俺を数えろ 〜異世界で理不尽を超える〜

四亜イズイ

プロローグ・理不尽な死

 俺の名は分林一人わけばやしかずと、高校2年生だ。自慢じゃないが、俺の人生は理不尽に振り回されるクソったれなものだった。


 思えば、どこかおかしくなり始めたのは5、6歳のガキの頃。母の病気が発覚してからだった。

 個人で飲食店を営んでいた父は、母が病院に入院してから人手が足りないからと近所の若い女を従業員として雇うようになった。

 まだ幼児だったため、いつも甘えていた母がいなくなって心細くなっていたのだろう。育児が面倒でほとんど構ってくれない父ではなく、新しく飲食店にやってきた優しそうな大人のお姉さんに甘えるようになったのは必然と言えた。


 それからまもなく、父は休みの日や夜にお姉さんとよくどこかへ出かけるようになる。

 最初はついていこうとしたが、

「カズ君にはまだ早いかなぁ。家でおとなしく待っててくれるとお姉さん嬉しいな」

 そう言われ、お姉さんに懐いていたので何の疑問もなく了承した。


 母のお見舞いでは、


「母さんは今大変だから、余計な心配をかけさせるんじゃないぞ」


と父に言われていたため、お姉さんのことについては母に秘密にしていた。いや、しちまっていた。

 その本当の理由がわかったのは、小学校に入学してすぐ。母が死んでからだ。

 母が死んですぐ、父は


「新しい母さん、お前も知っての通り環奈かんなさんと、その娘でお前の義理の妹になる結和ゆいなちゃんだ。家族になるんだから、仲良くするんだぞ」


 まだ、その現実を受け入れられずにどこか虚無感を心に宿して普段の生活を送っていた俺にそう言って、従業員のお姉さんとその娘を紹介してきた。

 その瞬間、飲食店の客とよく話していて年齢の割に大人びていた俺は、母の死をそれほど悲しんでない様子の父へ初めて怒りの感情を抱くと同時に、母が入院している間に父、いや――アイツは不倫していたのだと理解した⋯⋯。




ピピピピッ、ピピピピッ――カチッ

 

 耳に優しくない、けたたましくなっている目覚ましを止めて体を起こす。


「ふあぁ〜」


 固まっている体を伸ばすと、気持ちよくて思わず口からあくびが漏れ出る。


「おにい、おはよう」


 ベッドの脇から声をかけてきたのは中3で受験期の義理の妹――結和だ。

 いつもはポニーテールで後ろで結んでいる黒髪を朝だからおろしていて、勝ち気な印象は鳴りを潜めていておとなしめになっている。黙っていれば物語に出てくる深窓の令嬢のような貌に、寝癖がところどころついていてかわいらしい。

 

 最初は険悪な関係だったが、だんだんと打ち解けていって、4年前に変質者のおっさんから襲われそうになっているのを守ったのをきっかけに俺に懐くようになった。

  

 昔の懐かしくもあまり思い出したくない夢を見て少し憂鬱になっていた心が癒やされるのを感じる。


「おはよう、結和」


「お兄なんか悪い夢でも見た?」


 俺的にはいつもと変わらずに返事をしたつもりだったが、どうやら義理でも、妹である結和にはお見通しらしい。


「いや、少し昔の夢を見てさ〜」


「えっ、昔ってあたしがお兄と仲良くなかったときの?」


 焦ったように頬を赤らめていつの夢か聞いてくる。普段勝ち気な結和が焦っているのは珍しく、からかいたい衝動が芽生えるが、面倒になりそうな予感がしたので普通に答える。


「お前と出会うより前のだよ」


「よ、よかった〜」

 そう言うと、結和はあきらかに安堵したように息を吐き出す。こいつは何故か出会った頃の俺とまだ険悪な関係だった時の話題になると焦りだす。


「あっ!そんなことより、早く家出ないとお義父さんが起きてきちゃうよ!」


「ははっ、そうだな。アイツが起きてきてもめんどくせぇし、さっさと起きて支度するか」


 話題を変えようとしているのは明白だったが、確かにアイツが起きてきてもめんどくさいので気だるげな体を動かし、ベッドから降りて早く学校に行く支度をすることにする。

 

 諸々の支度を済ませて結和と喋りながら朝食を食べ終え、病気で死んだ実母と中学の頃に交通事故で死んでしまった義理の母である環奈さんの遺影に黙祷を捧げていたとき――


ゴソゴソッ


と、二回の住居スペースからアイツか起きたであろう音がした。


「じゃあ、そろそろ行ってくるわ」


「うん、行ってらっしゃい。無理しないでね!」


「ああ、行ってきます」

 

