ROUND.21 覚悟の三先

「だァーっはっはははっ! 聞いた!? 聞いたよね、星ヶ丘ちゃん、茶屋ヶ坂先輩! 伏見の奴、十先受けるって言ったよねっ!」

「聞いた聞いた~。アタイでよけりゃあ、喜んで証人になっちゃるよ~」

「えっと、確かに聞いたけど、十先って、先に十回勝った方が勝ちっていう試合のこと……だよね?」

「そそそっ! あ、流石に十じゃ多いなら、三先でもいいよ! そうしとこっか!」


 植田が先輩と委員長を証人にして、勝手に話を進めていく。

 お、おぉぉおいっ! ちょっと待ってくれ! どうしてそうなる!


「いっ、いやっ! どうして今の流れでそうなるんだよっ!」

「いやいや、雑魚伏見クンはサブキャラの敗北は認められないんだろ? メインキャラ使ったガチの試合なら、負けても納得できるんだろ? その為の舞台を整えてあげてるンじゃ~ん!」

「いやいやいや! だからな! 別に負けたことに対して何かを思ってるワケじゃなくて! 舐めプした事に対して申し訳なさを感じてるって話でだな!?」

「だーからぁ! それが言い訳でしかねぇッつってんだよ! サブでも舐めプでもなんでも負けは負けだろうが。そこを認められねぇ雑魚が星ヶ丘ちゃんに詫びるには、三先でガチで試合して徹底的に負かされるしかねェだろっ!」


 ドンッと植田が力強く机を叩く。

 その直後、痛いッ! と手を抱えて騒ぎだすので締まりがない。だが、植田の言葉と態度は、確かに俺を大きく揺さぶった。


 十先とは、古来から格ゲーマーの間で用いられる問題の解決方法の一つだ。

 あーだこーだと余計な言葉を並べる暇があるなら、ゲームで決着をつけろというヤツだ。確かに今の俺の態度は、傍から見れば十先で解決しろよと怒られても仕方がないものかもしれない。けれど、だからと言って委員長と十先なんて……!


「……やろう、伏見君」

「え……」


 騒ぐ植田の声の間を裂くように、委員長の凛とした声が響く。

 あまりの静けさを纏った声色に、俺はつい情けない声を上げるしか出来なかった。恐る恐る委員長を見れば、その顔は真っすぐにゲーム画面だけを見据えていた。

 その横顔の清廉さに、胸が痛い程に締め付けられる。


「三先。一ヶ月後にしよう? 私、一カ月で伏見君に手を抜かれないくらいに強くなるから。伏見君に安心して、本気を出してもらって謝ってもらうから」


 その間も、もちろん勉強はしないと駄目だけどねと苦笑しながら、委員長がゆっくりと顔を俺に向けてくる。委員長の大きな両目が俺をじっと見据え、返事を静かに待っていた。

 じっと俺を見つめてくる黒々とした両目には、一切の迷いが無い。

 逃げるなと。確かな意志を感じ取り、俺は頷くしか出来なくなった……。元より、植田曰くの負けを認められない雑魚の俺には、拒否する権利はないだろう。


「……委員長。俺から頼む。一ヶ月後、俺と三先してください」

「うん。しよう」


 俺は委員長に無礼なめた態度を取った。

 その事を謝る為にも、俺は委員長に本気で立ち向かって勝たなくてはならない。そして委員長も本気で俺に勝って、俺に詫びさせようとしている。勝っても負けても俺が詫びる。

 つまり最大の目的は、互いに本気で戦い合う事にある。


 最早、俺の目の前にいるのは初心者の委員長などではない。

 一ミナヅキ使いのプレイヤーであるのだと、この瞬間に痛感した。


「OK~! 三先成立ぅ! じゃっ、ここから先は、オレ達が星ヶ丘ちゃんに徹底的に立ち回りとムツキ対策教えてくんでっ! 伏見っ、首洗って待ってろよ!」

「オレ達?」

「おん。オレと、白百合さん達! 元々、星ヶ丘ちゃん強化訓練の話が出てたんで、丁度いいタイミングだぜ!」


 こいつ、いつの間にそんな話を進めていたんだ……。

 だがそれが本当なら、委員長にとってはとてつもないプラスになるだろう。それこそ三先で俺のムツキを負かすほどの実力が身につくかもしれない。


「分かった。じゃ、一ヶ月後に。場所はどうする?」

「部室でしよう? ここなら、誰の邪魔も入らないよ」

「……了解」


 委員長は、本気だ。本で俺と一対一の勝負をする気でいる。そして、勝つつもりなのだろう。


 俺は茶屋ヶ坂先輩に一カ月ほど部室に顔を出せないと告げ、返事を聞くまでもなくその場から立ち去った。

 この一か月、俺も本気でブラカニに取り組む。委員長の慈悲に報いる為に。




 真剣にゲームに取り組む。

 ゲームなんかにマジになってどうすんだって、思う奴は思うだろう。

 けれど、ゲームにマジになれなくてどうするんだよと俺は思う。


 だから真剣さの足りなかった委員長との対戦内容について、俺は一生自分を恨むだろう。

 そんな俺に、懺悔の機会を委員長自らが与えてくれた。

 俺に機会を与えてくれた委員長に報いるためにも、絶対に勝たなきゃならない。真剣に戦って委員長に勝つ。それしか、俺が委員長に許される道はない。




 一カ月は長いようで短い。

 その間に出来る事は何だろうかと帰路につきながら考える。委員長は技術的な面の向上だけではなく、間違いなくムツキ戦の対策も積みまくってくるだろう。ムツキ対ミナヅキのダイヤグラムは4:6で、ミナヅキが若干有利と言われている。これは同じ中距離を得意とするキャラでありながら、ムツキの器用貧乏な性能の結果と言えるだろう。

 ただしプレイヤー性能の差で十分に埋まる範囲の話であり、ムツキはミナヅキに比べて単発の攻撃力が高く、体力値、防御値が高いという利点もある。


 俺自身、ムツキを使ったミナヅキ戦は得意でも苦手でもない。これを得意と言えるまでに仕上げる。その為には……ミナヅキ戦の経験を積みまくるしかない。


 俺は帰宅すると即座にスマホを取り出し、SNS上で知り合ったミナヅキ使いと連絡を取った。三先をする事になったので、ミナヅキ戦の練習相手になって欲しいと頼むと、快く了承をしてくれて安堵する。

 どうせならと対戦時に配信もしてみる事にした。ミナヅキ使いを募集する部屋を作り、入って来てくれたミナヅキとひたすら戦い続ける。客観的に観た、俺のムツキに対する意見が得られるのはありがたい限りだ。それが例え、暴論だったとしてもだ。


 試合をして、動画で振り返る。そして修正点を洗い出して直していく。

 地道ではあるが、これが一番の近道なのだと信じて俺はミナヅキ対策を重ねていく事にした。委員長の本気のミナヅキに、俺の本気のムツキをぶつける為に。

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