第16話 模範的な魔族の振る舞い
「あははははは――!」
俺はオカマジジイの頭を掴んで、特上席から舞台へと放り投げた。悲鳴を上げながら吹き飛んだジジイは、石畳を砕いて砂煙を巻き上げる。
頭痛がEDMみたいに鳴り響いて、楽しくて楽しくて仕方ない。頭の内側から何かが語りかけてくるんだ。楽しく踊ろう。たのしく、たのしく、こいつをぶっ壊してやろうって。
俺は飛び上がり、舞台に降りる。
足の裏が、ねちゃりと血を踏んだ。アイスクリームの雨はすぐに止んで、舞台は真っ赤な血溜まりに沈みかけている。どこかの内臓が、肉片がたくさんたくさん転がっていて、まるでバイキングの皿の上にいるみたいで面白い。死に損ねたやつが何匹かいたんだろうな。うめき声が夜道の蛙の声みたいに響いている。
「……ふふ」
ああ、俺はイカれてしまったのかな。
こんな景色が、こんなグロテスクな音楽が、楽しくて仕方ないんだもん。
ピチャピチャと、舞い上がった破片が落ちていく。砂煙の隙間から、背中を弓みたいに反りながら起き上がるじいさんが見えた。
ジジイの身体から魔力が立ち上り、膨れ上がった。
「舐めるんじゃないわよ、小僧ォォオ!」
破裂した魔力が暴風を巻き起こし、血溜まりに波を起こした。小石が顔にあたる。笑いが止まらない。
「……私は大魔法士よ! おめえみたいな生まれたてのガキが、逆らっていい相手じゃねえんだよ!」
「……はっ」
俺は一笑した。
「肩書なんか知るかよ。死ねばそんなもん糞の役にも立たねえだろが」
「クソガキがぁ!」
ジジイの前に魔法陣が広がる。短縮詠唱。風のような速さで構築された術式は、炎の龍を生み出した。
血溜まりから湯気があがる。
嗤いが止まらない。
ああ、あのときを思い出すよ。三年前、焼かれた故郷の匂いと同じだ。目を見開く。目が血走る。のどが渇いてよだれが溢れた。
喜悦と憎悪が俺の心臓に痒みを与えた瞬間、炎の龍が躍りかかってきた。あぎとを開きながら、噛み砕き焼き尽くさんと。
だが――。
「リヒト」
龍が膨れ上がり粉々に吹き飛んだ。散らばった火の粉が、雪のように降り注ぐ。
俺は横に目を向けて、微笑んだ。
「……アイファか」
「うん、おかえりなさい。いや、ただいま?」
「どっちでもいいよ。来てくれてありがとう」
俺がそう言うと、アイファがうっとりと目を細めた。
「リヒト、変わった。
「ははは、イカれただけだよ。大したことじゃない」
「……ううん。やはり思ったとおりだった。あなたは私の魔王様。魔王になるのは、あなたが相応しい」
「……なんだそりゃ」
相変わらず訳わかんねえやつ。
肩を竦めていると、魔法を打ち消されて愕然としていたジジイが声を張り上げた。
「な、なによあなた! 一体なにものなのよ!?」
「……はは」
やっぱりライラのやつ、アイファのことを話していなかったみたいだな。
あの快楽殺人鬼が考えそうなことだ。最初からあいつはこのジジイを生贄にする気満々で、協力する気など微塵もなかったんだろう。ははは、相変わらずクソみたいな女だ。
「自己紹介必要?」
「いいよ。覚えられる意味もない」
「……そう。そうだよね。さすがリヒト」
「それよりアイファ。お前、本当は最初から首輪の効力受けていなかったんだろ? 炎龍弾をかき消しちまうくらいなんだから」
「……嘘ついていた。ごめん」
アイファは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
「……あなたの側にいたかったの」
「……」
説明になっていないし、言葉が足りなすぎる。
だが、アイファはそれでいい。そういう不器用なやつだ。たぶん、俺の通過儀礼を促すために何も手出しせず様子を伺っていたんだろう。なぜ俺が大罪の力を持っていることを知っていて、どうやって紛れ込んだのか……まだ謎は多いが、今はそれを追及する時間ではない。
それに――。
「……そういうことか」
アイファの顔に触れた。恥ずかしそうに俯く彼女を見て、ライラがなぜ手を出さなかったのか理解する。
彼女も、同じなんだ。
〈大罪〉の一人。
「……はははっ」
警戒のあまり動けずにいるジジイに目を向けて、嘲弄の笑みを浮かべてやる。
