そういうとき、内部にいる二体の獅子身人面の機械獣が持ち場を離れ、力づくで新たな出入口をこじ開けることがある。
ディワンはふと疑問を抱いた。遏令は初聖遺跡の周囲に建造物を設け、人々の侵入を防ごうとしていたはずだ。それなのに、なぜ扉もない出入口を残していたのか。人の出入りが必要なら扉を付けて鍵をかければ済む話ではないか。
扉は設置できないのか? もしかすると、扉を設置すると門番が「通路が塞がれた」と判断し、持ち場を離れて新たな通路を開こうとするのでは?
火薬の匂いは、聖兵がこの開口部を火薬で完全に塞ごうとした痕跡ではないか。誰も遺跡に入れないようにするつもりが、かえって門番を呼び寄せてしまい、交戦の末、聖兵は全滅したのでは──
遺跡は謎を解く者を歓迎する。遺跡の存在意義は、人を招き入れることだ。初聖遺跡もその例外ではない。だが、ディワンが崩れた壁の穴から中を見ると、ここから初聖遺跡の真正の出入口までは一キロ以上あると見られた。通常の遺跡が、そんなに遠い場所まで通路を整えておくことはない。
上古人々は、初聖遺跡に何を置いたのか。後世の人類に、どうしても届けたかった情報とは何なのか?
ディワンは決意を込めて言った。「行こう。中に入るぞ」
この先は、デベでさえ踏み入れたことのない領域だった。
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