ブリ子&レヴィ ~潜入先の人型戦略兵器が“ダメかわ”すぎたので、スパイの私は世界を敵に回すことにした~

ヱノプルギスの夜

わたしたちの重力編

第1話 序章『文化祭練習_屋上.mp4』

 警告音が、鼓膜を突き破るように鳴り響いている。

 視界は赤く明滅し、コックピットの計器類は、もう何一つとして正常な数値を指していない。


「ハァ……ハァ……ッ」


 肺が焼けるように熱い。

 握りしめた操縦桿の感触だけが、かろうじてまだ生きていることを教えてくれている。


 目の前には、宇宙を塗りつぶすような虹色の光。

 かつて私が愛し、守ろうとした少女の成れの果て――『アルカン・シエル』が、無慈悲な光を収束させようとしていた。


 ――届かないのか。


 そう覚悟した、その時だった。


 殺伐とした戦況図やアラート表示が、ノイズと共に一斉にかき消される。

 代わりにモニターを埋め尽くしたのは、荒い画質の映像。手ブレした、雑なスマホのカメラワーク。


 そこには、学校の、誰もいない放課後の屋上が映し出されていた。




『あー、あー、マイクテストー!』




 スピーカーから響いたのは、この地獄のような戦場にはあまりにも不釣り合いな、気の抜けた少女の声。


 画面の中では、ブリ子が掃除用のデッキブラシをマイク代わりに握りしめ、恥ずかしそうに、けれど誇らしげに、アンコール用に準備していた曲『終わりのない散歩道』を歌い出そうとしている。


『ちょっと、らんすけと……アンタのための曲よ!真面目にやりなさいよ!』


 画面の端には、顔を赤らめる過去の私の姿。

 文句を言いながらも、満更でもない顔で体を揺らし始めている。


 なんでもない、二人の少女が、てれくさそうに目をあわせ、歌い始めた。


 レヴィは、LD1000エルデミーユのコックピットで、呆然とその映像を見つめていた。涙で滲む視界の中で、かつての自分が、ブリ子と笑い合っている。


 ここにはない景色。

 二度と戻らない時間。


「……ふっ、あはは……」


 乾いた笑いが、喉から漏れた。

 涙で滲んで、モニターがよく見えない。


「……っ、うぐッ、……ぁ、……ぁあ……」


 腕を伸ばし、優しくモニタに触れる。


 ねえ、ブリ子。

 こんな時まで、あんたは寝癖がついたままだよ。


 レヴィは、震える手で操縦桿を握り直した。

 システムは沈黙し、今はもう、ただの冷たい鉄の棒でしかないことは、分かっていた。


 砕けた指先に力が入らない。感覚がない。

 血で滑るグリップに、自身の体重ごと叩きつけるように身体を預けた。


 ガコリ、と。

 連動しない操縦桿が、底付きする乾いた音だけが響く。


 まだ、終われない。

 あの子の寝癖は、私が直すんだから。


「……うご、け……ッ」


 血の泡と共に、喉から絞り出したのは、願いというより呪詛に近い。


「ブリ子が…… そこに、いる……ッ」


 レヴィの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。

 その涙の匂いは、どこか懐かしい――。



 鼻孔をくすぐる、焼けたオイルと潮風の記憶。



 あの時、私はまだ知らなかった。

 彼女の笑顔の裏に眠る、星すら飲み込む「絶望」の正体を。

 そして、その絶望を目覚めさせるのが、他でもない――私自身だということを。


 ――そう。全ては、あの夜から始まったんだ。


 野宮リリコという少女が持つ引力に、私が捕らえられた、あの湾岸の夜から。

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