第35話 記録を喰らう番人

観測局の収容施設。

牢に押し込まれた勇者候補たちは、虚ろな目で膝を抱え、ただ揺れていた。

その姿にリュカは歯を食いしばり、魔導書少女は淡々と記録を書き続ける。

僕? 僕はただ震えていた。


……だって、奥の部屋から“何か”の気配が迫ってきていたから。


◇ ◇ ◇


鉄扉が軋む音とともに、影が現れた。


全身を黒い羊皮紙で覆い、腕の代わりに巨大な羽ペンを持っている。

顔はなく、代わりに口のような裂け目が胸に走り、そこからぼそぼそと文字が零れていた。


「記録ヲ……喰ウ……」


勇者候補のひとりが震えながら叫んだ。

「やめろ! 俺は勇者だ! 勇者だってば!」


次の瞬間、裂け目が大きく開き、候補の身体から光が吸い取られていく。

名前、経歴、冒険譚――すべてが白紙にされ、存在そのものが飲み込まれた。


残ったのは、ただの影。

“勇者だった人”は、跡形もなく消えた。


◇ ◇ ◇


「……あれが、この施設の番人です」

魔導書少女が冷たく言う。

「逸脱した記録を食らい、矛盾を解消する存在」


「解消って、消されてるだけだろ!」

僕は思わず叫んだ。

「そいつに食われたら、勇者候補は二度と戻れないんだ!」


リュカが剣を抜き、低く唸る。

「なら……食わせる前に叩き斬るしかない」


◇ ◇ ◇


番人は僕たちに気づいた。

羽ペンの先から墨のような鎖文字が伸び、床を走る。

巻物や記録が勝手にめくれ、牢の中の候補たちが次々に悲鳴をあげた。


「……うわあああああ!」


僕も逃げ腰になるが、足はすでに絡め取られている。

必死で引きはがそうとした瞬間、魔導書少女が僕の前に立った。


「対象:モブ勇者、保護処理」


彼女の魔導書が光を放ち、鎖を焼き切った。


◇ ◇ ◇


「行け!」

リュカが叫ぶ。

「ここを突破しなきゃ、候補たちも俺たちも消される!」


番人はずしりと迫る。

裂け目の口から吐き出された文字が、世界そのものを塗り潰そうとしていた。


……僕は皿洗いモブだ。

戦う力なんてない。

それでも、逃げずにここにいるのは――


「誰かが見てるからだ……!」


僕は叫んだ。

読者に、観測者に、そして自分自身に。


◇ ◇ ◇


次回、「番人との対峙」


お楽しみに。

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