ROUND.05 新規勢からしか得られない貴重な栄養素

 植田と動画を見ながらあーだこーだと格ゲー談議をしていると、不意に俺のスマホが振動する。

 画面を見れば、委員長からのメッセージ受信の報せが表示されていた。だらだらと植田と喋りながらメッセージに目を通す。


『伏見君が教室出ていくとき、ちらっと見えたんだけど、ブラナイの本持ってたよね!』


 おぉ、さすが委員長。良く見ているな。


『持ってる。ブラカニの攻略本みたいなもん。見る? 貸すよ』

『ありがと~! 自分でも買うけれど、その前に中身見れるの助かるよー』


 委員長、ものすごい速さで沼ってるな。いいぞぉ。


「伏見! お前、オレの話聞いてるぅ!? オレめっちゃ一人で話しまくってるみたいじゃん!」

「おー、聞いてる聞いてる。ピノマンに対抗して、お前も近距離殴り合いマシーンになれ。そしたら勝てるだろ」

「遠距離キャラ同士の殴り合いとか不毛じゃない!? あ、でも試してみてもいいな。伏見! お前、今日空いてる!?」

「あー、悪ぃ。今日バイト」

「そっか! てか、俺もバイトだったぜ! バイトだから今のうちに寝るぜ!」

「おう、風邪ひくなよ」


 適当にあしらう頃には、既に植田はどこからともなく取り出した枕を顔の下にして、机に突っ伏して眠ってしまっていた。こいつ本当に寝つき良すぎて怖い。


 植田のいびきをBGMに、授業終わりに渡すと委員長にメッセージを返しかけ、手を止める。

 教室内で唐突にブラカニ本を渡すのは、流石にリスキー過ぎるか……? まだ残ってるクラスメイトに俺と委員長のやり取りを見られたら、あらぬ噂が立ってしまうかもしれない。それは委員長の迷惑になるだろうし、それを切っ掛けにブラナイから心が離れてしまっては勿体ない。


 考えた末、放課後、eスポ部の部室に来てくれと付け足した。

 格ゲーマーたる者、リスク管理を怠るわけにはいかない。


 メッセージの送信が終わると同時にスマホをしまい、空になった弁当とブラカニ本をもって部室を後にする。後五分で授業が始まるが、気持ちよさそうに寝ている植田を起こすのは忍びないのでそっとしておこう。さらばだ、植田。




 眠たい午後の授業を終えて、放課後を迎える。

 ホームルームが終わって真っ先に教室を飛び出し部室へ向かうと、既に先客が居るのが分かった。部室の戸を開けて中へ入る。


「お疲れっス」

「お疲れ~! 今日も楽しい部活の時間ぞー!」


 勢いよく返ってきた声は、茶屋ヶ坂ちゃやがさか先輩のものだ。

 窓際の長机は先輩の定位置で、今日もそこにパソコンとゲーム用品一式を展開して鎮座している。今どき珍しい黒縁眼鏡に極厚レンズ、肩まで伸びた赤みがかった茶色い髪が揺れていた。


「先輩は今日、何するんスか?」

「今日はねっ、往年の名作シューティングゲーム『大炎城だいえんじょう』をやるんじゃ~! 今日こそスコアタ記録更新するわよ!」


 そう言って、先輩は目の前に設置されたパソコンの画面を俺に向けてきた。

 この部活、部員は俺と先輩と植田のみだが、何故か機材が充実している。先輩が使うメインパソコンの他にもゲーミングパソコンが三台、モニター五台と最新家庭用ゲーム機が二台、その他オプション品が諸々と充実しているのだが、全て茶屋ヶ坂先輩の私物だと言うので驚きだ。

 それらを全て俺と植田に無償で貸し出してくれているので、俺達二人は先輩には頭が上がらない。


「ファイトっす」

「あんがとー! 伏見氏は? 今日もブラカニトレモ?」

「今日はちょっと人、呼んだんで、その人の相手して帰ります」

「人? まっさっか! 入部希望者かしら!?」

「いやー、入部はしないと思いますよ。残念ながら」

「そっかぁ。まっ、いいや! それじゃあ今日も楽しいeスポ日和といたしましょー!」


 元気よく腕を振り上げ、茶屋ヶ坂先輩はディスプレイを正面に戻してゲームを始め出す。

 茶屋ヶ坂先輩はゲーム全般が物凄く上手い。その中でも一番好きなジャンルはシューティングゲームだそうで、結構いろんなタイトルで記録を残しているらしい。俺も何度か遊んでみたが、あの画面所狭しと散らばるカラフルな弾を避けられる気がせず、すぐに諦めてしまった。


 先輩曰く、パターンを覚えれば誰でもやれるそうだが……ンなことは無いと俺は思う。そのパターンを覚え、針の穴を通すような操作を身に着けるには相当の練習が必要だ。


 ゲームと言っても極めようと思えば何でも練習が必要になる。それがまた面白いのだと俺は思う。



「伏見君! 遅れてごめんね!」



 後ろ手に戸を閉めようとして、背後から響いた声に手を止める。

 振り向けば、そこには目をきらきらとさせた委員長が立っていた。


「いや、俺も今来たばっか。悪ぃな、呼び出して。渡すから中入ってくれ」

「こっちこそ、急にごめんね。お邪魔します」

「どうぞお邪魔してね~!」


 コントローラーを握り、画面に目を向けたままの茶屋ヶ坂先輩の声に委員長がびくりと震える。


「あっち、茶屋ヶ坂先輩。ここのぬし

「主て! ただの先輩に過ぎぬわー!」


 俺と先輩のやり取りに、委員長が噴き出す様に笑う。

 よし、俺達がただのゲーマーではなく愉快なゲーマーとご理解いただけた様だ。


 委員長を部室に通して戸を閉める。

 鞄から取り出したブラナイ本を差し出すと、委員長はその顔に花が咲いたような笑顔を浮かべてくれた。俺は今、ハマりたての人からしか得られない貴重な栄養素を摂取している――!

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