「なにが可笑しい……?」
「あんた、終わったよ」
「……あ? 舐めるんじゃねえって言ってんだろ。たかが炎魔法をかき消したくらいで調子に」
「うるせえよ」
ジジイの懐に潜り込んだ。
魔力の巡りがはやい。身体に異様なほど馴染んで、細胞の隅々まで行き渡るようだった。淀みなく行われた肉体強化。俺は、渾身の力をこめて拳を叩きつける。
魔力障壁にぶつかった。
甲高い金属音が鳴り響き、砕けた俺の拳から血が噴き出した。冷や汗を流しながら笑うジジイ。
馬鹿が。
「あはっ」
俺は瞬間的に魔力を爆発させ、砕けた拳をもう一度障壁に叩きつけた。
障壁が粉々に砕け散る。呆然と目を見開くクソジジイ。骨が突き破った拳。俺はゲラゲラと笑いながら――。
――そのままジジイの顔面を全力で殴りつけた。
憎しみと怒りが爆発した。駆け巡る記憶。こいつにされてきたこと。望まぬ戦い、拷問、連れて行かれる仲間たち、絶望に染まったアンナの目。
イザーク。
イザークイザークイザークイザークイザーク――。
骨の砕ける音が幾重にも幾重にも木霊する。歯が砕ける感触。ブチブチと千切れる首の筋。俺は叫んだ。笑いながら、怒りながら、殺意を爆発させながら。
クソジジイの頭を彼方まで吹き飛ばす勢いで、拳を振り抜いた。
轟音。壁に巨大な亀裂が走り抜け、巨人が踏みつけたような衝撃に大地が震えた。叩きつけられたジジイは、白目を剥きながら血と歯を吐き捨てて倒れ伏した。
首が明後日の方向に曲がっている。虫の息になって、ピクピクと震えるジジイを俺は掴み上げた。
ああ、鼻息がどうしようもなく荒くなる。
興奮が収まらなくて体中の細胞がむず痒い。想像を絶するような怒りが、俺の中で暴れまわっていた。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
「おい」
駄目だ。殺すな。
殺したいけど殺すな。
「……アイファ、回復魔法は使えるか?」
声が震える。
「うん、使えるけど……。まさかそんなやつに慈悲をかける気?」
「ちげえよ」
そんなわけないだろう。
こんな程度で済ませる気なんか毛頭ない。俺の顔は勝手に歪んでいく。暴力的な衝動が脳内麻薬と混ざって、頭の中が溶けそうだった。
「ジジイ」
「……ひ、ひぃぃ」
ジジイはまだ辛うじて生きていた。はは、魔族はさすがに頑丈だ。首の骨が折れていてもまだ意識ははっきりとしていやがる。
俺はジジイによく聴こえるように、耳元に口を近づけた。
「783。この数字が、なにか分かるか?」
「……や、やめて……い、痛い……いたい、の」
「ビルケンシュトック領の人口だ。てめえと、ライラが不幸にした魔族たちの数だよ。てめえらの薄汚え欲の犠牲者の数だ」
――だからな。
「てめえには、その分の責任をとってもらう。783回。俺はこれからてめえを半殺しにする。死にそうになったら回復魔法をかけて、意識を取り戻した瞬間にまた痛めつける。それを、783回だ」
「い、いや……そ、そんな……の。かんべん……し、て」
「知らねえよ、カス」
俺は吐き捨てるように言って、嘲笑を浮かべる。半分潰れた、絶望に染まったじじいの顔に、はじめて芸術性を感じた。人生の皮肉と因果応報を表現した彫像。
あはは、血に染まった笑顔は綺麗だなあ。
「……そういえば、言っていたなあ。奪われる理由は弱いから、力こそが魔族の正義だってよ。ははは、なあどんな気分だよ? 弱者として虐げられ踏みつけにされる気分はよぉ?」
「……ひ、ひいぃぃ!」
「おめえのおかげだ。〈模範的な魔族〉がどういうものなのか、おめえのおかげでようやく本当に理解できた。それだけは礼を言っておいてやる」
俺は、アイファに目を向ける。
アイファは小さく微笑んでいた。まるで、テストで百点をとった子供を見つめる母親のような表情で。俺は嬉しくなって、ゆっくりと頷いた。
じじいが悲鳴を上げる。
俺はゲラゲラと笑った。
ああ、こんなにも気持ちいいものなのか。
なぜ世界から争いが絶えないのか、俺は理解した。
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