レインコートで待っている

 おあげが来てしばらくした頃、冒頭に書いた私の銀行口座が差し押さえられるトラブルが発生しました。手続きや事情説明、多くは語りませんがそれにより起きた代替の仕事の組み直し……で寝る間もなく奔走しぼろぼろになっていた私。

 おあげに構う余裕もなく、とうとう胃潰瘍で搬送され熱が下がらず寝込む日々が続きました。


 早朝の散歩も、実家から来てくれる母や、頑張って起きる妹に任せっきりに。

 そんなある日の朝、部屋のドアがノックされました。


「お姉ちゃん、頑張ってドア開けきる?」


 開けると、そこには水玉のレインコートを着たおあげがちょこんと座っていました。大っ嫌いで着ないと意地でも拒否していたレインコート、それを着たまま、ちょっと誇らしげに私を見上げるおあげを見て涙が出ました。


「えらいね、レインコート着れたのね。とっても可愛いよ」


 気づけば、あれほど苦手だったはずの犬を抱きしめていました。

 もちろんおあげは人の言葉なんて分かりません。でも、毎日仕事前に散歩に行っていた住人が、部屋から出てこない事には疑問を感じていたのかもしれません。


 苦手な事にも向き合ったこの子に、ちゃんと私も向き合おう。

 休んでいる中でも対応に追われる日々でしたが、おあげがどうしたらもっと楽しく過ごせるかを考えるようになりました。


 我が家に来たときに、唯一困ったのが「自分の足を思いっきり噛む行動が目立つ」でした。そのうち血が出やしないかと、こちらはもうハラハラしてしまう。

 調べるとストレスということもあり、たくさん話したり、撫でる要求に応えるようにもしていました。けれど、それだけではエネルギーを消費して妹たちも長くはもちません。

 母と調べ色々と探っていく中で「散歩、30分じゃ短くない?」と気づくように。そりゃ、犬飼った事なかったらネットや本の情報を鵜呑みにしてしまいます。今では1時間から1時間半の散歩は当たり前になり、おあげ自身も「構われてなくてちょっと不服な時」に足を甘噛みする程度になりました。(もちろんそれも「ストップ」と言うとすぐやめるようになりました)

 用意した犬用のおもちゃも、自分で遊ぶ方法を知らないのか一切興味を示しません。

 これも、部屋の中で遊ぶ時間を作って、少しずつおもちゃに慣れてもらうことから始めました。


 自分を傷つける事で示していた意志を、別の事で発散させるようにしていきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る