第4話 報告
次元の海を抜け、アーク級次元航行艦一番艦「方舟」は、安定した座標域に姿を落ち着けていた。艦内の静寂には、ほんの数時間前まで炎に呑まれていた都市の記憶がまだ濃く残っている。
アレンは執務室の卓上に新しい報告書の用紙を広げ、ペンを走らせていた。横ではカイルが端末を操作し、収集した映像や解析データを整理している。二人の作業は慣れたもので、言葉は少なくとも、役割分担は自然に噛み合っていた。
「今回も随分と重かったな」
カイルが吐き出すように呟く。
「世界が自らを焼き尽くす様を見るのは、慣れるものじゃないな」
アレンは頷きながらも、手を止めない。報告書の一行一行は、ただの義務ではなく、その世界を忘れないための祈りでもあった。
数時間後。提出の準備を終えた二人は、転送通信装置を起動させる。空間が揺らぎ、やがて映像が結ばれた。
「お疲れさまです、アレンさん、カイルさん」
姿を現したのは、多次元統括管理防衛軍MDFのリオ・フレイムハート中央管理官。制服の襟元は几帳面に正され、背後には中央管理室の端末群が整然と並んでいる。だが映像越しに見えるその表情は、かつて戦場でともに汗を流した教え子の顔でもあった。
「リオか。随分立派になったもんだな。俺たちが泥にまみれてた頃は、まだ杖の持ち方も怪しかったくせに」
アレンがからかうように言えば、リオは苦笑を返す。
「昔のことを持ち出されるのは困りますね。今は字の汚さの方が気になりますよ、アレンさん」
「お前な……」
アレンは苦い顔をしたが、カイルが真面目な声で口を挟む。
「読みやすさは大事だよ。報告を受け取る側の負担を考えれば、リオの言うことも正しい」
「……お前まで敵に回るなよ」
軽口を叩き合いながらも、画面の空気は和やかだった。
やり取りをひとしきり済ませると、リオは端末に目を落とし、報告内容に目を通す。
「機械技術の暴走による資源枯渇、そして世界そのものの崩壊。……やはり深刻ですね。延命のための不自然なマナの流れも確認されています。二人が推測した通り、不老不死に関わる試行がなされていた可能性が高い」
読み上げる声色は、すでに中央管理官としてのそれに戻っていた。
「現地の抵抗は?」
「強力ではあったが、目的は防衛ではなく延命。最後まで必死に抗おうとしていた」
「……わかりました」
リオは深く息をつき、画面越しに二人を見据える。
「MDFとしては、この報告をもとに次の対応を協議します。ただ……二人が残してくれる記録は、数字や戦術データ以上の意味を持ちます。中央にいる私たちでは見られない“終わりの姿”を、確かに伝えてくれる」
少し言い淀み、彼は真剣な声音を重ねた。
「……二人にしかできないことです。次も、頼みますよ」
短い言葉だったが、その裏にある信頼と重みは、アレンとカイルにも確かに伝わった。
「ふん、指図する顔もすっかり板についたな」
アレンはわざと不満げに笑い、カイルは静かに「頼まれたからには応えるさ」と応じる。
通信が切れると、艦内は再び静けさに包まれた。報告は終わった。しかし、また新しい滅びの兆候が待っているだろう。
それでも、二人は立ち止まらない。
報告書に刻まれた文字は、終わりゆく世界を記録するための祈りであり、次に進むための灯でもあった。
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