第19話 聖女と“モブ勇者”の邂逅

勇者ギルドの監視は日に日に厳しくなった。

市場で荷を運んでいると、必ず視線を感じる。

酒場で皿を洗っていても、鎧の軋む音が耳の奥に残る。

――僕は勇者じゃない。ただのモブだ。

なのに、もう誰も信じちゃくれない。


◇ ◇ ◇


その夜、酒場金獅子亭に珍しい客が現れた。

白いローブ、金糸の刺繍、淡い金髪。

聖女だった。


彼女は群衆の視線を集めながらも、真っ直ぐこちらへ歩いてきた。

皿を抱えていた僕の前に立ち、静かに口を開く。


「……あなたが、“モブ勇者”ですか」


場がざわついた。

みんなの目が突き刺さる。

僕は必死に首を振った。


「ち、違います! 皿洗いです! ただの!」


けれど聖女は微笑んで首を横に振った。


「あなたは――人を救いました。

それが勇者かどうかは関係ありません。

私には、そう映ったのです」


◇ ◇ ◇


沈黙が流れた。

その言葉は、酒場にいた全員の耳に届いた。

「やっぱり勇者だ!」と声を上げる者。

「聖女様のお墨付きだ!」と拍手する者。

僕の必死の否定は、むしろ彼らを喜ばせる燃料になっていた。


「待って! 本当に違うから!」


「謙虚だ……ますます勇者だ!」


やめてくれ。もう勘弁してくれ。


◇ ◇ ◇


「……また舞台の中心に押し出されてますね」


耳元でささやく声。

魔導書少女だ。

彼女は本を開き、さらりと書き込む。


“聖女、モブ勇者を公認”


「だからやめろって言ってるだろ!」


◇ ◇ ◇


夜更け。

人の気配が消えた酒場で、僕は一人で泡を眺めていた。

そこへ聖女が再び現れた。

ローブの袖からのぞく手首には、前と同じ赤い痕。


「……無理をしているのは、私の方かもしれません」


彼女はかすかに笑った。


「勇者が死んでも補充されるように、聖女もまた祈りを続けねばならない。

でも、時には支えてくれる“誰か”が必要なのです」


そう言って、彼女は僕の手を握った。

冷たく、弱々しい手だった。


「あなたは勇者でも魔王でもない。

でも、私にとって……頼れる人です」


心臓が跳ねた。

いやいや、こんなの聞かれたら完全に勇者扱いだろ!


◇ ◇ ◇


「……ああ、ますますおかしい人ですね」


カウンターの隅で、魔導書少女が小さく笑った。


◇ ◇ ◇


次回、「モブの前に現れる“魔王候補”」


お楽しみに。

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