第40話 観測不能領域
上位観測官を退けた――そのはずなのに。
その場に座り込んだ僕の手は、まだ震えていた。
いや、手だけじゃない。
周囲の景色そのものが震えていた。
◇ ◇ ◇
「……なんだ、ここ」
目をこすった瞬間、街の路地がざらざらと崩れ落ちる。
石畳は紙片に変わり、空はインクを垂らしたように黒く染まった。
人の声は遠く、まるで舞台装置が撤収される音だけが響いていた。
魔導書少女が淡々と呟く。
「……観測不能領域に入りましたね」
「領域って……?」
「記録の外。
物語にも、歴史にも属さない場所です。
本来なら存在できない空間」
「そんな場所に僕たちがいて大丈夫なの!?」
「おかしい人ですから」
……だからその説明やめろ!
◇ ◇ ◇
リュカは剣を握ったまま、虚空を睨む。
「……この感じ。俺も少しわかる。
魔王候補として、舞台から外れかけたときに似ている」
「似てるって……安心できない例えやめてくれ!」
◇ ◇ ◇
足元に、白い紙片が舞い降りた。
そこには、黒いインクで大きく一行だけ記されていた。
『ここから先は未記録領域』
「うわ……フリーハンドの注意書きかよ……」
紙片はすぐに崩れて消える。
代わりに、遠くからざわざわと音が近づいてきた。
◇ ◇ ◇
影のような存在たちが現れる。
人の形をしているけれど、顔も名前もなく、
輪郭はぼやけている。
「……何だ、あれ」
魔導書少女が冷静に告げる。
「未記録の住人。
観測されなかった可能性の集積体です」
リュカが剣を構えた。
「つまり、俺たちの“なり損ない”か……」
影たちは口を持たないはずなのに、確かに声を響かせた。
「……返せ……役割を……」
僕の背筋は凍りついた。
モブのはずなのに、なぜか彼らに責められている気がした。
◇ ◇ ◇
次回、「未記録の住人たち」
お楽しみに。
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