第37話 矛盾を抱えた存在
観測局の番人に「モブになる」と宣言した瞬間。
僕の言葉はこの世界の記録に刻まれ、矛盾を生み出した。
勇者でも魔王でもない。
英雄譚から外れた、ただの皿洗いモブ。
……なのに、番人は確かに怯んだ。
◇ ◇ ◇
「モブ……役割ナシ……物語ニ不要……」
番人の裂け目の口が、意味不明な呻きを繰り返す。
黒い羊皮紙の体が軋み、まるで矛盾そのものに苦しんでいるようだった。
リュカが剣を構えたまま、息を呑む。
「……やはり効いている。
お前が“役を持たない存在”であることが、観測局にとっては最大のバグなんだ」
「バグって……僕、ゲームじゃないんだけど!」
魔導書少女は淡々と記す。
“対象:モブ勇者、観測における矛盾因子。観測継続”
「……おかしい人ですね」
いや、どっちがおかしいんだよ。
◇ ◇ ◇
番人は鎖文字を再び振り下ろしてきた。
床が削られ、牢の鉄格子が白紙に溶けていく。
勇者候補たちは恐怖に泣き叫んだ。
「やめろ! 俺は勇者なんだ!」
「存在を……奪わないでくれ!」
だけど番人にとって、勇者は「量産可能な役割」にすぎない。
必要がなければ削除され、必要になれば新しく召喚される。
それがこの世界のシステムだ。
◇ ◇ ◇
「矛盾は……モブ……だケド……観測対象……」
番人の体からひび割れが広がっていく。
光と墨が入り混じり、世界の余白が滲み出していた。
「……俺が斬る!」
リュカが踏み込んだ瞬間、番人の裂け目が大きく開き、
墨の奔流が押し寄せた。
「うわあああああ!?」
僕はとっさに叫んだ。
「僕は、舞台袖の観客だ! 物語の役にはならない!」
その言葉がまた矛盾を強め、墨の奔流を押し返した。
◇ ◇ ◇
番人は後退しながら、紙片を撒き散らして消えていった。
牢の勇者候補たちは呻きながらも、存在を保ったまま残される。
リュカは剣を納め、深く息をついた。
「……お前の矛盾が、奴を追い払った。
モブであることが……この世界を揺るがしてる」
僕はがくりと膝をついた。
皿洗いモブが、矛盾の塊になってしまったらしい。
いやだ……胃に悪すぎる。
◇ ◇ ◇
魔導書少女は淡々と書き足した。
“矛盾因子、消去不能。対象:モブ勇者、観測優先度を最上位に変更”
……だから変更すんなって!
◇ ◇ ◇
次回、「観測局の上位者」
お楽しみに。
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