第39話 送還の光

観測局の上位者が放った光の鎖は、街の石畳を裂きながら僕を絡め取った。

体が紙片に分解されるような感覚に襲われ、視界が白く塗り潰されていく。


「モブ勇者、送還開始――」


感情のない声が、耳の奥を直接震わせた。


◇ ◇ ◇


「させるか!」

リュカの剣が閃き、光の鎖を弾き飛ばす。

だが切っても切っても、新たな鎖が空から降り注いだ。


「くそっ……際限がない!」


魔導書少女は冷静に本を開き、文字を走らせる。

“対象:モブ勇者、送還抵抗。観測干渉、相殺処理中”


光と闇の記録がぶつかり、路地全体が書き換えられるように歪んでいく。


◇ ◇ ◇


僕は必死に叫んだ。

「ちょっと待て! 送還ってどこに!?

僕、まだ皿洗い残ってるんだけど!」


上位観測官の仮面が、無機質にこちらを見下ろす。

「観測局収容施設。逸脱因子はすべてそこへ」


……あの牢に逆戻り!?

いやいやいや、せっかく脱出したのにリバースエンドなんてごめんだ!


◇ ◇ ◇


「……なら、モブは俺が守る」

リュカが短く言った。

「こいつは俺の同盟者だ。勝手に連れていかせはしない!」


剣を振り下ろすリュカに、上位者は紙片の盾で応じる。

金属と紙がぶつかり、火花と文字が散った。


「……矛盾は連鎖する。

魔王候補の言葉すら、観測に混乱をもたらす」


上位者の声は少しだけ揺らいでいた。


◇ ◇ ◇


魔導書少女が僕の肩に手を置いた。

「宣言してください。あなたの役割を。

“送還されない”という事実を、言葉で刻むんです」


「宣言って……僕そんな大層なこと――」


「皿洗いでいいんです」


……皿洗いで世界救えるのか!?

でも、やるしかない。


◇ ◇ ◇


「僕は――この世界で皿を洗い続けるモブだ!」


叫んだ瞬間、ページがめくれ、光が逆流した。

送還の鎖がひび割れ、空から降る紙片が燃え尽きていく。


上位者が初めて声を荒げた。

「……観測不能――!?」


◇ ◇ ◇


白と黒の光が交錯し、路地が爆ぜる。

僕は思わず目を閉じた。


次に目を開けたとき、上位者の姿は消えていた。

残されたのは散り散りの紙片と、僕の震える手だけ。


◇ ◇ ◇


「……守り切った、のか?」

リュカが肩で息をしている。


魔導書少女は記した。

“送還失敗。対象:モブ勇者、観測不能領域に突入”


「……胃が痛ぇ……」

僕はその場にへたり込み、天を仰いだ。


◇ ◇ ◇


次回、「観測不能領域」


お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る