 まだ夏休みが終わっていなくて学校がない結和を残して家を出る。

 外に出た瞬間ムワッと熱気が顔面に押し寄せる。冷房が効いていた屋内との落差が激しすぎるあまり、毛穴という毛穴から汗が吹き出す。


「マジで最近の暑さは異常だろ⋯⋯」


 ただでさえ学校に行くのは憂鬱なのに、この暑さが前へ進もうとする足を重くさせる。

 それでも毎日通っている義務感からか足は勝手に動いて気づいたときには校門を抜けて昇降口についていた。

 更に重くなった足取りで教室へ向かう。


ガラガラッ、教室のドアを開ける。


「おっ、今日もちゃんと学校来れて偉いじゃん、か・ず・とく〜ん」


 教室に入ってすぐに声をかけて来たのは、周りに取り巻きを従えさせてどっかりと机に偉そうに座っているクラスでも中心人物の伊集院金斗いじゅういんかねとだ。明らかに態度が悪いのに誰も注意しないのは、こいつがクラスの中心人物だから――だけではない。

 

 こいつの親は伊集院財閥のトップであり、こいつを溺愛している。伊集院財閥は国内でもトップを争うほどの財力を持っていて、金に物を言わせて方々にコネも持っているため誰も、教師さえ逆らえない。

 更には、コイツは有名な不良グループにも所属していて他生徒をいじめ抜いて潰すのが趣味だという。なにかやらかしても親が金でもみ消すため救いようがねぇ。


 ここまで言えばわかるだろうが、俺はそのいじめ好きなクソガキの標的にされている。俺は喧嘩が強いので、コイツらだけであれば何の苦労もなかった。

だが――


「おい、何無視してんだ。がたいが良いだけの何の取り柄もない愚図が。何度も言ってるよなぁ?俺が親父に頼べばお前んちのちっぽけな飲食店なんてすぐ潰せるってよぉ」


 そう、中学の頃はまだそこまでだった俺とあのクソ父親が今、顔を合わせるたびに恨み言を言うほどまで決定的に仲が悪くなったのはコイツが原因だ。

 コイツにとって俺達を路頭に迷わせることはわけない。俺とあのクソ父親だけならばこの場で殴って黙らせていたが、結和がいる。

 俺はともかく、結和を路頭に迷わせることは許容できない。だから、コイツに従うしかない。


「悪かった。おはよう伊集院」


「あ”あ?伊集院”さん”だろ?いつからお前はそんなに偉くなったんだ?」


「伊集院、さん」


屈辱に悶え苦しみながら言う。


「チッ、最初からそうしとけよ愚図が」


 ふと、取り巻きの一人がこちらを見ているのに気づく。そいつの名前は佐藤聡汰さとうそうた。元々いじめられていたのはこいつだったが、喧嘩が強くて少し調子に乗っていた俺は入学したての頃にいじめられていたこいつを庇った。


 それ以降は金斗に目をつけられて俺がいじめられるようになり、佐藤はいつの間にか金斗の取り巻きの一人になっていた。いじめに耐えるのに必死で、怒りは湧いたが恨み言を直接口にすることはなかった。

 

 その佐藤はなぜか俺のことをいつも親の敵のように睨んでいるが、今日に限ってはなぜか不気味なほどの喜色を目に乗せて俺を見ていた。顔には笑みまで浮かべている。それを見て、言いしれない不安が俺を襲った⋯⋯。



◇◆◇


「おい、愚図。18:00に〇〇✕✕の裏路地に来い」

 

 今日の授業が全て終わり、帰り支度を整えている俺に金斗が命令してきた。

 明らかになにか犯罪臭がするが、まさか夏でまだ日が高い夕方にそんなことはないだろう。

 そう思った俺は、特に文句は言わずに家に帰った。

 家で少し休憩してから、約束の場所に向かう。結和が家にいなかったことは気になったが、まだ明るいし店は定休日なので受験勉強に行っているのかもしれない。クソ父親もいなかったが、そっちは全く気にもならない。


 しばらくして、約束の裏路地につく。


「おお、来たか愚図。どうだ?びっくりしたか?」

 

 俺を呼び出した張本人の金斗がなにか言っていたが、それが全く耳に入らないくらいそこで見たのは、信じられない、信じたくない光景だった。

 そこでは、クソ父親に拘束されて今にも服が脱がされそうになっている結和とそれをニヤニヤ眺めている金斗と取り巻き、その仲間っぽい数十人はいそうな不良たち、そして笑みを浮かべながら眼の前に立っている佐藤という理解が追いつかない光景が広がっていた。


「これはどういうことだ⋯⋯?」


思わず口から言葉が溢れる。


「どういうことだ?じゃねぇんだよクズが!!!俺を庇ったつもりになって優越感に浸れて気持ちよかったか?俺が屈辱に死にそうになっている間もお前は愉悦に浸っていて楽しかったか?やっとこの時が来た!!!やっとお前に復讐できる!!!この場を用意してくれた金斗さん達と協力してくれてる親父さんにはほんと感謝してもしきれねぇよ!!!!」


