ROUND.06 充実した時間

 攻略本と言うよりも画集に近しいサイズのA4判の本を開きながら、委員長は感嘆の声を上げ続けていた。


「もっと格ゲーの難しい攻略の話がぎっしり載ってるのかと思ったけど、イラストとかキャラ設定もこんなに載ってるんだね!」

「攻略資料兼設定資料集って感じだな。台詞集もあるぞ」

「本当!? わっ、凄い。ぎっしり載ってる」


 ブラナイはキャラ萌え勢も多いためか、公式側がかなり細かい部分まで資料集にまとめてくれていたりする。各キャラ固有技のコマンド表記とモーション写真に加え、誕生日に身長、血液型、趣味に好みの食べ物と詳細なキャラデータが掲載されている。


 思えばキャラのパーソナルデータ的なものには、しっかり目を通してなかったな。


「あっ、このミナヅキの趣味、ビーズアクセサリー作り! 昨日、シナリオ進めてたらいきなり出て来てビックリしたけど、理由が切なくて泣いちゃった……」

「あー、初代のあれだろ。ミナヅキとムツキのやり取りの」

「そう! 私、本当に前情報何も無しで始めたから、あの二人が兄弟って事も知らなくて」

「知らないとビビるよな。どこまでシナリオ読んだ?」

「双子のキャラが出てくるところかな。そう、フヅキとハヅキ! この二人のバックボーンもしんどすぎて驚いたよ……」

「おぉ、もう中盤過ぎじゃねぇか。委員長、かなり長時間ストーリー読んでたな?」

「えへへ。つい夢中になっちゃって。双子もだけど、ブラナイって意外とハードなんだね、設定とか」

「まぁ、あの双子はブラナイの中でも特に異質だから……。そういうのいける口なら、シモツキの話も楽しめるかもな」

「そうなんだ! 楽しみ~。伏見君、ストーリー面も把握してるんだね!」


 ンン―ッ! 委員長に影響されて、昨日から真面目に読みだしたとか言えない……。意地があるんだよ、男の子には。


「やっぱり格闘ゲームをしっかり遊んでると、キャラのことにも詳しくなってくるのかな?」

「それなりにな」


 いうて、委員長の言う詳しいとは違うと思うけど。

 俺達格ゲーマーの言うキャラに詳しいは、キャラの性能、扱い方、キャラ対策諸々、そういった方面での詳しいと言う話になる。正直、メイン使用キャラクターのムツキの誕生日だの身長だのは覚えていない。あ。でも、一つだけ印象的で覚えていたものがあるな。


「ムツキの趣味が四葉のクロバー集めなんだけどさ、ミナヅキとの関係で重要な要素になってるから、覚えとくといいかもな」

「兄弟で凄くファンシーな趣味してるね。よしっ、今日も帰ってストーリー進めないと! まだブラエクもブラカニも残ってるし!」

「焦らずのんびり遊んでおくれ。派生作品も多くてマジでストーリー追おうと思うと、かなりの物量になるからな」


 覚悟しとけよと冗談めかして言うと、委員長は肩を揺らして笑ってくれた。


「私、好きになると、とことんハマっちゃうタイプだから、追えるものが沢山あるのは嬉しいな!」


 心底嬉しそうに笑うその顔が眩しく見えて、思わず目を細める。

 思えば、委員長が笑っているところをこんな至近距離で見たのは始めてだ。……遠巻きに何度か目にした事はあったけど、やっぱり可愛らしいよな。


 本を手渡そうとすると、この後、書店に直行して買ってくるから大丈夫だと、委員長が張りきった様子を見せた。すっかりブラナイやる気勢じゃないですか!

 去り際に振り向いて、委員長は俺に向かってにこりと微笑んだ。


「もっと伏見君とブラナイトークできる様に、ストーリーも本も熟読して勉強してくるね!」

「お、おう」


 制服のスカートの裾を翻し、委員長は足早に去っていく。

 遠ざかっていく背が見えなくなるまで見送って、俺はやけに自分の心臓が早鐘を打っている事に気が付いた。えっ、マジか。まさか、俺、そんな、いやいやいや! 単純か!?


「伏見氏~。イチャイチャするなら他所でやってくれんか~。アタイ、ギャルゲは専門外!」

「俺だって専門外っスよ! 邪魔してすみません、この後バイトなんで帰ります」

「うぃー。また明日!」

「また明日。お疲れ様っス」


 鞄を手にして俺も部室を後にする。eスポ部、部活と言いながら自由な活動をモットーとしている為、毎日開催・好きな日に来て遊ぼうねというフリーダムスタイルを採用しているのである。お陰で物凄く居心地がいい。

 これも全て、茶屋ヶ坂先輩が先生方に完璧なプレゼンテーションを行った結果であると言うのだが、その詳細は謎に包まれたままだ。というか、謎のままが良い気がする。


「あ゛ー! ボムっ! 違う! 押してない!」


 先輩の悲鳴を背に受けながら、俺は部室を後にした。


 何にせよ、少しとは言えキャラとストーリーの話を委員長と出来て満たされた感はある。お陰で今日はトレモに励めそうだ!

 今日のトレモメニューを考えながら、俺はバイト先へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る