あげ詞とダンダンステップ

 おあげが初めて我が家に来た日。

 クレートから一目散に飛び出したおあげは——フローリングでめちゃくちゃ滑りました。

 クレートに入るのは今でも嫌がりますが、長時間の車移動や知らない場所、本当にびっくりして怖かったのでしょう。

 けれど、妹が優しく辛抱強く呼ぶと、鎖の届く位置まで来て、首輪に繋がせてくれました。

 妹が用意していた首輪は、おあげが痩せすぎていて抜けてしまうとの事でした。

 本来、おあげの大きさなら12kgあっていいと言われたのですが、ガリガリに痩せ細っていたところを発見されたらしいおあげは、うちに来たばかりの頃7.3kgしかありませんでした。


 初日からお腹を見せて撫でてほしいとアピールはしてくるものの、ご飯も最初はなかなか食べてくれませんでした。職員さんのように、おやつとして手からあげるのはどうか、と差し出してみましたが一向に食べないのです。

 やっと食べたかと思えば、口に咥えた分をベッドまで持っていき、まず少しタオルやブランケットの下に隠してから次の分を持ってきて食べる。


「これは全部おあげのだよ、誰もとらないよ」


 そう言って、まずはご飯を食べてもらう事と部屋に慣れてもらう事にしました。


 驚いた事に、おあげは全くと言っていいほど家の中で鳴きませんでした。

 けれど、少しでも私たちの姿が見えなくなると寂しそうに鳴くのです。実家に夕飯に行く時には、外に出ると弱々しい遠吠えのような声が聞こえます。

 近くの空き地に家が建つ際の地鎮祭の祝詞と、部屋に籠った妹に対するおあげの寂しい声が重なってこれを「あげ」と呼ぶようになりました。


 また、ある日の通り雨の日は、びしょ濡れになったおあげを拭くために首輪を外しました。

 センターの人が話していましたが、元々おあげは飼われていた事があるのでしょう。ドライヤーをつけるとコードを噛まずに背中を預けてきます。そして気持ちよさそうに乾かされているのです。


 そしてドライヤーが終わり、いざ首輪をまたつけようとすると、ダンダンダンとステップを踏み、後ろに飛び退ったり回ったりして首輪を避ける不思議な動きをしました。

 私と妹は「ああ、そんなに首輪をつけるのが嫌なんだ」「怖かったね、ごめんね」と言ってしょんぼりしながらなんとか首輪をつけました。

 しばらくそっとしておこう……とその時は離れましたが、今となっては笑い話です。

 このダンダンステップは、おあげが遊んでほしい時にするものだったのです。

 犬を飼ったことのない私たちにはわかっていなかったのでした。

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