第8話 削除された勝者

マナの家


「そろそろレース見学に戻らないとまずいな」

千斗が気が付いたように時計を見た。


16:00――老人達のヨットレースも終盤に差し掛かる。


「優勝者が決まる前に戻ろう」


会場に3人が着いた時には、レースは終わり、表彰式が華々しく行われていた。


スポットライトを浴びた青年が満面の笑みでトロフィーを掲げ、観客の拍手に応えていた。


舞台から降り、

次の瞬間――青年は膝から崩れ落ちた。

「さぁ、早く車に乗って!」

白い病院の車から降りてきた看護婦と医者が、腕をつかんで必死に引きずる。


「ワシは……ワシはもう、動けんよ……」


ついさっきまで輝いていた二十代の肉体は、みるみる衰え、筋肉は萎び、背中は曲がり、髪は白髪混じりで抜け落ちていく。

観客は遠巻きに拍手を続けているが、異変に気づいた者はいない。


「えっ!!なにあの人!」

マナがその様子を凝視し、言葉を失う。


「……これが、誰もが憧れる“楽園”なのか」

ジンは喉がひりつくような声でつぶやいた。

顔を青ざめさせ、千斗は唇をかみしめる。


医者は青年の腕に注射を打ちながら、

冷たい声で言った。

「もう、無理だ。緊急ではなく、削除にまわせ」



「君たち!ここで何をしているのかね?」

背後から警備員が声をかけてきた。


「優勝者の方に、学校新聞のインタビューをしたくて突撃訪問しました! レポートにしたいです」

千斗が即座に答え、作り笑顔を浮かべる。


困った警備員を制して、白衣の医者がにっこりと近づいてきた。

「選手は若々しく見えてもお年寄り。かなりお疲れのようで、今は休んでいます。

もしよければ学校名とクラスを教えてください。質問の回答は、明日の朝、本人から送らせます。その代わり――感謝の気持ちを込めてギフトスコアを」


「デバイスを出してください」


ジンたちの画面に、スコアが加算された。

プラス180p――“学校→レース観戦→自主勉強→選手インタビュー”と、美しく記録された一日のスケジュール。


普通なら安心するはずの数字が、ジンには血のように赤く光って見えた。

胸の奥に、拭い切れない不気味さだけが残った。


――笑っているのは、自分たち以外の全員だった。

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