第13話 魔王の息子、子供と戯れる2
少年はうずくまったまま、特に何も言わなかった。
ただ、こちらが質問すれば、かすかに返してくれる。
声は小さいが、届く。
最近、ドレイクと一緒にいて気づいたことがある。
人はそれぞれ――まったく別の思考を持って生きている。
俺は今まで、人間なんて全員クズか弱者だと思っていた。
けれど、絵を描くのがうまい料理屋の店主もいれば、
何も考えてなさそうな顔をして、実は裏でいちばん頑張っている教皇もいる。
それに――誰よりも優しいのに、面倒なこだわりや確認癖がある“普通じゃない村人”も。
そう考えると、もう簡単に“なんで隠れてるんだ”なんて聞けなかった。
人はそれぞれ違う。
だからこそ、まずは相手の気持ちを想像してみるべきなんだ。
魔王城みたいに、全員が俺の顔色をうかがって生きているわけじゃない。
「……えっと、なんだ。好きな食べ物、あるか?」
「えっ」
少年は一瞬、驚いたような顔をして固まる。
やばい、手順を間違えたかもしれない。
「す、すまん。俺の名前はギール・アポリア。好きな食べ物はヨーグルトだ。
それで……働いたことがなくて、今ここで一旦働くことになってて……」
言葉が止まらない。
何を言ってるんだ俺。まとめるつもりが、どんどん訳が分からなくなる。
そんな俺を見て、少年は小さく息をもらした。
「なんで……そんなこと、聞いてくれるの?」
さっきまでの暗い表情が、ほんの少しだけ和らいでいた。
俺は胸の奥が熱くなるのを感じながら、正直に言った。
「本当は、お前の名前とか……悲しんでる理由とか、聞いて解決する方がいいんだろうけどさ。
俺には、そんな上手いことできねぇんだ。
でも、なんとかしたい気持ちはあって……結局、こんなことになっちまった」
その時だった。
少年の目から――ぽと、と涙が流れ落ちた。
「それにさ、隠れてる時って、自分の弱みなんか言いたくないだろ?」
できる限り相手の立場になって考える――これを“優しさ”と呼ぶのは知っている。
だが、これを普段からやっているドレイクたちは、本当にすごいとしか言いようがない。
「……えっと、ブドウが好き」
少年がしっかりとした声で答えた。
さっきまでの小声とは違い、はっきりと耳に届く。
「そっか。他には? なにが好きなんだ?」
「リンゴ、メロン……あとはスイカ」
「なるほどな、果物が好きなんだな」
「ちがう」
「えっ?」
一体何が違うんだ? 俺は思わず目を丸くした。
「スイカは果物じゃなくて、野菜」
「いや、そこはいいだろ! スイカなんて“名誉果物”だろ」
「ちがう、野菜。ちゃんとしてないと落ち着かないもん」
……なんか、ドレイクが子供になったみたいだな。
もしかしたら、小さい頃のドレイクも、こういう理屈っぽい性格だったのかもしれない。
ベルの内側に刻まれた模様をぼんやりと目でなぞりながら、俺は少しだけ笑った。
すると、少年がぽつりと呟く。
「まだ答えてない」
「他に好きな食べ物があるのか? じゃあ聞いてやるよ」
「ちがう。……なんで、こんなところに来れたの? 誰にも見つかったことないのに」
子供に自分の話をするのは気が引けた。
けれど、なぜか今は――本当のことを話さなきゃいけない気がした。
「俺、実はさ。魔王の息子なんだ」
「えっ……嘘」
少年は驚いて、少しおびえて、距離を取る。
それでも俺は、ゆっくりと続けた。
「勇者が攻めてきたとき、俺は隠れることしかできなかった。
勇者が去ったあとも、何日も、ただ隠れることしかできなかった。
……だから、なんとなく分かったんだ。
お前がここにいる理由も、隠れる場所も」
少年の小さな唇が震える。
そして――
「勇者のこと、嫌い?」
「……少し嫌いだけど、嫌いになれないかな。
あいつのおかげで、世界が平和になったのは事実だし。
勇者グッズで、みんなが笑ってるのも確かだから」
「俺は――大っ嫌いだ」
その言葉が、ベルの中に反響する。
金属の響きに混じって、少年の心の痛みが、確かに俺の胸に刺さった。
「なんでだ!? 勇者は、みんなから好かれてるだろ?」
少年は、憎しみのこもった目をして俺を睨んだ。
「だって、勇者は最後に仲間を見捨てたんだ。
僕のお父さんは勇者の仲間だったのに、
ある日突然、勇者が“もういらない”って言って、みんなクビにした。」
一呼吸もせず、少年は語り続ける。
「お父さんは仕事を失って、お母さんと喧嘩して……そのままいなくなった。
母さんも、俺を置いて出てった」
静かな声なのに、胸に刺さる。
人はそれぞれ違う考えを持って生きている――そう思っていたが、
勇者も、結局は人間の一面でしか見られていないんだと痛感した。