 笑っていた佐藤が気が狂ったように叫ぶ。

 こいつはなにを言っているんだ?疑問は尽きないが、俺はこの状況を理解するよりも早く、反射的に佐藤を殴ろうと動き出していた――


「おっと、行かせるわけにはいかねえな」


「がっ、グゥ」


が、金斗の仲間っぽい不良どもに行く手を阻まれ、顔面を殴られる。


「お兄ィ!!!!!」


結和が悲痛な叫び声をだして暴れる。


「ちっ、かったるいなぁ。おいお前ら、ナイフで脅しても良い。大人しくさせろ」


 がたいの良い不良が他の不良に命令する。

それでも結和は暴れ続け、ついに――ずぶり、と抑えるのに失敗した不良のナイフが刺さる。


「えっ」


 そうこぼして、内臓が傷ついたのか大量に吐血しながら結和が倒れる。

 それを見て、地獄のマグマのように怒りがふつふつと湧いてくる。そして、プツン――と何かが切れる音が頭の中でした。


 そこからは、殴られることも刺されることもお構い無しに暴れまくった。だが、数の力というのは理不尽なものだ。いくら俺が喧嘩に強くとも、不良ども10人以上対一人では限界がある。

 血が足りなくなって地面に倒れる。段々と意識が遠くなっていった⋯⋯。


 

 走馬灯のように昔妹としたやりとりが思い出される。

 それは俺がまだ中学生でオタクに精を出していた時の仲良くなったばかりの妹との会話だ。


 まだ完結していない長編アニメの最新話を見終わった俺は唐突に妹に聞いた。


「なぁ結和、大金もらえたり欲しい能力が手に入ったりするならどんなのが良い?」


「急に何?そんなの大金貰って家族で分けて、みんなで贅沢して生活したいに決まってんじゃん」


 俺に似て欲望に忠実なところはあるが、ここで、自分だけではなく他人も思いやれる妹が誇らしい。


「相変わらずお前は欲望に忠実だが、優しいなぁ。でも、俺は自分を増やせる能力一択だね」


「なんで?お兄が増えるのは嬉しいけど」


「俺、アニメ見ながら思ったんだ。俺1人では限界がある。俺が死ぬまでに全てのアニメを見ることは不可能だろうってな。だから自分を増やして全てのアニメを見たい」


 そう、アニメはあまりにも多くの作品があり、そのアニメを見ている間にも別のアニメが作られている。

 そこで、俺が増えれば全てのアニメを網羅できると考えたわけだ。


「お兄もあたし以上に欲望に忠実じゃん!もうちょっとで受験だから勉強いっぱいできるとかかと思ったのに」


 勉強?そんなものはとうの昔に諦めた。幸い、地頭はそれなりに良いため、ある程度の高校には進学できる。っていうか結和もそれは知ってるだろうに…。


「何面白いこと言ってんだ?心にも思ってないこと言ってんじゃねえよバカ」


「あははっ!まぁ、お兄に似たあたしがこうなんだから、お兄もあたし以上に欲望に忠実だよね〜。まぁ、良いんじゃないその能力。強いお兄が増えたら、ちゃんとかわいい妹のこと守ってよね〜」


「何回面白いこと言う気だよ。ヤンチャなお前を守る必要はないだろ」


「ホントお兄って乙女心わかってないよね!!」


 そういって口を膨らませる結和は、ヤンチャだが、そこもとてもかわいい俺の宝だ。


「ぅん…」


 意識は戻ったが、周囲がぼやける。

 目の前に視線を向ける。

 ソレを見た瞬間、夢のようにさえ思えたさっきの出来事に実感が伴う。


 それと同時に今更ながら深い絶望と死への恐怖が俺を襲う。

 

 なぜ、こんなことになる?俺が何をした?いじめを助けたのがだめなのか?

 自問自答するが答えは出ない。

 

 さっきの走馬灯を思い出す。そうだ。俺がもっといれば結和を助けられた。だが、そんなことは現実には起こり得ない。

 大切な義妹を失った喪失感と死にたくないという気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって気が狂いそうだ。だが、体は限界を迎え再び意識が遠くなる……。


【深い絶望を感知しました。】


【絶望と同時に強い生への執着を感知しました。魂が変質します。】


【スキル『マルチ・プレイヤー』が発現しました。】


 そんな、どこか聞いたことのある声が聞こえる。

 

 俺が最期に見たのは、毎日笑いかけてくれ、時に怒り、時に甘えてきた、血は繋がっていないが俺の妹である結和の死に顔だった……。

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