第18話 勇者ギルドの使者がやって来る

市場の噂は止まらない。

雷撃を逸らした男。

黒焦げの木箱の勇者。

――“モブ勇者”。


僕が必死に否定すればするほど、話は膨れ上がっていった。

そしてついに、その噂は聞かれてはいけない耳に届いてしまった。


◇ ◇ ◇


「勇者ギルドからのお達しだ!」


昼下がり。

酒場金獅子亭の扉が勢いよく開き、銀色の鎧をまとった二人組が入ってきた。

背中には勇者ギルドの紋章が光っている。

場の空気が凍り付いた。


「この町に、“モブ勇者”と呼ばれる者がいると聞いた」


客たちは一斉に僕を見た。

……いやいや、なんで指差すんだよ!?


◇ ◇ ◇


「お前か?」


鎧の使者がこちらに歩み寄る。

ゴトリと重い音が床に響くたびに、心臓が跳ねた。


「ち、違います。僕はただの皿洗いです!」


「だが、群衆を救ったと証言がある」


「いや、あれは木箱が勝手に……」


「木箱が勝手に雷を逸らすか?」


ぐうの音も出ない。

場の誰もがニヤニヤしながらこちらを見ている。

完全に“モブ勇者”確定の目で。


◇ ◇ ◇


そのとき。

カウンターの隅からヴァルドが声を張った。


「そいつは勇者じゃねえ。ただのモブだ」


使者が鋭く睨む。

「元勇者ヴァルドか……貴様が庇うのか?」


「庇ってねえよ。俺が保証する。こいつは勇者になる器じゃねえ」


うん、それはそれで傷つく。


でも使者は唸り、仕方なく引き下がった。

「……監視は続ける。勇者神話を乱す者は許されん」


そう言い残し、鎧の音を響かせて出て行った。


◇ ◇ ◇


客がどっと息を吐き、場がざわめきを取り戻す。

僕は椅子に崩れ落ち、頭を抱えた。


「もうダメだ……完全にマークされてる」


「ふふ、やっぱりおかしい人ですね」


隣に立つのは魔導書少女。

本を開き、淡々と書き込む。


“勇者ギルド、モブを監視対象に指定”


「消せ! 魔すぐそれを消して!」


少女は微笑むだけで答えなかった。


◇ ◇ ◇


夜。

桶の泡を見ながら考えた。

勇者でも魔王でもない。

ただのモブでいたい。


……でも、舞台袖に隠れていたはずなのに、もうすっかり照明が当たり始めている。


僕はため息をついた。

泡はぱちんと弾け、やっぱり何も答えなかった。


◇ ◇ ◇


次回、「聖女と“モブ勇者”の邂逅」


お楽しみに。

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