「……そっか。だから紙芝居、見たくなかったんだな」
「うん。だって、みんな勇者の応援するもん。つまんない」
「わかった。じゃあ俺が頼んで、別の話にしてもらう」
「……いいの!?」
少年の声が少しだけ弾んだ。
その“初めての大声”に、俺の胸が熱くなる。
「別にいいさ。みんなだって、勇者の話だけ見たいわけじゃないだろ?」
「ギールも、勇者の紙芝居イヤだったよね?」
「いや、俺はちょっとやってみようと思ったんだ」
「えっ?」
「文字が読めねぇから、アドリブで“魔王が勝つ話”にしようと思ってた。
それに――いろんなことを知らないと、俺はダメなんだよ」
少年が立ち上がり、俺の目をまっすぐ見つめる。
「なんで? 嫌いじゃないの?」
「昨日な、初めて“辛いもの”を食べたんだ」
「え?」
「めちゃくちゃ辛くて、吐きそうになった。
でも、ヨーグルトをかけたら、甘いと辛いが混ざって“普通の味”になって、
うまくなったんだ。
だから――嫌いなものでも、好きになれる可能性があるなら、
できる限り知ってみたいと思ってる」
少年はゆっくりとベルの外へ出た。
太陽の光が、その小さな体をまぶしく照らす。
「……やっぱ、俺も勇者の劇見る。
あ、それと――俺の名前はイーズ・カムカヤ。
ギール、これ俺らだけの秘密な!」
イーズが笑って手を差し出す。
俺はその手をしっかり握り返した。
「約束だ、イーズ」
そして俺たちは、紙芝居の会場へと戻っていった。
俺たちが階段を下りていたとき、イーズは一階に降りる直前で、ふるっと手を震わせた。
「どうした? 勇者……やっぱり怖いか?」
「うん。みんな怒ってないかな? いつも、俺が見つからないと、紙芝居が一時間以上は経たないと始まらないし……そのせいで、きっと怒ってると思うんだ」
たしかに、あの園児たちの紙芝居への熱量は異常だった。
「安心しろ。もしもの時は、俺がうまくごまかしてやる」
「でもギールはアホだから、心配」
「おい待て、誰がアホだ!!」
「辛い食べ物の食べ方おかしいし、スイカを果物だと思ってるし」
「あれはしっかりした攻略法だし、スイカは名誉果物だって言ってるだろ!」
「えへへ」
イーズが楽しそうに笑う。
――そうか。おそらくこれが“普通の子ども”なんだろう。
生意気で、大人を軽くからかおうとする。
大人が思ってるよりずっと子どもで、かと思えば、ずっと大人よりしっかりしてるところがあったり。
そう思うと、最初に会った園児たちの発言も、もうそんなにムカつくことじゃない気がしてきた。
そしてついに教室の扉の前にたどり着く。
俺たちは目を合わせ、覚悟を決めて扉を開けた。
……その瞬間、目の前に飛び込んできたのは、
ピエロのコスプレをしたドレイクとステラが――天井を歩き回っている光景だった。
「いや、なにやってんだ!?」
俺とイーズはただ呆然と立ち尽くす。
「ギールさん!! 連れてきてくれたんですね!!!」
ステラの爆音ボイスが響く。
「では皆さん!! 今から紙芝居を始めます!!!!」
「えぇ~もう終わり?」「もっと見たかった~」「紙芝居とかどうでもいい~」
……いや、明らかに空気がもう“紙芝居モード”じゃねえんだが。
俺はドレイクを呼び出して、事情を聞き出すことにした。
ステラに話しかけると声がでかすぎて園児全員にバレるから、そのまま曲芸を続けてもらう。
「どういうことだ、ドレイク」
「お前が、なんとなくあの子を連れ戻してくれそうな気がしたんだ。だから、お前を信頼して、俺たちは“入りやすい空気”を作っておいた」
なるほど、さすがドレイク。しっかりイーズのことを考えている。
――って、待て。
「今なんて言った?」
「お前が、なんとなくあの子を連れ戻してくれそうな気がしたんだ。だから、お前を信頼して、俺たちは“入りやすい空気”を作っておいた」
ガチで一言一句間違わず言うか普通?
「……で、お前、俺のこと信頼してくれたのか?」
「ああ、当たり前だろ。だってお前、魔王の息子なんだろ?」
やっぱりこいつは、どこまでも俺のことをわかっている。
「それはさておき――お前ら、どうやって天井を歩いてたんだ? 魔法とか使えなさそうなのに」
「簡単なことだ。天井をよく見ろ」
ドレイクが指さした先を見ると、天井一面に人の足跡が彫り込まれていた。
「力で、歩いただけだ」
……やっぱりこいつがいちばんの化け物だろ。
何気にステラも同じことしてるあたり、
この世界の“教会関係者”って、全員パワー系じゃなきゃダメなのか?
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