ROUND.22 やるべき事はただ一つ

 翌日。教室で顔を合わせた俺と委員長は、この一カ月の間、お互いに連絡を取り合わないようにしようと約束を交わした。

 分かったと委員長は頷いて、そっと俺から離れていく。元々の俺と委員長の距離感に戻った様で、少しだけ寂しさを感じる。そんな事を思っている場合では無いのだと軽く頭を横に振ると、不意に背後から声を掛けられた。


「ねぇ、伏見。アンタ、秋帆になんかしたの?」


 振り向けばギロリと鋭い目つきで俺を睨む、クラスメイトの女子・高畑たかばた万梨阿まりあの姿があった。


「昨日の夜、秋帆と話してて、アンタとトラブったって聞いたんだけど。マジなの?」


 委員長の友人である高畑が、委員長からどこまでの話を聞いているかは分からない。俺は少しばかり戸惑いながら、トラブルという訳ではなく、ゲームで真剣勝負をする予定があるのだと説明をした。

 俺の話を聞いた高畑は、訝しんだ顔のまま低く唸る。


「秋帆が最近格ゲーにハマってんのは知ってるけど、何でそんなコトになってるワケ? アンタと仲良く格ゲーしてるんじゃないの?」

「いや……それは、俺が……委員長の気持ちを踏み躙ったからで」

「はぁっ!? 気持ちを踏み躙ったって……ッ、アンタ、何したんだよ!?」

「ちょっ、声デカいって!」


 物凄い剣幕で迫る高畑に、両手を上げて待ってくれと懇願する。

 高畑も自分の声のデカさに気が付いたのか、少しだけ気恥ずかしそうにして、わざとらしい咳払いを一つ溢した。


「えぇと、気持ちを踏み躙るっていうのはゲームの話でさ。委員長は本気で対戦してたのに、俺が手を抜いたんだよ。だから、その罪滅ぼしの真剣勝負か控えてるんだ。何かでかいトラブルがあったってワケじゃない」

「……ふぅん。アタシは格ゲーのこと良く知らないけど、要はアンタが秋帆のこと見下したってコトでしょ? マジありえねぇーわ」

「……申し訳なく思ってる」


 言い返す事など出来やしない。項垂れていると、ようやく腹の虫がおさまった高畑が肩を竦めて見せた。


「アンタが秋帆に格ゲー教えたんでしょ? 最後まで責任持ちなよ」

「責任って……」

「アンタには責任があるとアタシは思ってんの。いーい? 毎晩通話かメッセージでノロケ聞かされるアタシの身にもなってみろよ! 毎晩毎晩、伏見君伏見君って! たまったもんじゃないっつーのっ!」


 こそこそと耳打ちするようにして告げられた衝撃の事実に、言葉を失い硬直する。

 ンな……委員長、何を言ってるんだよ!?


「だから伏見。ちゃんと秋帆のコト、責任取れよっ!」


 ビシッと指先で俺を指して、高畑はフンッと鼻を鳴らしながら立ち去っていく。

 責任て……いや、委員長にブラナイを教えた以上、責任は確かにある。対戦と言う沼地に委員長が足を踏み入れたのも、俺が切っ掛けを作ったと言っても過言ではない。

 益々真剣に委員長のミナヅキに向き合わなければならないと決意を強くして、俺は早速昨日の対戦動画の見直しを始めるのだった。




 交わした約束通り、委員長との連絡は取れなくなった。

 その代わりと言っては何だが、植田からの連絡と、植田から俺の連絡先を聞いた白百合さんからの連絡が頻繁に入ってくるようになった。植田の奴、何を勝手に連絡先を広めてんだと思ったが、相手が白百合さんなので、まぁ許す。


 二人から届くメッセージは、委員長の調子についてが主だったものだった。具体的な練習内容については触れられていない辺り、真剣勝負に対する心構えが徹底しているなと感心してしまう。


『今日は私達で、委員長ちゃんを鍛えてあげたわ。とても楽しそうだったから安心して頂戴ね』


 添付されている写真を見て、ホッと胸を撫で下ろす。白百合さん邸に集まった女性プレイヤー達に囲まれながら、委員長が一生懸命にアケコンを握る様子が写された一枚だ。


 正直に言って、植田だけでは委員長を鍛える事は不可能だっただろう。白百合さん達が居てくれて、良かった。


『ありがとうございます。白百合さん達に鍛えられた委員長との対戦、楽しみです』

『そんな殊勝なこと、言ってられなくなるわよ。委員長ちゃん、強いんだから』


 ……そうだ。委員長の事を気にしている場合じゃない。俺は俺の事をしっかりとやらないと。

 スマホを置いて、アケコンを握る。やるべき事はただ一つ。

 トレモトレモ対戦トレモトレモ対戦対戦対戦――!!


 繰り返す中でミナヅキ戦のノウハウが、俺の中に確かに積み重なっていく。

 対策が完璧とは言えないが、それでもミナヅキ戦が楽しいと感じられるようになっただけでも大きな成長だと思いたい。ムツキミナヅキ五分あるぞ、これ。


『お前の動画見たぜ~! やっぱムツキミナヅキは4:6ミナヅキ有利だなっ!』


 植田からの挑発にも、もはや動じることはない。

 真剣に繰り返した対戦と練習の日々の中、気が付けば俺の中から舐めプという概念は、綺麗さっぱり消え去っていたのだった。

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