☆オマケ☆







 暦上ではもう秋になったらしいが巷は未だ三十度超えの気温が続き、秋らしさは微塵も感じない。

 そんな今日の一番暑い昼時に、突然呼びつけられた挙げ句、退場を促された咲太郎は日差しを手で遮った。


「あつい……」


 13時35分を示すスマホの時間に、さてこれからどうしようかと思案する。

 ちらりと振り返ったカフェの店内では、先程まで死にそうな顔をしていた友人が見たことのない笑顔で笑っているのが見えて、「もう、調子いいんだから」と思わず口からこぼれた。けれど、彼の元気印の笑顔が戻ってきただけで咲太郎は満足だ。


 大学に入学してから、高校で仲の良かった翔真とも時間が合わなくなり、時々メッセージで近況を伝え合うものの、自分も筆まめでないから便りのないのは元気な証拠……というやつだった。

 先日偶然にも大学の帰りに顔を合わせて、またちょこちょことメッセージでやり取りを再開していたのだ。最近聞いているアーティストの限定CDを翔真が持っていると聞いたから、近々会って貸してもらう予定だったのだが……まさか二人の痴話喧嘩に巻き込まれるとは。


 高校時代、全く女っ気のなかった翔真が女の子と一緒にいるのも意外だったが、誠実一直線の彼がチャラ男と思われていたのにも驚いた。……しかも自分が浮気相手だと思われていたというのだから……ダメだ、思い出したら笑いが込み上げてきた。


 急に呼びつけられた時は何事!? と思ったけれど、咲太郎が困ったことがあるといつも助けてくれた翔真が、なりふり構わず自分を頼ってくれたことが嬉しい。今の自分がこうやって幸せにいられるのも彼のおかげと言っても過言ではないから……。翔真の良さを解る人がまた一人増えると思ったら、この暑い中駆けつけたことにも意味があるというものだ。


 ……とは言え、昼を少し過ぎた休日の時間帯にぽっかりと予定が空いてしまった。


 自分の恋人は仕事だし、流石に日曜まで勉学に勤しもうという気もない。

 そう言えばお気に入りの作家の新刊が今日発売だったと思い出す。ジリジリと肌を刺す日差しを避けて咲太郎は書店に入った。

 自動ドアをくぐって流れてくる清涼な空気にホッと息をついて、お目当ての小説と併設されているカフェでアイスコーヒーを頼み読書タイムと洒落込む。


 落ち着いた雰囲気の飲食ブースにはクラシック音楽が心地よく流れていて、外の暑さと喧騒がまるで嘘のようだ。冷えたアイスコーヒーの氷を時々ストローで回しながら目で文字を追う。クラシックはそんなに詳しくないけれど、咲太郎でも知っているエルガーの愛の挨拶が流れてきて、またあの二人を思い出し一人で小さく笑った。


 アイスコーヒーを飲もうと本を置き、ストローを口に含んだところでテーブルに置かれたスマホに恋人から「今何してるのー?」の文字。


 休憩中か? ああ、彼にもあの二人のことを話さなくては。


 ふいに悪戯心の沸いた咲太郎は、光に『俺と翔真、浮気してるらしいよ』とだけ送った。慌てすぎて文脈も文字もおかしい返信がすぐに返ってくる。


 ……さあて、どこから光に話そうかなぁと、咲太郎は残りのアイスコーヒーを一気に飲み干した。


2025.9.4 了

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