第36話 番人との対峙

観測局の収容施設、その奥に潜んでいた異形――“記録を喰らう番人”。

黒い羊皮紙に覆われた体、胸に走る裂け目の口。

吐き出すのは言葉の鎖、食らうのは人間の存在そのもの。


勇者候補たちは恐怖で身動きできず、リュカは剣を握り締めて構えていた。

魔導書少女は無表情のまま本を開き、僕はただ震えていた。


◇ ◇ ◇


「モブ……勇者……観測……逸脱……削除……」


番人の声は、書き損じの紙を破るような耳障りな音。

次の瞬間、床から無数の鎖文字が伸び、僕の足元を絡め取ろうとする。


「やばいやばいやばい! モブは削除対象じゃないだろう!」


「お前はもう観測されてるんだ!」

リュカが叫ぶ。

「奴にとっては“逸脱”そのものだ!」


◇ ◇ ◇


リュカが剣を振り下ろすと、墨色の鎖が火花を散らして弾けた。

だがすぐに別の鎖が生まれ、波のように押し寄せてくる。


「キリがない……!」


牢の中の候補者たちは泣き叫ぶ。

「助けてくれ! 消されたくない!」

「俺は……まだ勇者に……!」


だが番人の裂け目は次々と光を吸い込み、彼らの存在を淡々と削っていった。


◇ ◇ ◇


「……番人を倒すには、“記録”を上書きするしかありません」

魔導書少女が低く言う。

「観測対象であるあなたの宣言が、唯一の武器になる」


「え、ちょっと待って!? 僕の言葉で!?

僕、皿洗いモブなんですけど!?」


「だからこそ。

物語に属さない者の言葉は、矛盾を生む」


少女の瞳は揺るがなかった。


◇ ◇ ◇


僕は喉を震わせた。

何を叫べばいい?

勇者でも魔王でもない、そんな役を背負えるわけがない。

でも――


「僕は……この世界でモブになる!」


声が反響し、魔導書が共鳴する。

ページが自動でめくれ、光の文字が溢れ出した。


番人の鎖が一瞬だけ止まる。

裂け目の口が、理解不能のざわめきを漏らした。


「モブ……役割……矛盾……」


◇ ◇ ◇


リュカがその隙を逃さず斬りかかる。

閃光が走り、番人の裂け目から黒い墨が噴き出した。


牢の勇者候補たちが、ようやく自分の名を取り戻したように叫ぶ。

「俺は生きてる! まだここにいる!」


番人が呻き、記録の紙片を撒き散らしながら後退する。


◇ ◇ ◇


……僕の宣言が効いた?

皿洗いモブのまま、番人と対峙できるのか?


そんな疑問が、胸の奥で熱く渦巻いていた。


◇ ◇ ◇


次回、「矛盾を抱えた存在」


お楽しみに。

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