第41話 未記録の住人たち

観測不能領域に漂う影――未記録の住人。

彼らは勇者でも魔王でもない。

けれど「役割を与えられそこねた存在」の残滓だった。


◇ ◇ ◇


「返せ……役割を……」


影たちのざらついた声が、頭の中に直接響いてくる。

体温が奪われるような悪寒に、僕は思わず後ずさった。


「やめろ! 僕は……僕はただのモブなんだ!」


「モブ……? 役割ナシ……」

影たちがざわめき、揺らぎ始める。


魔導書少女が冷ややかに告げた。

「あなたの“役割を拒否した存在”は、彼らにとって救いにも呪いにもなる。

だから群がるのです」


「救いにも呪いにもって……両極端すぎない!?」


◇ ◇ ◇


リュカが剣を抜いて前に出る。

「下がってろ。こいつらは記録を奪おうとしてる」


彼が斬り払うと、影は煙のように散った。

だがすぐにまた形を取り戻し、じわじわと包囲を狭めてくる。


「きりがない!」


◇ ◇ ◇


影のひとつが、僕の腕にまとわりついた。

冷たいインクが皮膚に染み込み、記憶が引き抜かれる感覚に襲われる。


――小さな市場のざわめき。

――桶を抱えて皿を洗う感触。


「やめろ……! それは僕の……僕のモブ生活だ!」


叫んだ瞬間、影が弾かれた。

体の奥から、あの時と同じ矛盾の光が溢れ出したのだ。


◇ ◇ ◇


「……やはり」

魔導書少女がページをめくりながら言う。

「モブであろうと宣言するあなたの存在は、未記録の住人にとって毒です」


「毒って言い方やめて! 僕そんな有害物質なの!?」


リュカは笑わずに剣を構え直した。

「だが、確かに押し返せている。

お前がモブで居続ける限り、ここでは武器になる」


……モブでいることが武器?

そんなバグじみた設定、誰が喜ぶんだよ!


◇ ◇ ◇


影たちが一斉に叫ぶ。

「記録ヲ……欲シイ……役割ヲ……」


暗闇の奥からさらに大きな影が揺れた。

まるで、未記録の住人を統べる王のように。


◇ ◇ ◇


次回、「未記録の王」


お楽しみに。

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