第8章 世界の真実(断片)
レンの孤独なサバイバルは、フィリアという唯一無二のパートナーを得て、静かに終わりを告げた。「これからよろしくな、フィリア」改めてそう声をかけると、彼女は完璧な角度で一礼するだけだった。その無機質な反応に、彼はもう寂しさを感じることはない。むしろ、その機械的な正確さが、今の彼には何よりも頼もしく思えた。
「さて、と…。聞きたいことが、文字通り山ほどあるんだ」彼は気持ちを切り替え、目の前の超高性能AIに向き直った。「まず、一番根本的なことから教えてほしい。フィリア、ここは一体どこなんだ?そして、この島は、何のために存在する?」それは、彼がこの世界に目覚めてから、ずっと抱き続けていた最大の疑問だった。
「了解しました、マスター・レン。…システム診断中。データベースへのアクセス権限を照会…クリア。要求された情報開示プロトコルを起動します」フィリアはそう言うと、すっと片手を上げた。彼女の掌から淡い光が放たれ、空間にノイズ混じりの光の粒子が収束し、一つの巨大な立体映像を形作っていく。
それは、彼が今いるこの島を、遥か上空の宇宙空間から見下ろしたかのような、超高精細なホログラムだった。だが、所々に砂嵐のようなノイズが走り、映像は完全には安定していない。「すごい技術だが…やはり、まだ本調子じゃないのか」永い眠りの代償は、決して小さくはなかったようだ。
「当島嶼の正式名称は、『生態系維持型…ユニット、コードネーム:アルカディア』。…警告。データの一部に欠損を確認。超古代文明によって建造された、自律型の実験施設です」
「アルカディア…。これが、この島の名前か」
「はい。そして、私はこのアルカディアの全てを管理するために造られた、統合管理ユニットです」
フィリアの説明と共に、ホログラムの映像が切り替わる。今度は、アルカディアが広大な海の真ん中に、ぽつんと一つだけ存在している星図が表示された。「本当に、周囲には何もないんだな…。一体なぜ、こんな場所に?」
「意図的に、外界から隔離されているためです」
フィリアは淡々と、しかし重要な事実を告げた。
「隔離されている?」
「はい。アルカディアは、強力な指向性エネルギー結界によって、物理的にも、魔術的にも完全に外界から遮断されています」
フィリアがそう言うと、ホログラムの島が、激しく渦巻く紫色の嵐に包まれた。ゴォォ、という幻聴が聞こえてきそうなほどの、凄まじいエネルギーの奔流だった。
「これが…結界…」
「はい。通称、『魔力嵐(マナ・ストーム)』。いかなる航海術、魔術を用いても、この嵐を突破することは不可能です。同様に、内部からの脱出も、マスターの許可なくしては行えません」
「つまり、俺たちはここに閉じ込められている、と」
「その通りです」
フィリアの言葉は、非情な宣告のようだった。
だが、レンは絶望しなかった。むしろ、彼の胸には燃え盛るような新たな好奇心が湧き上がっていた。「その『外界』というのは、どういう場所なんだ?君のデータベースに、情報はあるか?」
「はい。ただし、データは私がスリープモードに入る前の、数千年前のものであり、極めて断片的です。表示しますか?」
「もちろんだ!頼む!」
レンが強く頷くと、フィリアは再びホログラムを操作した。すると、彼の目の前に、目まぐるしい速さで様々な映像がノイズ混じりに映し出される。質素な石造りの城、帆を張って進む木造船、剣と鎧で武装した兵士たち、そして、古代の象形文字のような、不可思議な図表の数々…。
「なんだ、これは…。まるで、中世のヨーロッパ史の資料映像じゃないか…」
「概ね、その認識で間違いありません。私が最後に観測した時点で、外界文明のレベルは、魔法技術が停滞した、前近代的な段階にありました」
「魔法技術が、停滞…?」
レンは、聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
「はい。外界における魔法は、四大元素を基本とする初歩的なものであり、その発展は数千年間、ほぼ見られません。それに伴い、科学技術も停滞。王侯貴族による封建的な支配体制が敷かれ、人々の生活水準は低いレベルで維持されている、と記録されています」
「つまり…このアルカ-ディアと、外の世界とでは、とんでもない技術格差があるってことか」
「肯定します。比較すること自体が、無意味なほどの差です」
フィリアの言葉は、レンの頭をガツンと殴りつけたかのようだった。彼は自分が置かれた状況の、本当の意味での異常さを、今、ようやく理解したのだ。ここはただの無人島ではない。中世レベルの文明が広がる世界に、一つだけ存在する、超未来のテクノロジーで満たされた、奇跡の箱庭なのだ。
「すごい…すごすぎる…」彼の口から、感嘆とも畏怖ともつかないため息が漏れた。前世で味わった無力感が、嘘のように消えていく。彼の手の中には今、この世界の誰も知らない、圧倒的な力が眠っているのだ。「サバイバル生活なんて、ちっぽけな話だったな…」彼の目的は、今この瞬間、大きく変貌を遂げた。
「フィリア、その古い情報じゃなくて、今の外界の様子を知ることはできるのか?」
「不可能です。魔力嵐が、あらゆる索敵、通信を遮断しています。現在の外界は、完全に未知の領域です」
「そうか…。確かめる方法は、今のところない、と」
レンは一度、その事実を冷静に飲み込んだ。
焦る必要はない。まずは、このアルカディアという最強の切り札を、完全に自分のものにすることが先決だ。「この島の全てを理解し、使いこなす。それができれば、いつか外の世界に出る方法も見つかるかもしれない」それは、もはや生存のための目標ではなかった。壮大な冒険の始まりを予感させる、新たな人生の指針だった。
「フィリア、君にはこれから、色々と協力してもらうことになる」
「はい、マスター・レン。いかなる命令も、私が必ず実行します」
フィリアは無感情な瞳で、しかし力強く頷いた。その姿は、レンの目にはどんな軍隊よりも頼もしい相棒に映っていた。
「よし、まずは手始めだ。このアルカディアの全施設のリストと、現在稼働可能なシステムの状況を、洗いざらい報告してくれ」
「了解しました。直ちに、全システムの自己診断を開始します」
フィリアはそう言うと、再び完璧な一礼をした。彼女の紫色の瞳の奥で、膨大なデータが高速で処理されていく光が明滅するのが、レンにははっきりと分かった。
レンは、目の前に広がるホログラムの星図を見つめた。ぽつんと浮かぶ孤島、アルカディア。それは、かつての彼が囚われていた社会という名の鳥籠とは違う。無限の可能性を秘めた、彼だけの翼だった。「面白いことになってきたじゃないか…」彼の胸は、これから始まるであろう壮大な物語への期待感で、熱く燃え上がっていた。
世界の真実。その断片に触れた彼は、もはやただの漂流者ではない。超古代文明の遺産を受け継ぎ、未知なる世界へと挑む、唯一無二の創造主。彼の本当の物語は、今、この瞬間から始まったのだ。
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