第8話 モブのせいで歴史が動く?
モブは、背景であり、通行人であり、その他大勢。
……だったはずだ。
なのに今日、僕はとんでもないことをしてしまった。
◇ ◇ ◇
ことの始まりは市場だ。
朝から人だかりができていた。
勇者ギルドの使者が演説をしていたのだ。
「聞け! 北方の砦を奪還したのは勇者一行の功績である!」
「勇者が討ったのは魔王軍の将軍、レギオン!」
「この勝利をもって、我らの世紀は開かれた!」
大げさな言葉に、群衆は沸いた。
拍手と歓声。
パン屋の主人はパンを投げて喜び、子供たちは木の剣を振り回す。
けれど、僕は首をかしげた。
だって、その戦いを――僕、見ていたから。
◇ ◇ ◇
数日前。
砦近くの村で荷物運びをしていた僕は、偶然にも“勇者の決戦”を目撃した。
確かに勇者たちは奮闘した。
でも、とどめを刺したのは彼らじゃなかった。
……落石だった。
崩れかけた砦の天井が耐えきれず、ドーンと崩落。
下にいた魔王軍の将軍を直撃。
勇者が放った一撃は、ほんのかすり傷。
つまり、“勝利”は勇者の手柄じゃなく、ただの事故だったのだ。
◇ ◇ ◇
「……ねえ、それ、本当に勇者の功績なの?」
気付けば、口が勝手に動いていた。
群衆の歓声の中で、僕の声は小さかった。
けれど近くにいた何人かが振り向き、そしてまた数人が耳を傾ける。
「砦が崩れて……将軍が下敷きになっただけじゃ?」
沈黙。
次の瞬間――群衆にざわめきが走った。
「え? そうなのか?」
「いや、でも勇者さまが勝ったって……」
「いやいや、見た奴がいるってことか?」
僕は慌てた。
違う、僕はただ独り言を言っただけなんだ!
モブのつぶやきが、どうしてこんなに大きくなっていく!?
◇ ◇ ◇
「……あなた、本当におかしい人ですね」
例の魔導書少女が横に立っていた。
もう驚きもしない。毎度のごとく、彼女は必ず現れる。
「モブの声は、本来なら届かない。
けれど、タイミング次第では“歴史を揺らす囁き”になる」
「揺らすつもりなんてなかったんだ!」
「そうでしょうね。でも、結果は同じです」
少女はページをめくり、さらりと書き込む。
“歴史:砦奪還、勇者の功績に疑義あり”
いやいやいや!そんな脚注を残さないで!
◇ ◇ ◇
夕方、
勇者の噂話で持ちきりだ。
「勇者の勝利、実は事故?」
「いや、勇者さまが瓦礫を呼んだに違いない」
「どっちにせよ、将軍が死んだのは事実だろ?」
僕は皿を洗いながら背筋が寒くなった。
モブがうっかり零した一言で、歴史の評価が揺らぐなんて。
勇者たちが知ったら、僕は……
「……処刑とか?」
自分で呟いて震えた。
ああ、これだから余計なことは言いたくなかったんだ!
モブは静かに背景に溶け込むべきなんだ!
◇ ◇ ◇
夜。
路地裏でひとり反省していると、ヴァルドが現れた。
登録しない勇者。いや、元勇者。
「お前が言ったんだってな。砦の勝利は事故だったって」
「ひ、ひい! 違うんです、あれはその……!」
「……ははっ。いいじゃねえか」
ヴァルドは笑った。
「勇者の看板が剥がれるくらいで揺らぐ歴史なら、そもそも大したもんじゃねえ」
彼の言葉に、ほんの少しだけ胸が軽くなった。
でも、同時に確信した。
モブのささいな一言が、時に世界を動かしてしまう。
……僕が最も避けたかった展開だ。
◇ ◇ ◇
次回、「魔王軍の内情をモブが覗く」
お楽しみに。
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