第7話 「賢者の研究が呼ぶ事故
勇者が乱発され、魔王が量産されるこの時代。
では、賢者はどうしているのか――。
彼らは人里離れた塔にこもり、研究に没頭していた。
その知恵が世界を救うこともあれば、時に滅ぼすこともある。
そして今日、僕は“滅ぶ側”に巻き込まれかけた。
◇ ◇ ◇
朝、荷物運びの仕事をしていたときだった。
市場の外れにそびえる白い塔から、異様な音が響いてきた。
ゴゴゴゴ……ドォンッ!!
地面が震え、瓦屋根がカタカタ鳴る。
人々が悲鳴を上げ、塔の方角へと視線を向ける。
「あ、またか……」
隣にいた野菜売りのおじさんがぼやいた。
「また、って?」
「賢者どもが実験失敗したんだよ。あの塔は爆発しないと一日が始まらねえんだ」
いやいや、それはさすがに日課にしちゃダメだろ。
◇ ◇ ◇
野次馬根性――というよりモブの観察精神に突き動かされて、僕は塔のふもとへ向かった。
そこには、白衣めいたローブを着た学者風の男たちが、慌ただしく走り回っていた。
空には黒煙。地面にはひび割れ。
魔法陣が半壊して光をちらつかせている。
「避難だ! 今度は魔力炉が暴走してる!」
「封じ込め失敗! 出るぞ!」
彼らの叫びと同時に、塔の窓からまばゆい光が吹き出した。
直後、爆音。
――そして、地面から現れたのは“人型の炎”だった。
◇ ◇ ◇
「ひ、人型……?」
全身が火に包まれた巨人。
顔らしきものには目が二つの赤い穴。
腕を振るたびに火の粉が飛び散り、周囲の草木が燃え上がる。
賢者の一人が青ざめた声で叫ぶ。
「失敗だ! 元素融合体が分離せず、意志を持ってしまった!」
いやいやいや!
つまり“事故で生まれた魔物”ってことか。
勇者や魔王が量産される世界で、今度は賢者が魔物を量産かよ!
◇ ◇ ◇
僕は当然、逃げようとした。
だが、逃げ惑う人々の中で、転んだ子供が目に入った。
炎の巨人がその方へと腕を振り上げる。
――気付けば、僕は走っていた。
「おい、こっちだ!」
子供を抱えて飛び込み、脇道へ転がる。
熱風が背中を焼く。
髪の先が焦げる匂いがした。
……危なかった。
いや、なんで助けに行ったんだ僕。
モブの仕事は観察だろ。勇者の出番を待つのが役目だろ。
◇ ◇ ◇
「よくやったじゃないか」
声をかけられ、振り返るとヴァルドがいた。
前回出会った“登録しない勇者”だ。
彼は剣を片手に炎の巨人をにらんでいる。
「勇者ギルドに登録してないのに、戦うんですか?」
「登録なんざ関係ねえ。ここで剣を抜ける奴が戦うだけだ」
彼はそう言って踏み出した。
◇ ◇ ◇
戦いは激しかった。
炎の巨人の腕が振るわれるたびに、瓦礫が飛び、塔の壁が崩れる。
ヴァルドの剣が炎を切り裂くたびに、蒸気が爆ぜた。
「賢者ども! 何か封じる方法はないのか!」
ヴァルドが怒鳴る。
賢者たちはうろたえながら答えた。
「魔力を逆流させれば……だが制御できる者が……」
そこで、魔導書少女が静かに歩み出た。
彼女の手の中の本が光り、複雑な魔法陣が宙に浮かび上がる。
「……あなた、また観察の範囲を越えてますね」
僕に一瞥をくれ、彼女は淡々と術式を展開した。
◇ ◇ ◇
やがて、炎の巨人は魔法陣に絡め取られ、轟音をあげて消え去った。
黒煙と焦げ跡だけが残り、人々はへたり込んでため息をついた。
ヴァルドは剣を鞘に収め、賢者たちに吐き捨てた。
「人の命を危険に晒してまでやる研究かよ。お前らにとっちゃ“実験失敗”で済むかもしれんが、死んだやつは戻らねえんだぞ」
賢者たちは黙り込み、誰も反論しなかった。
◇ ◇ ◇
夜。
酒場の片隅で、僕は皿を洗いながら今日を振り返っていた。
勇者、魔王、賢者、聖女。
誰もが物語の主役になりたがり、力を誇示しようとする。
でも、その陰で事故や犠牲は確実に積み重なっている。
モブである僕は、それを見て、記憶に刻むことしかできない。
――それが、僕に与えられた唯一の役割なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
次回、「モブのせいで歴史が動く?」
お楽しみに。
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